夏の終わりに吹く風に/十重山ハルノ
は無かった。分かっていたこと、それも一年も前から分かっていたことだけれど、現実は想像をいとも簡単に超えてゆく。身体のどこかに出来てしまったポッカリとした空白は、現実の欠落だろうか、想像の産物だろうか。どちらにしても、回復には時間が必要だ。
昨晩の別れ際に、彼女の親友でもあったもう一人の年下の同僚は、見ているのが辛くなるほど涙を我慢していた。それを察していたのだろうか、彼女はありがとうと言って頭を撫でてやっていた。僕は、二人の、その光景を見ながらも、僕たちに吹き付ける風が夏のものではないと思っていた。熱を掻き回すだけの真夏のぬるい風ではなく、夏の終わりを突きつける風だ。ならば僕たちは準備をしなければならない。季節の移ろいに合わせた服装と、避けられない変化に耐えうる心と体を。彼女が行ってしまった後で、残された僕たちは、涙を堪えなかった。さよならの代わりに涙を、ありがとうの代わりに涙を。やがて、冷たい風が吹きすさび、涙の進路を少しだけ変えた後に、僕たちは二人同時にくしゃみをした。そして、顔を見合わせて「夏も終わりだね。もう秋がやってくるよ」と、笑いながらどちらともなく言った。
戻る 編 削 Point(1)