「 詩人の窓 」 /服部 剛
その頃田舎で独り暮らす老婆は
畳の部屋で湯飲みを手に
炬燵の上に置いた
一枚の白黒写真をみつめていた
身に纏う軍服と帽子の唾下から
時間を止めたまま今も微笑む
あの日の息子
若かった母の頃
愛する息子を戦地に見送り
毎朝仏壇に白い両手を合わせ
( もっとよか世がきますように・・・ )
祈り続けた昔の日々
二十一世紀の街を往く人々は
銃弾の無い戦地に
青ざめた羊の顔で今日も彷徨う
遠い昔の戦中も
アメリカの傘が薄れる戦後も
何処にも よか世 は現れず
人波に紛れた
独りの詩人のこころの窓に
朧(おぼろ)な光に包まれた
よか世 がぼんやり映っている
詩人のこころの窓を覗くと
薄青い空の広がりに
謎めく男の黒影が浮かび
高層ビルの立ち並ぶ
二十一世紀の空虚の街に
無数の透けた手紙を蒔いていた
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