嵐の唄/服部 剛
太平洋沿岸を舐めるように
季節外れの台風が横切った日
67歳の親父は
嵐の中かっぱを身に纏い
今朝も警備の仕事に出かけた
63歳の母ちゃんも
食事のかたずけを終え
頭にスカーフを巻いて
今日の午後に手術をする
姑の見舞いに出かけた
昼過ぎに教習所へ行く僕は
締め切った部屋に篭り
がたがた揺れる雨戸の外に
嵐の唄を聞いている
ハンガーに
宙吊りのまま捩(よじ)れた
親父の寝巻き
今日の午後
教習車の運転席に座り
不器用にハンドルを握る僕は
嵐に濡れたフロント硝子の
向こうを見据え
手にした鍵を入れる
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