クローバーのおすすめリスト 2004年1月23日19時25分から2004年5月7日13時18分まで ---------------------------- [自由詩]きみにとってぼくがそうであったように/よねたみつひろ[2004年1月23日19時25分] きみにとってぼくがそうであったように                    ぼくらにひとつの指針がしめされた                             きみが分娩台の孤独のうえで                         あたうるかぎりの醜態をさらしていたとき                           ぼくはのんだくれて みすぼらしい自分の影を                      ぼろぼろな夜の地図にさがしていたんだ                    そのようにして希望は産みおとされた                     ぼくにとってきみがそうであったように ---------------------------- [自由詩]マイノリティー/※[2004年2月29日19時00分] いじめられっこの兄妹が居ました 二人は青い目をしていました とても奇麗な、青い目 とても目立って仕方の無い、青い目 いじめられ続けた六年生のある日 兄は同級生に刃向かいました 先生も黙認する中、無言で殴りかかりました たまたま現場を体育の先生が目撃しました 担任の先生は、いじめなんて存在しないと だけど体育の先生が証人になりました その先生は、多くの生徒に慕われていました 差別への誤解は一気に瓦解するのでした 妹は、喜びました 兄も勿論、喜びました だけれど兄は、今まで自分をイジメてた奴等を 決して許そうとは、しないばかりか ・・・立場が逆転し、兄は一躍ヒーローでした 普段から快く思われていなかった、いじめっこたち 殴りかかられて泣き出した、口先っぷりから 立場は完全に 逆転したのでした 兄は、いじめっこをいじめるイジメっこになりました 誰もその振舞いに、文句を言えませんでした 今まで散々、見て見ぬふりをしてきたのですから 当然と言えば、当然なのでしょう 妹は、いじめっこの妹、という立場に立たされました それは、とても複雑で悲しいものでした 妹は、いじめるという行為そのものが嫌いでした 人目を避けるように一人、教室で涙を落とすのでした それを偶然、兄は目撃しました 妹よ、誰かにイジメられたのかい?それなら俺が 勝ち誇った顔の兄を見て、妹は 大声で泣きました 泣きじゃくるのでした  * 誰が、妹を助けてくれるのでしょう 誰が、兄を諌めてくれるのでしょう 兄はいじめっこをイジメながら、言い放ちます こいつらは、俺に あんなことや、こんなことまでも いじめられっこになった、いじめっこたちは ある晩、ついに自殺しました 幸い、未遂で済んだものの 大きな後遺症が、残ってしまうのでした 遺書が、ありました そこには、こう書かれていました 言い過ぎだ、そこまで非道いことなんか、やってない 兄は彼等を見て、天罰だと、せせら笑いました 妹は、そんな兄には内緒で こっそり何度も、何度も御見舞いに通うのでした 顔も見たくない!と叫ぶ、彼の母親 それを制止して、元いじめっこは、言いました 元はといえば・・・。 そんなの、あんまりだよ あんまりだよ、と ゴメンね、を連呼しながら 妹は、いつまでも泣き続けるのでした 兄の影で、泣き続けるのでした  * それから時は経ち、妹は彼のお嫁さんになりました ふざけるな!と叫ぶ兄から、逃げるようにして そうして今も、この世界のどこかで ひっそりと 介護を続けながら、愛を育んでいるのです 兄からの追っ手や差し金に、内心、怯えながらも それでも二人は、幸せでした 何故ならば、二人は 本当の心で分かち合い、赦し合えた仲なのですから  * 世界中が、みんな 私たちみたいなら、いいのにね・・・。 