イワン・デニーソヴィチの一日/パンの愛人
 
幸であったか、それは簡単に答えることができない。そのどちらでもありうるからだ。
 かれは正統なロシア文学の系統者であるが、同時にその文学があまりに政治と密着しているために、それについて何かしらの判断を与えるだけの用意が、いまのわたしにはない。ただ、この機会に、「イワン・デニーソヴィチの一日」を読み直して、単純に面白いと思った。深刻なテーマを取り扱っていても、どこかしらユーモアが漂っていて、やはりロシア文学特有の人間の大きさが感じられると思った。読後感は非常に爽やかなもので、とくに哀傷を誘われることはなかった。かれの死について感傷的になるには、かれとわたしは、そしてかれの生きた時代とわたしの生きる
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