蜜柑の木陰 〜鎌倉文学館にて〜 /服部 剛
蜜柑の木々が生い茂る
庭園の芝生に立つと
山の緑の間に
遠い海は煌(きらめ)き
枝々の無数の実は
青みがかった光を帯びて
自らの歓びを
天に捧げておりました
冷たい風が吹いて来て
茂る葉群(はむれ)はざわざわ震え
見上げた木陰に
ひっそりと身を隠し
細い枝に吊るされた
独りの蜜柑がありました
木陰に揺れる
蜜柑の顔の幻影は
在りし日の詩人のように
黒いシルクハットを被り
生きるでも
死ぬでもない
時を忘れた虚ろな瞳
いつまでも
こちらをみつめておりました
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