追憶の夜景/あずみの
 
窓の外眼下に見下ろす名古屋の街は 
遠く遠くきらきらと明りを燈し 
瞬いては揺れ闇夜に煌々と浮かび上がり 
そのひとつひとつの灯に想いを馳せるとき 
忘れていた瞬間がふと思い浮かぶのです 
あのとき共に見た夜景と 
隣にいたあの人の服越しの体温まで 
場所も時間も遥か遠くになってしまってなお 
こんなにも鮮やかにあの日の空気の湿度まで 
思い出されるのです 
交わした会話の内容も着ていた服も覚えていないのに 
素足のミュールから見えるペディキュアの橙色だけが 
薄闇にくっきりと見えたことは記憶しているのです 
忘れていたかった思い出 
忘れようとしていたこころの痛み 
あの人のこころにもうわたしはいないだろうに 
わたしばかりが過去からの情景に 
古傷を痛めるのです 
僅かの甘さと幾ばくかの寂しさを伴って 
少しのあいだわたしは追憶に耽るのです 
眼下に見下ろす都会の灯かりは 
今日も何知らぬ顔で遠く遠く煌いて 
わたしはひとり感傷に浸るのです 
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