クローバーのおすすめリスト 2004年7月12日11時51分から2004年8月3日15時36分まで ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]羽虫/生田[2004年7月12日11時51分]  黒というよりかは藍色の夜空を羽虫が通過した。深夜のコンビニエンスストアー。壁面ガラスには黒い点が、わさわさしている。ため息をつきながら、私はキンチョールの煙をその点々に振りかけていく、そうして落ちていく羽虫の名前を私は知らない。私は殺戮者ではなく、店員なのだ。客が私の名を知らないように、私も羽虫の名を知らない。  もしかしたら、いまさっきの羽虫すべては一夜の命だったかもしれない。本能とは厄介だね、と茶化す。羽虫が思考をする生き物なのか、感情を抱く生き物なのか私は知らない。おでんの什器に落ちた羽虫をおたまで掬い上げて流しへ。店内放送を止める深夜帯、排水口の先からは、あらゆる機械の呻き声が聞こえてくる。飲み込まれていく羽虫は抗わない。  羽虫と私との違いを考える。午前四時、撒きすぎた殺虫剤が目に沁みる。羽虫は涙を流すのだろうか、汗腺はあるのだろうか。一時に廃棄になった弁当を電子レンジに放り込んだ私と羽虫の間に連続性はなかった。お互い、断絶した点であった。しかし、私は羽虫を認めたが、羽虫が私を認めたかは定かではない。人でいえば、致死性の毒ガスを用いた無差別殺人に出くわしたようなものか、とゴミを出しに行く途中、さっき落とした羽虫を掃いていなかったことに気づいた。片付けねばならない、店員として。 ---------------------------- [自由詩]搾取/本木はじめ[2004年7月12日22時17分] 閉ざされた空をこじ開けると 夜だった これはもうするしかない 赤い花びらをそっとめくって またはひらいて 潜り込む黒い蜜室 いつまでも潜ったままで 星々の干渉から逃れる ああ 断絶 断絶 忘れてゆくよ白い部屋 つぼみから顔を出してみたりしたら 僕はもう首をはねられるだけ ---------------------------- [自由詩]メダカ風鈴と縁側/たもつ[2004年7月13日8時22分] 軒下で鳴ってる 縁側ではいつも同じ場所で躓いてしまう 窓は池 今日も小さな沈黙を保ち続ける 外の通りを 笑わない男の人が歩いていく 僕らの小学校 黒板の右、日付の下では 誰かがまだ日直をしている ---------------------------- [自由詩]メダカ風鈴と縁側/望月 ゆき[2004年7月13日9時00分] 風が見たいの、と きみが言ったから 縁側に座っててごらん、と 言ったんだよ 本当はそこじゃなくたって いいんだ 吊るされた青銅は お寺の鐘にも似て 思わずぼくは しあわせ、とかを 願ったりする その間もずっと 風が見たいの、と 言いながら座るきみ の黒髪はさらりさらりと揺れ 投げ出した足先を通り過ぎる 雲の影 もたれかかる柱には もう名前すら消えた いくつもの横線 隣には 孵化したばかりのメダカが泳ぐ 金魚鉢が いつしか目を細め うとうとと首をもたげる さっきから風の中のきみ のカーディガンが揺れるたび 一番下のボタンが鉢にあたって カラン、カラン、と 涼をよぶ ---------------------------- [自由詩]手に負えない夏/A道化[2004年7月13日10時05分] 手のひらに握り締めた 生まれつきひび割れた蝉のひび割れた雲母 手のひらの中のその震えと光とを 唯一手に負える夏の単位として感じていた けれど、もしも 手のひらの中の光など単なる幻で 震えているのが手のひらの方なら この夏の間に ひとつの昼が永遠に消えてもまだしばらくは消えないひとつの蝉の夏を 閉じ込める手のひらごとわたしを閉じ込める夏 わたしの、手に負えない、夏 その夏の間に ああ、もしも 手のひらの中の光など単なる幻で震えているのが手のひらの方なら ひび割れてしまうほどひび割れてしまうほど、ああいっそひび割れてしまうほど 誰でもいい何でもいいどうかその幻であるという事実を震えごと握り締めて下さい わたしを閉じ込める夏 手に負えない夏、の、わたしの手のひらの中 幻だとしても、この震えと光とを 唯一手に負える夏の単位として、感じていた 2004.7.13. ---------------------------- [未詩・独白]昼、ネギを持った男が/いとう[2004年7月13日18時17分] 男の昼はネギで始まると信じているわけでもなかろうに 君は駅のホームでネギを振り回している 君が普段ネギを買えるほどの暮らしをしていないのは 君のその身なりからすぐに推察できるけれど 駅員は遠目から苦々しく観察しているだけで 決して君を排除しようとはしない その態度が意味することはおそらく 君が金銭授受を伴う正規の手続きによって そこにいることを許される権利を獲得したということ 今の君には自由が約束されている