「春の日」/菊尾
 
うまく言えないから
靴の先を見つめていた
物思いに更けてばかりで
文庫本も進まないまま
気が桜みたいに散っていく

口癖を真似されて
ぼんやりと指と指を繋いで
不器用な照れ隠しは失敗で
そんな様子を見て
また君が笑い出す

僕の要らない部分を君がどこかへ埋めてくる
気が付くのはいつも後だから
僕はそれをもどかしく思っている
そんな事さえもきっと君は知っているんだろう

夜の内に白い花弁が足元まで積もって
歩けば柔らかく舞い上がる
その肌触りを感じながら
消せない記憶を信じている


ありがとう
って
聞き逃すぐらいの小さい声で君は言うから
いつも耳を澄ましている
けれどそれに気付かない振りで僕らはやり過ごす
振りだっていう事を互いに知りながら


指と指が結ばれて手の平が重なっていく
桜の下を僕らは歩いている
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