モーツァルトの指 /服部 剛
 
雨の日にモーツァルトの弾(ひ)く 
ピアノの単音を背後に聞きながら 
今頃声をかけあい 
ひとりの老人を介護する 
同僚達を思い出す 

忙(せわ)しい職場を離れ 
こうして独り 
「自由時間」でいることに
あれほど憧れていたのに 

今日はなぜか心細く 
鍵盤の上で
明るく指の踊りだす 
モーツァルトの肖像が 
痛めた腰に手をあてる 
私の背後に浮かび微笑む 

薄暗い窓外の正面にある 
教会の緑の屋根を濡らす雨粒が 
モーツァルトのピアノにあわせるように 
無数の単音を弾(はじ)いている 




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