色が溶けていく/宮市菜央
 
。「鏡?」
「私自身にはちゃんと色があるのよ。ほかの人はみんな真っ白なのに。あなたから見て、私には色がある?」僕は一瞬ためらった。目の前の彼女も白かったから。彼女はバッグから折りたたみの手鏡を取り出し、僕に差し出した。

「どう?」「ああ、僕にも色があるようだ」彼女が一瞬硬くなるのが分かった。たぶん僕も白いのだろう。

「ということは、私たちもみんな真っ白なのね。自分が気付いてないだけで」
「どうやら、そういうことらしいね」僕は彼女に手鏡を戻した。ぱちりとかよわい音を立てて手鏡が閉まった。

つめたいものが腕に触れた。「雨」彼女がつぶやく。「この白がみんな流されて、色が戻ってこないかしら」
僕は空を見上げる。雨のしずくがどんどん落ちてくる。やはり白しか見えない。

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