そう、呟きながら 妹は寂しそうに笑うと 今日も、彼の車椅子を押して歩くのです もう、二度と歩くことの無い 彼の小さな支えとなって ---------------------------- [自由詩]饒舌な三遊間/たもつ[2004年3月10日14時09分] ふと右を見ると三塁手が君だったので 僕はすっかり安心した うららかな春の日、デーゲームは淡々と続いている スタンド、ベンチ、フィールド いろいろなところからいろいろな声が飛び交っている やあ、久しぶり という一言から 僕らは話を始めた 今まで二人にあったことを ありったけの言葉を使って話した 痛烈な当たりが二人の間を抜けていく フライがポトリと落ちる 攻守が交代になり デーゲームが終わりナイターが始まる それでも定位置を動くことなく話し続けた 幾年かが過ぎ 球場は取り壊され駅ができたころになると ようやく五年くらい前の話にさしかかる 「今、おしゃべりをしている三遊間の前にいるから」 僕らは待ち合わせの目印になった いろいろな人がいろいろな格好で待ち合わせをしている 笑っている、怒っている、泣いている うららかな春の日は淡々とすぎていく 今までのことを話し終えた僕らは これからの話をすることにした ---------------------------- [未詩・独白]私に名前を授けてください/いとう[2004年4月1日22時08分] 夜の霧の街灯の脇から ほんとうに小さなものたちが湧いている きぃきぃと ほんとうに小さな声を上げている いられなくなったのだねと 手を差し伸べると 爪の先から入り込んで なんだか悲しくなるのだけれど それはたぶん ほんとうではない よくわからないことがときどき起こって そのたびに何か欠けていくような気がするのだけれど それは欠けていくのではなく 埋められていくのだろう 頭の中でふいに呼ばれて どこを向いていいのかわからず 首を傾げてみる どのような名で呼ばれたのか いくら考えても思い出せないので きぃきぃと つぶやいてみる ほんとうに 小さな声で ---------------------------- [自由詩]おはなし 1〜50/Monk[2004年4月20日0時52分] (1) 僕は眩暈をおこし倒れゆく途中、眩暈の原因はこの部屋の絨毯の模様がどうにも見慣れない形に変わってしまったからだということに気づき、しばらく斜めになったまま考察を続けた。 (2) 恋人が「あなたの考えていることはすべてわかるわ」と言うので僕はずっと黙っていると原稿用紙に黙々となにか書き始め、最終的に千枚にもなった原稿は出版され世の中で絶賛されているのだが僕の住む町には本屋が一軒もない。 (3) 激しく喉が渇きやっと見つけたトマト農場はフェンスで囲われており、僕はなんとか切れ目を見つけ必死に手を伸ばす一方でフェンスの中で生まれ育った少年は憎しみをこめて水水しいトマトを次々と踏みつぶしている。 (4) 世界最高のピエロと称される彼が、どんな馬鹿げたことをしようが世界中の人々は賞賛の拍手と敬愛の言葉をあびせつづけた。 (5) 突然「あなたの息子にしてください」という手紙が届けられたので、「とりあえずお友達から」という返事を返した。 (6) 永久機関を発見した!と思うたびに、隣でその矛盾について的確に指摘されつづけている。 (7) 恋人が風邪をひいたので「風邪にはルルだよ」と言うと「誰よ、その女」と筋違いな疑いをかけられる。 (8) 市の中枢である最高機密エリアでは、市長が全力をつくしてアサガオの花を育てている。 (9) 僕の部屋のコンセントにつながれた男は延々と学生時代の自慢話を続けるのだが、コンセントを抜くと死んでしまうので仕方なく話を聞き続けている。 (10) 神様は突然に現れて「ここに全てを記しておる」とお渡しになった書物の一ページ目には、僕の生まれてからこれまでの通算ハミガキ回数が記されていた。 (11) 人は洗面器一杯の水があれば生きてゆけるのだ、と突然に悟り興奮すら覚えながら僕は熱い風呂に入った。 (12) ピアニストの一日はその繊細な指で目覚まし時計をひっぱたくことで始まり、ピアニストの一日はその繊細な指で目立つ白髪をひっこぬくことで終わる。 (13) 灯台守である二人は夜ごと互いの灯りを海に泳がせ、言葉にならない言葉をかわしている。 (14) それが洗濯機の中でまわしてよいものかわるいものか、一晩中妻と話し合った。 (15) 二塁ベース上では僕の理想の女の子がこちらに微笑んでいるのだが、監督からは執拗にバントのサインが出ている。 (16) 海で拾った瓶詰めの手紙の文面に僕はとても心を揺さぶられるが、その後毎日のように手紙は流れつき、それらは全て同じ文面で差出人だけが変えられている。 (17) その花を育てるには涙による潤いが必要だったのだが、僕がやっと涙を流せたのは枯れ果てたその花の残骸を見下ろしたときだった。 (18) そのビルの27階の右から13番目の窓の奥で今、僕の出生に関わる重大な会議が行われていたが、僕は地下2階の4番目のトイレでYシャツのボタンの掛け違えを必死に直していた。 (19) 庭の片隅に埋めておいた"疑惑"が毎晩どこかへ出かけてゆくようで、たまらず恋人に電話をかけるのだがいっこうにつながらない。 (20) もう長いあいだ電柱に貼られている行方不明の子供の似顔絵は、時間がたつほどにだんだん大人びた顔になっていった。 (21) 箱を開けると中にはまた箱が現れ、その繰り返しに途中うんざりもしたが僕はどんどん加速し、今まさに箱を開ける速度は箱が現れる速度を追い抜きその先にあるものに手が届こうとしている。 (22) 僕らが数時間にわたり続けた何の結論も出ない議論を、オウムはすべて記録し終えると以後毎日のように繰り返し、やはり永遠に結論にたどりつかない。 (23) 母親と父親はそれぞれの役割を上手く演じ、観客たちが惜しみない拍手を送っている。 (24) その家の玄関先に装着されたメーターはドアが開閉するたびにカウントされ、月に一度水色の作業服を着た男がそのメーターの数値を点検している。 (25) マグカップに満たされた一杯のぶどう酒を囲んで、子供たちはそれぞれ将来に対する野心ついて語り合っている。 (26) 僕は飴玉を慎重に奥歯でかみ砕いたが、彼女はその音にいつだって敏感に反応するのだ。 (27) 日曜の朝、だらしなく歯を磨いていると、大きな花束を抱えた父がさっそうと出かけてゆく。 (28) No one can live without love No one can love without live (29) 彼女のせいで僕の睡眠は根こそぎ奪われ、彼女の飼い犬がその睡眠をむさぼるように消費していた。 (30) 少女がかたくなに結んだ手の中のコッペパンは、すでにとりかえしのつかないカタさになってしまった。 (31) 「土星の輪の有効利用法 講演会」のスポンサーとしてバームクーヘン会社が真っ先に名乗りをあげた。 (32) 女が想いをこめて編みあげたマフラーを受け取った男は、編み目ひとつひとつに指を差し込んで確認作業をはじめた。 (33) 中華料理屋の娘は夜中泣きながら帰ってくると黙々と餃子を包み始め、明け方娘が寝てしまうと中華料理屋の主人はその大量の餃子を黙々と焼き始めた。 (34) 詩人は妻の作る料理に感激し「詩的だ」と一言言うと、二人分の弁当を買いに弁当屋へ出かけた。 (35) その岩の上から見る朝陽は世界で最も美しいと言われており、梯子屋の男は観光客のために毎日岩に梯子をかけていたので彼自身は一度もその朝陽を見たことがない。 (36) 二人は交互に風船を膨らましてゆき、あと一吹きすれば割れてしまうというところで顔を見合わせ、以後風船はサイドボードの上にずっと飾られている。 (37) ドアマンが仕事に疲れて帰宅し自宅のドアを開けると、見も知らぬ人がチップを渡して中へ入ってゆく。 (38) 「タバコをやめないと離婚する」と言われた夫が、妻の先端に火をつけてうまそうに煙をはいている。 (39) あやまって湖に斧を落としてしまうと中から妖精が突如現れ、「いったい何本落とせば気が済むのよ!」とこっぴどくしかられた。 (40) ポケットのない世界で僕はひどく暇をもてあましている。 (41) 九月のある日散歩の途中で、扇風機を修理してください、と必死に誰かの家の扉を叩いている恋人の姿を見かけた。 (42) 明け方ちかく僕は激しい性交の途中でぐんぐん背が伸びるのを感じた。 (43) もうすでに誰も訪れることのない門を守る門番は、その鋼鉄の扉を素手で殴り続け、その行為を恋と呼んだ。 (44) 君の秘密が朝、市場で売られている。 (45) 全てのからくりを暴ききるとその人形は力なく崩れ去ってしまったが、最後に人形が流した涙のからくりは誰にも暴くことはできなかった。 (46) 夜ごと製材所に忍び込んでは、材木のひとつひとつにハチミツを丁寧に塗っている。 (47) 眠っている間に恋人の脳みそをそっと取り出すと月灯りの射す窓際に並んで座り、この世の美しいものについて順番に語りかけている。 (48) その女の想いは多数の人々を介してやっと男に伝えられたが、男は直前に彼に伝言をした女のことで眠れぬ夜を過ごし始める。 (49) 私は身体の中心に林檎を実らせたその娘のことを誰よりも愛し何よりも大切に扱いたい気持ちでいっぱいなのだが、肌を重ねるたびに娘の林檎に歯を立てずにいられない。 (50) コンビニに行くとアイスが全部とけていてしかたなく消しゴムだけ買うのだが、レジの女の子のおつりを渡す手はクリームでひどくベトついている。 ---------------------------- [自由詩]自由をめぐる空想/ワタナベ[2004年4月20日12時39分] 1 正直、高校を卒業した時の成績はよくなかった 偏差値にして40前後 空を飛ぶ試験にうかるには絶望的な数字だった なにしろそのころ 空を飛ぶための試験を通過するには 偏差値にして60くらいの成績が必要だった そこそこの数字だ 今と変わらず倍率も高い 当然か 当時、楽観主義者だった僕はあたって砕けろで試験を受けて 見事粉砕して1年間勉強をしなおすことになったわけだ もっとも楽観主義者なのは今も変わらないけれど 高校のころうんざりするほどやった基礎公式 (50kgの人間が30cm空中に浮くのに位置エネルギーがどうとかこうとか) こむずかしい理論 (気候と飛行の関係)(酸素濃度の変化が人体に及ぼす影響) などなどひととおり勉強した おもえばあの1年間は僕の人生の中で一番熱心に勉強した期間だったようにおもう 子供のころから空を飛ぶことに対するあこがれは人一倍もっていたし 飛べないよりは飛べるほうがいい、と単純に信じていたし その甲斐あってなんとか試験には無事合格し 今では天気がよくて風レベルが3くらいまでの日だったらもんだいなく飛べる たとえば今日のような日は格好の飛行日和だ そろそろバイトの時間 僕は肩から鞄をさげて 玄関からふわりと飛びたつ 2 ある日、空があまりにもきれいだったのでふらふらと空中散歩していたら 向かいのラーメン屋(ほっとい亭)の主人が やはりふらふらと空中散歩しているのを見かけた ほっとい亭の主人は典型的な職人肌の人で声のでかい、豪快な人だ 空の飛び方もいくぶん乱暴で  買い物帰りの奥さんと空中衝突しそうになってはしょっちゅうけんかをしている ほっとい亭の主人は空を飛ぶ試験を受けていないという そのことを聞いたら主人は 「兄ちゃん、空を飛ぶのに学なんていらねぇ こころってやつが自由だったらからだも自由だろ? ま、頭が軽いからそのぶん飛びやすいってのもあるかもしんねーけどよ がっはっは!」 なんて言って笑っていた とんでもない人だ でも僕はそんな主人がなんとなくうらやましかった 「こんにちは きれいな夕日ですねぇ」 と声をかけたら  「おお 兄ちゃんか でっけぇ夕日だなぁ」 といつもの調子でかえしてきたので 二人ならんでふわふわしながら 地上で見るよりずっと近い夕日をうっとりとながめていた 3 夜はたまに夜景を見にゆく しずかにしずかに夜空をただよう 星空が近い まぁこのなんともいえない恍惚とした気分は 空を飛べる人ならだれにでもわかることだから 想像におまかせするとしよう でも 空を飛べない人はこんなすばらしい気分を味わえないのだから かわいそうだな なんてちょっとおもったりもする 4 僕は彼女が空を飛んでいるところを見たことがない 彼女はいつもりんと胸をはって歩いている 「飛ばない」のか「飛べない」のか でも単純なぼくは、飛べるのに「飛ばない」はずはないと勝手におもいこんでて きっと彼女は飛べないのだろうとおもっていた そんな僕が彼女と知り合ったのはつい最近のことで 僕が「君は飛べないの?」と聞いたら 彼女はまぶしそうに空を見上げながら 「さぁ どうかしら? 空から見たら歩いている私はとても不自由そうに見えるかもしれないけれど わたしはいつも自由にこの空を飛んでいるのよ」と答えた 僕は彼女がなにを言っていたかいまいちよくわからなかったけれど そんな彼女がとてもきれいに見えたので 最近はいつも空から彼女が歩いているのをぼーっとながめては くるりくるりと宙返りをする ---------------------------- [自由詩]「宇宙犬ライカ」序文/佐々宝砂[2004年4月25日0時55分] 我々人類の起源については諸説あるが、我々がこの惑星トピアに本来存在する生物でなかったことは、人類にのみDNAが存在することや、トピアの生物群が持つコンドリミトアを人類だけが持たないことなどにより明白である。