( 空ノ声 )/服部 剛
 
亀が 
  無人の海を這っていた 
  多くの者の幻が 
  かれを追い抜いていった 

  笑うことのできぬ亀は
  表情を変えることなく
  ただ前を見つめ
  這い続けた 

  背後には 
  波が打ち寄せても 
  風に吹かれても 
  砂浜に消えない亀の足跡
 
  数珠の連なりは 
  霞の向こうの
  遥かな過去へ 
             」 


50円玉の穴を覗き屈んでいた私は立ち上がり、
アスファルトに伸びる影は再び歩む。 

日陰に立ち並ぶ背の高い水仙達は
黄色い唇を開き、
風に身を揺らし唄っていた。 

見上げた空に、
雀は
小さい翼を広げて翔んでいた。 


( 早春の風が、吹き抜ける。) 


アスファルトに伸びる影の胸に、
小さい風穴が開いていた。 

屈んで穴を覗くと、ただ空が広がり、 
生まれる前に聞いたことのある、
誰かの声。

地上をひとり歩む、私の名前を呼んでいた。 




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