こんな処/時雨
 
緑の屋根のあの小さな施設で、暮らしていた人たちは、

上手く言葉を紡ぐことも、
二本足で歩くことも、
自分で用を足すことも
食事を摂ることも、

出来なかったけれど



私が悲しめば、

慰めること、
同情すること、
励ますこと、

知っていた。



自分の名前や、
せがれの年齢や、
此処がどこかということ、
私の顔も、

忘れてしまうけれど



私が微笑めば、

微笑み返すこと、
せがれの名前、
ありがとうとごめんなさいね、

覚えていた。





「イキガイとかヤリガイがある」

なんて軽薄な言葉にほだされやしないし、
此処に在ることの辛さ、苦しさもほんの少しわかったつもり。


それでも



「こんな処で働こうなんて…貴方は偉いのねぇ。」

「こんな処」で暮らすあの品の良い老女が言い放ったその一言がただ、悲しい。
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