羊の朝/佐々宝砂
羊たちが目覚めて草原をさまよう、朝の陽は山々にさして、青みがかったきみの虹彩に映るのは昨日落としたまま忘れてしまったきみの幼年時代だ、きみは蜂のように騒ぎながら羊たちと踊る、朝の食事の合図が聞こえてくるまで、それはいったいいつのことだろう、今は確かに朝なのに朝の匂いがするはずなのに、きみはどうして夜の髪を逆立たせているのか? 朝の草原に鮮やかな色彩はなく、きみはうすぼんやりとパステルカラーに溶けてゆく。
驚いたふうで白い少女が走ってくる。
***
の・み・ぐ・す・り・と書かれた白い封筒がはらりと空から落ちてきて、昨日の雨に濡れた草のうえに着地する、ゆっくり湿ってゆく紙の染みはきみの手相の相似形、頭脳線も感情線もじんわりと染みてゆく露で描かれて、やがては朝の陽射しに溶けてしまう、そうそれがきみの一生なのだから、いまは羊と遊んだらいいのだと思う、羊の朝はなにひとつ明確でなくあらゆるものが曖昧で、唯一黒いきみの夜の髪でさえも朝の陽射しが曖昧模糊とした金色に染め上げてしまう。
数え上げよ、きみの手に描かれた線を、草原に走る羊を、稜線にきらめく幻日を。
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