茜さす夏/弓束
 
ちた昔の風景を持っている場所」
 変わらぬ風景を睨み、やがて伏し目になる。自ら剥いた夏みかんを歯で噛み潰し、甘酸っぱいそれを舌で転がす。
「そんなところに隠居して、しまいましょう」
 今までもそうして引越しを幾度も繰り返し、この場所にたどり着いたのだ。町の人なんて誰も知らないような、こんな場所に。
 だけど、ここは人が優しすぎる。それには健二さんだって気付いているはずなのだ。
「わたしたちが、二人になれる場所」
 そんなところにこうして暮らしましょう。
 わたしは待ちわびている。健二さんがわたしの髪を弄んだ暁に「行くぞ」と無愛想な口調をして、人気の少ない理想へと攫ってくれるのを、待ち
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