イグナチオの涙 〜クルトルハイムにて〜 /服部 剛
ぼくが司会をする朗読会の前に
亡き友の魂に祈る為
愛する作家の遺作に出てくる
上智大学のクルトルハイムを訪ねた
洋館の重い木の扉を開くと
暗がりの壁に
一枚の肖像画があり
無表情な聖人は上目使いで
なにかを観ていた
作家の遺作に登場する
悪女の美津子と
でくのぼうの大津
誘惑を囁く美津子を抱いて
棄てられた後も
クルトルハイムで祈り続けた
大津のように
十字架にかけられ頭を垂らす人の前で
跪くぼくは
一心に両手を合わせる
「
たまねぎのように
剥いても剥いても
姿を現さぬ
愛の人
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