壁  M.Hさんへ/音阿弥花三郎
 
永い壁は続き
終わりに辿り着く者はいない。
風と水とにより朽ち穿たれた穴があったとしても
そこから不可視の世界を視る事はできない。
正午の光に照らされよ。
一切の抒情を嫌うものが網膜の裏に口づけするだろう。

これは正午の支配者だ。
触覚させ沈黙させるもの。
ここに壁は在る。

壁が欲求する物。
 錆びた有刺鉄線
  裏切られたてるてる坊主
   子供の視界から飛び去った紙風船
  踏み残されたタンポポ
 そして わずかな碧空
壁はそれらを埋葬し
みずからの光と翳に分解させる。

私が 晴天まぶしいある日
行き着く場所がこの壁であったら
私は静かな変態を観るだろう。
それがありふれた植物であろうとも
葉脈は亀裂となり
樹液は鈍いしみとなり
密やかな愉悦に壁と同化するのだ。

午後一時半
誰も立ち入ることを許さぬ世界で
壁は不眠の皮膜に覆われたまま
静かな風化を続けている。
戻る   Point(0)