花に、雨/弓束
 
 淡い桃色を煌びやかなほど咲かせていた桜は、夏を予感し生い茂った若い緑に覆われつつある。太陽が葉に光を落とし、そこからまた空に跳ね返されていく。
 そんなうつくしい光景を見つめながら、二、三分前に降った雨の粒を佳代は掌で受け取る。瑞々しい空気で膨張した輝きが目に痛い、と彼女はゆっくり目をつむる。
 この桜はわたしよりも随分と長い間生きるのであろう。そして、わたしが死んだその後もきっとすべてを鮮明に覚えてしまっている。例えば、遠い未来に面影でさえ失う風景や、今という時間にわたしがいたこと。
 彼女は一人で顔をほころばせ、「うらやましいよ、お前が」とぼやくと桜の幹を優しく撫でた。濃い色を持ってい
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