我々はまさしく霊の長たる霊長類であり、人類の他に霊長類は存在しないのである。 では我々はどのようにしてトピアにやってきたか。代表的な説として、「第二の地球説」「ボイジャー説」「ガガーリン説」「宇宙犬ライカ説」などがある。しかし「第二の地球説」は科学的説とはいえず、宗教的な説であり、「第一の地球」なるものが存在していたという根拠を持たず、我々がどのように「第一の地球」から飛来してきたかの説明もできない。「地球」が我々の祖先が発祥した惑星の名である可能性はあるが、地球を我々の祖の発祥の地であると同時に死後の世界であるともみなす「第二の地球説」は宗教でしかない。「ボイジャー説」は「第二の地球説」よりもやや科学的な説ではあるが、いまだもって我々が乗ってきたはずの宇宙船ボイジャーを発見できないがため、いまだ推測の域を出ない。「ボイジャー説」派が発見した宇宙船らしき遺跡には、ボイジャーという名がどこにも記されていないのである(巻末注1参照)。「ガガーリン説」はくだらないの一言につきる。最初に宇宙に出た人間がたったひとりの男性であったはずがない。男性ひとりでどのように繁殖することができようか。のちに「テレシコワ」なる女性が送り出されたというのが「ガガーリン説」派の主張だが、テレシコワは人間ではなく「ヤーチャイカ」という人類以外の生物だったという文献が存在するため、私は「ガガーリン説」を採らない(巻末注2)。 私が採るのは「宇宙犬ライカ説」である。我々人類の発祥の地の名前はまだ判明しないが、私は「オーストラリア」だと考えている。トピアを「第二のオーストラリア」とする文献は、トピアを「第二の地球」と唱える文献よりも数多く存在し、またそうした文献の中で、我々は「宇宙犬」と比喩されたり、「宇宙犬」と比較されたりしていることが多い。そしてそうした文献は、「ガガーリン説」「ボイジャー説」が証拠とする文献に較べ、より古いものなのである(巻末注3)。我々はおそらく、「オーストラリア」から「宇宙犬」として、あるいは「宇宙犬」のようにこのトピアに送られたのだ。 では「宇宙犬」とはなんなのであろうか。ストラウドによれば、宇宙犬とは宇宙に送り出された犬のことであり、ライカとはガガーリンよりも先に宇宙に送り出された女性の名という(巻末注4)。私は、宇宙犬ライカがライカという名の女性であったという説には賛同するが、充分な食料と酸素と冷凍精子を携えてトピアに降り立ったというストラウド説には頷けない。私はライカの食料と酸素は決して充分なものではなかったと考える。ライカは、自分の食料や酸素が充分でないことや、自分の播種が失敗する可能性を知っていたため、毒薬をも携えていたという文献がある(巻末注5)。ライカがトピアに到るまでの道のりは、非常に長く苦しいものであったろう。 「宇宙犬ライカ説」を否定する学者は、ライカが人間ではなく「宇宙犬」という人類以外の生物であったと主張する。しかし私はライカが人間でなかったとは考えない。我々の言語には「犬」という言葉が確かに存在するが、それは特定の生き物を指すものではなく、主に奴隷的な立場の人間や、卑屈な人間に対する蔑称として用いられる。おそらくライカは、何らかの原因で蔑視される女性であったのだ。 このことから、私は、我々の祖先がおそらく追放奴隷ないし犯罪者であったと推測する。犯罪者を宇宙船に乗せて追放するという刑罰が、かつてオーストラリアに存在したのであり、我々の祖ライカも犯罪者の一人であり、それゆえ「犬」という蔑称で呼ばれたのであろう。あるいは、ライカは追放奴隷の最初の一人であったのかもしれない。 この説を嫌う人は誠に多い。しかし我々の祖がたとえ「犬」であったとしても、それは、我々人類が卑しいものであるということにはならない。ライカは故郷「オーストラリア」をひとり出立し(それが犯罪に対する刑罰としてなされたものであるとしても)、ひとり新たな惑星に降り立ち、我々人類の祖となったのである。たとえ犯罪者であろうとも追放奴隷であろうとも、ライカの功績はたたえられるべきだ。「宇宙犬ライカ説」を否定することは、我々の母たるライカの存在を否定することであり、かえって冒涜的ではないかと私は考えるのである。 