バス、バス停、水の中/はるな
 

たとえば、バスに乗るとして。
バス停で、バスを待っていることしかできない。ぎりぎりで走りこんだり、20分待ってもこなかったり、バスは、するけれど、ただ、わたし自身は、待つか、待たないか、それを決めることしかできない。選択というのは、そういうものだと思っていたときもあった。(いまでも思っている)。

待つというのは、それほど苦しいことではないです。待っているということは、少なからず、それが、来る、ということを信じている状態だからです。でもよくよく考えると、待たない、と決めるときの心持も、いっそすがすがしく、悪いものではないかもしれない。苦しさは、選択が並び、そのあいだでゆれる心のうちに宿っ
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