環状感染症候群/渡 ひろこ
 
「取れないのよ」
薄紫の煙草のけむりのような輪を
月桂樹の冠みたいに
ぐるり と頭にのせて
隣りの席でカノジョがボヤいている


アノヒトのことが
頭から離れないと言う


そういえば
下弦の細い三日月のような目になり
アンダーなジョークを飛ばす
カノジョの笑顔を
最近見なくなった


事務を執るかたわらで
なにやら思い出の余韻を
何度も反芻しては
口の中で
クチャクチャ味わっている


人生五十余年にして
初めて
フォール・イン・ラブしてしまったらしい


すだれアタマの波平のような
カノジョの夫は
窒素や二酸化炭素と共に
漂って
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