雲を掲げ持てば風花が散る/右肩良久
 
 旧ソ連共産党員の娘である彼女が
 映画で見た紅衛兵の隊列や
 そこで振られている赤旗の
 美しさについて語るとき
 地上では風が強かった
 冬型の気圧配置が緩んで
 南から温かい湿った風が吹き込んでいるのだ

 さようなら
 僕らが顔を寄せ合い
 ごわごわした毛織りのコートを重ねて愛を語らった日よ
 菓子の安全性と企業倫理が問われ
 猛毒が混入した冷凍食品が列島に流通していた日々よ
 ありもしない山奥で
 ありもしない巌がじっと動かずにいた日々よ

 やがて彼女は
 北氷洋の大氷塊の、崩落する断崖に立つだろう
 いかなる組織のいかなる資金運用がそうあらしむるのか
 僕は知らないが
 そこは北へ向く地軸の突端であり
 宇宙へ向けて彼女の裸身が突きつけられる現場となるはずだ

 踵を上げ背筋を伸ばし腕を突き上げ指をそらせて
 彼女は真っ直ぐに雲の花束を捧げ持つ
 高く掲げられるものはことごとく脆い
 生まれるそばから
 崩れていくものの果てが

 僕の肩でややあって消えていく
 一片の風花
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