挿絵の旅人 〜唐招提寺にて〜 /服部 剛
 
十日前の旅先を思い出そうと 
揺り椅子に腰掛けて  
手にした「大和路」の頁を開く 


一枚の挿絵は 
夕暗(ゆうやみ)の時刻 
唐招提寺の円柱に 
そうっと片手をあてる 
在りし日の旅人

淡い水墨の情景に 
天女の浮かぶ円柱は 
ほの暖かい色を帯び 
旅人の 
ぴたりと添えた手のひらに 
悠久の鼓動を伝える 

頁に一筆で書かれた
旅人はふいに
まなざしを西の空へあげる 

日の陰る 
薬師寺の尖塔は 
いつまでも夕陽を浴びていた


手にした読みかけの「大和路」を 
揺り椅子に腰掛けた 
膝の上に開いたまま 
瞼を閉じて包(くる)まれた
夢の何処(いずこ)から響く 


古の鐘の音 







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