夕景 〜失われた美酒〜 /服部 剛
今日も私は甲板に立ち
何処(いずこ)の空か知らぬまま
一面の海を眺める旅人
手にした杯から
見下ろす海のさざめきへ
ひとすじの葡萄(ぶどう)酒を流す
旅人の私の胸に
ぽっかり空いた「 虚無 」を
密かに捧ぐように
おぉ酒よ
この手は何故に儚くも
すべてを消し去る海へ
血の滴りを流すのか
この胸にぽっかり空いた
ましろい「 虚無 」に
凛と緑の茎の立つ
芳醇の薔薇
ゆっくりと開く
やがて黄金色の陽は
微かに輪郭を震わせ
遠い水平線に
沈む夕景
暁に染まる
海のさざめきから
薔薇色の煙は立ち昇り
私の瞳は垣間見る
酔い始めた波の上を
渡る潮風に逆巻き
透き通る人の
面影を
※ この詩はヴァレリィの詩「失われた美酒」
(堀口大學訳)を異訳したものです。
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