古い杖/服部 剛
あっ
と九十過ぎの老婆(ろうば)が言うと
黒い杖はエレベーター十階の
開いたドア下の隙間にするりと落ちて
奈落の底で
からんと転がる音がした
「 杖も毎日使われて
たまには隠れて
休みたかったのでしょう 」
隣で老婆と腕を組む
介護士の青年は言った
翌日も老婆を迎えに
エレベーターで十階に昇り
玄関のドアが開くと
皺(しわ)の入った手の下に凛(りん)と立つ
色褪せた木の杖
長い間
部屋の隅で埃(ほこり)をかぶっていた
古い杖
猫背の体重を
うれしそうに
支えていた
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