食の素描#2/
 


人の数だけ形式がある。
もしそこに序列があるとすれば、それは多分形式の強弱ではない。

どこまで自分の形式を盲信し、
排他性を保てるか。ただその一点を貫けるかどうかに過ぎない。

閉じた視野の中でひそかに息づく情動の昇華体。
それが形式、と呼ばれるものの実体ではないか、と思うのだ。


ふと、視線を調味棚に向けた。
封を切られていない、濃い緑色の小瓶が目に入る。
目玉焼きを切る手を止め、瓶を見つめ、記憶をたぐる。

立ち上がり、私は瓶を手に取り、封を切る。
半分ほど食べ終えた目玉焼きの皿の上、瓶をそっと傾ける。


形式がふりかけられている皿の上、
私はバルサミコを垂らした。



「万物は崩壊する。崩壊は形式のひとつである。形式は万物為りや?」
(ーー吾妻滋郎著『認識の基地』末文より抜粋)

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