秋、一番/たちばなまこと
 
熱帯夜から放たれた八月のあなた
雨戸もガラス戸もカーテンも開けて
短い髪に風を受ける
シャンプーの香りがよせてはかえす
秋の虫が聴こえる
蝉の絶えそうな羽音も渇いたように
風がはためかせた音なのか
彼らの音なのか
たたみ直したりして

街灯をたよりに詩を書いている
青白い風の影が小さな生き物を包んでいて
私はくたくたのタオルをかけ直してみる
新しい汗のにおいと新しい温度が
やさしかった

「めっきり書かなくなったね」
「節目というときにはね」
「書けないときは書かないの」
「絵を描いたり、布をよせたりするの」
「芸術家だねえ」
書けない書けないとぶつぶつ言ってたあなた
私たちを待つならば
書く時間はたくさんある
競馬場通りにさるすべりが揺れ出した頃から
ずっとあたためてばかりだったの
“あんなに大切だと思っていた詩なんかよりも大事な”ものって
在りすぎたり無かったりするから

ソロがデュオに 夏の終わり 秋の虫
トリオ カルテット クインテット
オーケストラへと誘う 風 青白い手
あなたの手に似ている


戻る   Point(18)