伊栖之湖周辺の伝説に就いて/佐々宝砂
 
なかつた。取り分け大変なのは水の確保であつた。井戸を掘つても湧き出るのは薄い乍らも確かに塩辛い潮水であつたから水争ひが絶えず、殺された者さへあつた。名前も墓も残つてをらぬが、石仏が残つてをる。毎年盆には石仏に水を掛ける。どれ程水を掛けようとも、水は瞬く間に乾いて仕舞ふと云ふ。◆伊栖之湖の中心に小さな島がある。ヒヨンの島と名付く。何時からゐたのか誰も知らぬが、ヒヨンの島に一人の女がゐたさうだ。夕暮れに手招きをする。手招きに答へたら命がないと云ふ。手元を見るだけでも危ないと云ふ。ヒヨンの島には未だもつて誰も近寄らぬ。◆伊栖之湖の北には山が聳えてゐて、伊栖郡の他の場所とは幾分趣の違ふ話を伝へてゐる。中で
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