さくらの日/松本 涼
 
木の枝が重ならずに生きていくことを
描き言葉と伝え言葉が生まれる
それぞれの心の在処を

まるでひとり言でも呟くように静かに
少し楽しげに君は教えてくれる

大きな木の根元に寝転んで
見上げたその枝たちは
どこまでも空に広がる細く確かな血管のようで
僕は少しだけうらやましくなる


透明なざわめきの中で転寝た君を眺めて
僕はひとり小さなお祈りをした

やがて時間に気づいた君は何も言わずに立ち上がり
いくつもの木々の名前に囲まれながら
僕らはゆっくりと元来た道を歩き始める

この道がかつては賑やかな商店街だったことを
ころころと風に転がるさくらの花びらの行方を

まるでひとり言でも呟くように静かに
少し嬉しげに君は教えてくれる


気をつけてと小さな駅から
家へと帰る君を見送った後で

僕はどこへ帰ればいいのか
分からなかった










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