風呂場の鏡/桐ヶ谷忍
 
髪の毛を洗おうとして、座った風呂場のイスの
正面の鏡が曇っていた。
洗髪するのに鏡が曇っていようと構いやしないが
いつもの習慣で鏡に向かってシャワーをかけた。

一瞬歪んだ私の顔が映り、それが水滴でするすると
歪んだまま下へと落ちていった。
その水滴一粒一粒にもまた、私の歪んだ顔が映っており
それがシャンプー台で粉々に砕かれるのだ。

曇の取れた鏡には、無表情にこちらを見返す女がひとり。

私はしばらくその女と見詰めあった。

私にも、その女にも、互いに言うべき言葉も伝えたい想いも
何も出てこなかった。

無言でシャンプーのポンプを二回押して髪の毛を丁寧に洗う。
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