幸福な女優/蔦谷たつや
 
の悪い男と寝ようと試みた。
しかし、頭の悪い男は、いつまでたっても、ホテルにたどり着くことさえ出来なかった。
―夜にあきれた。

それ以降、彼女が、頭の悪い男を好むことはなくなった。

幸福な女優は、今度は、普通の男を好むようになった。
或る日のことである。
彼女は、都内の高級ホテルで、普通の男と寝ようと試みた。
普通の夜は過ぎた。しかし、朝、目覚めると、男は逃げ出していた。
―朝に嘆いた

それ以降、彼女が、普通の男を好むことがなくなった。

幸福な女優は、こんな自分を不幸であると思った。
彼女は、深くため息をついて、ふと目の前の鏡を見た。
―彼女は、恋をした。
彼女が、誰に恋をしたのかは、もはや、述べる必要もない。

これが、先日、天寿を全うした、女優Mの、生涯独身であった唯一の理由である。

無論、彼女は幸福な女優であった。
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