ルーアンの鐘 /服部 剛
 
    彼は文学館の一隅に再現された、今は亡き作
    家の書斎に立っていた。木目の机上には白紙
    の原稿用紙が一枚置かれ、スタンドの灯りに
    照らされていた。

    まだ何も書かれていないその白紙に、彼は旅
    行中で家にいない家族や、休養中でしばらく
    顔を合わせていない職場の同僚達の顔を想い
    浮かべた。

    体調を崩し休養する前は毎日当たり前のよう
    に顔を合わせ、何とも思っていなかった人々
    が、その書斎に立っていると何故か彼の胸の
    内に、言葉にならぬほどかけがえのない人々
    のように感じられた
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