多重化してゆく夢の記録/佐々宝砂
 
―おれ】
自分にできることと、できないことがわかっている。空を滑ることは可能になった。というよりも、それはもともと可能性のひとつに過ぎない。おれの下で、とてつもなく低い確率で、しかしゼロではない確率で、一瞬空気の分子すべてが停止する。おれの身体は、だから空気が海の波か何かであるかのように空中を滑ってゆく。彼女のおかげだ。彼女が教えてくれた。次回からはおれが彼女に教えることになるのだろう。窓を割って彼女が入ってくる。彼女は自分の容貌を変化させようとはしなかったが、目の色だけは変えたらしい、不透明なガラスのような灰の目だ。彼女はこれまででいちばん魅力的だ、これまでの彼女はあまりに神々しすぎた。おれと彼女の時間軸は逆転している。おれはおれがこれからどうなるかを本当には知らない。だが彼女が教えてくれた、おれたちは、成功するのだ。今まさに。この瞬間に。偶然に。ひとつの可能性として。


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