なお、この書物が、K・マッキントッシュ氏の協力により生まれたものであることを明記しておきたい。マッキントッシュ氏に感謝を。 ---------------------------- [自由詩]上海された/石畑由紀子[2004年5月3日22時54分] 深夜、男友達から『お前のことずっと上海してた』と電話。ひどく 驚き、『ごめんなさい』とだけ応えて電話を切る。自分の言動を振 り返り、しばらく彼には会わないでおこうと決める。図らずも点と 点が線で結ばれようとするのにはそれなりの理由があって、もしも 誰かに原因があるのだとしたら、それはきっと私なのだ。頭が冴え てしまったので恋人に電話をする。出てくれたもののすぐに寝息が 聞こえてくる。ねぇ、あなたのそんなところが好きよ。愛しい人に 『私のことどれくらい上海してるの?』と尋ねる恋愛感情を、私は 持ち合わせていない。  + + + 明日から職場が三日間限定で上海される。通勤カバンにサングラス を詰め込む。途中で銀行に寄って香港ドルに換金しよう。インポー トコーナーで見かけた今春のコーチの新作はパステル調でエレガン トだ、社員割引はないけれど絶対に買いたい。  + + + 動物園の動物たちはみんな上海されたような目をして、まるで野生 が感じられない。猿山だけにいつも健全な社会がある。ボス争いを して、子供同士が遊んで、井戸端会議があって、夫婦で毛繕いをし て、メスの争奪戦をして、交尾をして。そういえば、帯広動物園に は入り口に『せかいいちどうもうなどうぶつ』という檻がある。覗 き込むと檻の中には鏡があって、自分の姿が映し出される。上海さ れているのは私たちも同じなのかもしれない。だから猿山には大人 ばかりが群がるのだ。  + + + 上海された猫が車道で踏まれ続けてだんだんとその形状を失ってゆ く。トムだったらそこでムクムクって復活してまたジェリーを追い かけられるのにね。私は無責任に、少しだけ泣いた。通りを渡って 今日の予定に戻ってしまえばきっとすぐに忘れてしまう。  + + + バスは停留所で待つ私に気づかずに上海していった。慌てて小走り で追いかけたものの車に追いつけるはずもなく、すぐにあきらめて 視線だけでバスの尻を見送る。これであの電車には間に合わない。 約束の時間にはもう絶対に間に合わないだろう。この小さな歯車の 狂いで私は今、あの人との最後のつながりの機会を失おうとしてい る。それは同時に、この先の私を別な誰かや何かが当然の顔をして 待っているだろうことにも、繋がっている。 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そのリボンはねこちゃんに付けてあげてね さぁ そろそろだわ あなた目がけておとさなくちゃ さようなら あなたに届きませんように ---------------------------- [自由詩]押入れの穴ぼこ/望月 ゆき[2004年5月7日13時18分] 押入れに顔をつっこんで ぐるりと見回したら 天井の端っこに 小さな穴ぼこがあいていました 穴ぼこの向こうは 下から見る限りでは ただ ただ 暗闇でしたので なんだか怖くなったぼくは それ以上は見ないようにと 布団を上の段に移動させました ぼくは やっぱり 穴ぼこが気になって 昼寝もままならなかったので 布団を引きずり出して 押入れの上の段にのぼりました 立ち上がると 穴ぼこはすぐ近く。 穴ぼこをおそるおそる のぞいてみたけれど やっぱり暗闇でしたので つまらなくなったぼくは そこにストローをつっこんで シャボン玉を飛ばしました シャボン玉の行方を 穴ぼこからうかがっていると ふわふわと飛んでいって そのうちパチンッと はじけました それからもぼくは 暇さえあれば  シャボン玉を飛ばしに 押入れの上の段にのぼりました ぼくがあまりにたくさん シャボン玉を飛ばすので 暗闇では ひっきりなしに パチンッ パチンッ と 玉がはじけています。 シャボンの水滴が そこいらじゅうに  飛び散っており そのとき どこからか 声が 穴ぼこの向こうの暗闇の ずっとずっと下の方に 目をやると 人々が こちらをあおぎ 草花が 満ち満ちています ときどき人は それを雨と呼んで ときどき人は 穴ぼこを見上げたりします ---------------------------- (ファイルの終わり)