隣の荷風 /服部 剛
 
秋の夜の 
冴えた月を見ようと思い 
夕餉の前に 
門を出る 

静まり返った虫の音の 
時折闇の茂みに響く 
川沿いの道を歩く 

背後から 
車の近づく音がする 

ステッキを手に前をゆく
眼鏡の荷風が立ちどまり 
わたしも道の脇に立ちどまり 
ふいに僕等は肩を並べ 
月を見上げた 

隣の荷風の顔を覗くと 
瞬時に車のライトに照らされた 
毛並の揃う口髭と 
温和な丸い眼鏡と
目が合った

( やぁ今晩は 
  今夜の調子は如何でしょうか・・・ )

( やっぱり今夜も飢えております・・・ ) 

山の彼方で犬は遠吠え 
秋の夜風は吹きすぎて
ふぅっと荷風の姿は消えた 

ひとり佇み口をあけ
月を見上げている僕を 
開いた車の窓の中から 

「 すみませーん 」

見知らぬ主婦の声がして 
月のひかりの水面にゆれる 
川沿いの道の向こうへ
遠のいてゆく

車の音 




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