「毛糸とボタンのその服を」/菊尾
 
呼び声は彼方から
夜の沈みを抜けて
僕らの隣側に
よく知れた声が笑いだす

記憶の部屋に鍵をかけるのは
誰にも立ち入ってほしくないから
僕らの記憶は僕らだけのもの
ふたりの秘密は
この先も増え続けるよ

君の匂いが鼻先を横切っていく
僕は残り香を閉じ込める
密室の中で漂わせた言葉は
どれだけ君に届いたの

欲しいなら幾らでも
望めば手に入るから
くゆらせた紫煙のように
僕らは漂っていこう

繋いだ温もりを
毛糸とボタンのその服を
長く伸びたその髪を
薄化粧の目の事を
僕はこれからも忘れない
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