名前/皆月 零胤
 
その名前で呼ばれるたびに
本当の名前が海の底に沈んでゆく
こうしている間にも
想い出はつくられているというのに
似たような体温で君は僕の名前を呼ぶけれど
君は僕の本当の名前を知らないし
僕は君の本当の名前を知らない

僕の実家は2年前になくなってしまっていて
貸しアパートになってしまったようだが
もう何年も帰っていないから
それを見たことがない
たまに電話で母親に本当の名前で呼ばれると
泣きそうになってしまうのはきっと
あの頃の僕はとっくに死んでしまっているからだ

自分で決めたことなのに
その名前で呼ばれるたびに
本当の名前が海の底に沈んでゆく
同じ時間を共有して
泣いてみても笑ってみても怒ってみても
君は僕の本当の名前を知らないし
僕は君の本当の名前を知らない


でも
君が笑ってくれると
ただそれだけで幸せだと思う
ただそれだけで

あとは全部嘘だとしてもそれでも構わなかった
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