春の裁判/ワタナベ
に鬱になるとかそういうわけではないんです。
A子さんの言うように白紙のページです。ベランダから見える電柱の横を飛んでいく小さな小さな飛行機です。
飛行機雲は見えません、夕方のそらに見える飛行機雲は、橙と深い影のコントラストをつくる夕空に、かすかな線をひいて、
それをまたげば夜が訪れるのですが。残念ながら飛行機雲は見えません。いや、いつもなら
見えますから、それは幸せな気持ちです。この時期夜はいつのまにかそっと私の背中に覆いかぶさって
西日のあたる明るい部屋から、電気のついていないリビングルームを見ると、それは夜の気配の訪れです。
裁判長のもつ木製のハンマーは
三度
カン、カン、カンと音を出して
閉廷を告げた。
もうすぐ夏が来る。
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