ネギを振り回す自由さえ今の君は手に入れている 他人から奇異な眼差しで見詰められる自由さえ 君は享受している 薄汚れた生のネギを食べる自由さえ 手に入れようとしている 君がそのネギをどこで手に入れたのか それは推測の域を出ない事柄のひとつ ホームの柱にもたれかかりうずくまり 薄汚れた生のネギの汚れを 薄汚れた君の手の甲で落とす つもりでさらに薄汚れていくそのネギを 少しずつ 一口ずつ 君は口に含んでゆく 君の目にうっすらと涙が見えるのは 揮発する催涙性刺激物によるものか それともまったく別の理由によるものか それも推測の域を出ない事柄のひとつ 長い時間をかけて 君はネギを食べ終わる 駅員を含むすべての他人はすでに君への興味を失い 自分たちの職務及び生活の維持に翻弄されている (彼らは基本的に実害がなければたいていの事象を受け入れる) 君はゆっくりと立ち上がり 食べられない部分をきちんと燃えるゴミ用のゴミ箱に捨て そして ホームがさらに混雑し始める夕暮れ 奇声を発しながら電車へ飛び乗る君へ 彼らは声をかけることができない 声をかける自由を奪われていることに気づかない ---------------------------- [自由詩]午後、水飲み場で/nm6[2004年7月22日2時22分]         ポンジュースが出るという噂と、狂おしいほどいつも通りの日々。例えば、そんな愛媛で風景している校庭が、東京の夕暮れの向こうにある。午後、水飲み場で、挨拶は永遠にすれ違っていく。すべてはほんの少し過剰気味で、ぼくらも本当は、知らないままがいい。 運動部が左右される季節と、照り返しては遠くなっていく日々。例えば、そんな北海道で風景している校庭が、東京の曇り空の向こうにある。午後、水飲み場で、後悔ははるか前方に立ちつくす。すべてがほんの少し不足気味なら、ぼくらも本当は、知らずにいられたはずだ。 「それを思い出すと、今、自分が言い出そうとしていることが、  なんてばかげたことなんだろうという気がしてきます。  本当にそれでいいのか、と思います。」 どんな日々も空の向こうだ。みな記憶のようなしたり顔で、未来もイメージも些細な過去も。そこでただ風景しているものが、はるか前方か、はたまたはるか後方か。午後、水飲み場にフラッシュバックする誰かのいつか。すべてが少しずつずれて、知ったり知らなかったりしている。その模様は、ただそこでリピート。誰も話さないでひっそりと降り積もる時間に、ただ無心にクネクネする人間みたいな午後だ。 ---------------------------- [自由詩]息/湾鶴[2004年7月26日1時45分]   ロックグラスの淵をふさぐ手の平   中身は空っぽに満たされて   そっと僕の息を閉じ込めた      3月 せっかちな不結合のチリは   町の中を撫で歩き   時折、見せてくれる隙間に   摂っておきたかった    呼吸    ---------------------------- [自由詩]拝啓、ムジーク/nm6[2004年7月26日2時52分]         拝啓、ムジーク。音楽的な夜が、ルララルラとやってきます。コルゲンのようなうずら卵のような、つるりと白く圧倒的にやわらかく飛び散りそうな、つきぬけてせつない月。ぼくらはぼくらなので、「ほら見たことか」をすり抜けて、ちょっとだけ痛くてセンチメンタルで締め付けてキリキリの、花なのです。研ぎ澄まされたリズムにルララルラのメロディー。さあぼくらは仕方なく、ポケットのヴァイブに吸い付くように研ぎ澄まされている。 拝啓、ムジーク。音楽的な朝が、タリラリラとやってきます。起きぬけの珈琲のような自転車の風のような、さくりと青くさよなら過多で飛び散りそうな、つきぬけてせつない空。ことばはことばなので、「そうやって全てを」を嘯いて、ちょっとだけ痛くてドラマティックで嬉しさのスレスレの、花なのです。踏み損ねたグルーヴにタリラリラのメロディー。さあぼくらは止まらずに、イメージとスピード感と加速する妄想を、忘れないうちに。 このまま、こうしてずっと続くよ。 永遠にセンチメンタルで、ちょっとだけドラマティック。 ムジーク。音楽、音楽。 拝啓、ムジーク。音楽的な嘘をつこう。ルルル、振り返ればル、ループするエイプリルフール、ル。つるりと白く圧倒的にやわらかく飛び散りそうな、つきぬけてせつない月。さくりと青くさよなら過多で飛び散りそうな、つきぬけてせつない空。こわがらないでいいよ。ちょうどいいよ。センチメンタルで締め付けてキリキリの、ドラマティックで嬉しさのスレスレの。研ぎ澄まされたリズムに踏み損ねたグルーヴに、拝啓、ムジーク。さあぼくらは踊りだそう、欲しいのは正論じゃない。ルララルラとかタリラリラとか、せいぜいそんなんなんだ。 ---------------------------- [自由詩]立番/草野大悟[2004年7月26日22時43分] 交差点に立ちながら考えた なぜ俺はここにいるのだろう 紺色の制服の中のそのまた中は 少しも変わっていないのに 化石となって考えた 風がひゅーひゅーなっていた 女子高生が華やかに通り過ぎた つまり こうだ いつだって仕事はナイフで 中の中を削り取るのだ 削られ削られして 外形だけが張り子となるのだ やはり そうだ 見えないナタは かたときも休まず やせ細った人を切断するのだ そこには蝶の入り込む余地など無いのだ そして こうだ 叶えられない多くの想いが渦巻いて オートバイは鳥になるのだ 夕暮れの立番に 俺の魚たちが泳いでゆく ---------------------------- [自由詩]泡沫人 /望月 ゆき[2004年7月27日0時52分] なにかを知るはずもないのに 海はそこにいて 呼んでいる なにかを知るはずもないので 海はいつもそこで 呼んでいる 誰を 誰を 誰か を きみとはどこから どんなふうにつながってるの 白く白い ただ白いだけの粉 の、きみは 色のない風に 足を手を額を持って行かれた それきり それきり 海はぐるりとつながってる、って 小さな頃から知っていたし 今も知ってる なのにきみに遭えないでいるよ 何周したかなんて きかないで もっと透明をくれないか もっともっと  透明を 透明 を プランクトンの海では 叫んでも届かない だってきみは白いのだし だってきみは散り散りだから 聞こえないんだね 耳をふさぐ手さえないのに きみを探しはじめて 気づいたことといえば きみがどこにもいない、って こと それだけ 両手と両足と誰かの両手と両足と 数えきれないくらい ぐるぐると泳ぐ間も パークで茂りつづける 柳の樹 きみの髪にも似て それをひとすじ リーフに垂らしたまま ぼくは待とう やがてうとうとと そうしてぼくは いつしか海を忘れる 忘れて 眠ったふりをする ---------------------------- [自由詩]電車/アンテ[2004年7月27日1時01分] 発車を告げる笛がとつぜん響き渡る いつの間に電車が到着していたんだろう みんな一斉にホームに駆け出す ぼくも駆け出す 階段で足がもつれて転びそうになる 転んでいる人もいる 閉まりかけたドアを無理やりこじ開けて なんとか身体を押し込んで 大きな空気のかたまりを吐く 電車は容赦なく走り出して 間に合わなかった人たちとともに ホームは後方に見えなくなって おんなじ景色がくり返し流れだす つり革につかまって ぼくは一体どこに向かっているのだろう 車内を見回してみても 電車がどこへ向かっているのかわからない 乗客はみんなじっとうつむいていて 車内はとても静かで とても話しかけられる雰囲気じゃない 電車は単調に走りつづけ つり革にただ掴まっていると 息が苦しくなって じっとしていられなくなる あるいは本当に空気が薄くなっているのかもしれない 気の遠くなるような時間をなんとか耐えて 手とつり革が一体化しはじめた頃 ようやく車掌の声が流れる 聞いたこともない駅名が告げられる 窓のそとにホームが現れて 電車が減速してやがて止まる ドアが開く 外の空気がとても新鮮に思えて 我慢できずに外へ出て 深呼吸をくり返していると とつぜん背後でドアが閉まる ぼくを残して電車は走り去ってしまう ホームのあちこちに ぼくと同じように残された人がいて 泣きそうな表情で互いから目をそらす 時刻表が見当たらないので 次の電車がいつ来るのかわからない 駅の名前も路線図もない 何人かはホームの片隅でうずくまり 何人かはのろのろと階段に足を向ける ポケットに手をいれると 色あせた切符がひとつ入っている 行き先の文字はすり切れて読めない 階段をのぼりきると 改札口の向こう側に見知らぬ街が広がっている たくさんの人が行き交っている いちど駅から出てしまったら もう二度と電車に乗れないことくらい ぼくにだってわかる ずっと待ちつづけて やっと乗れた電車だったのに 息が苦しいくらいでどうして降りたりしたんだろう どれだけ考えてもわからない とにかく次の電車を待とう 駅の構内をさまよう 居場所をさがす ---------------------------- [自由詩]童話(手紙)/たもつ[2004年7月27日8時58分] 魚が手紙のようなものをくわえたまま 道の真ん中で力尽きているのを 少年は見つけました 水を泳ぐ魚にとって ポストはあまりに遠かったのでしょう 少年は手紙のようなものを 代わりに投函しました そして、その足で公園に行き 陽のあたらないところに魚を埋めました 魚の言葉を知らないので 少年は少年の知っている 一番簡単な弔いの言葉を添えました 風が吹いてほんの少し 海水浴のような匂いがしました 帰り道、魚屋の前を通りましたが 並べられていたのは さっきのとは違う形の魚ばかりでした ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]多重化してゆく夢の記録/佐々宝砂[2004年7月27日13時31分] 【シーン1】 舞台は海外。時代は現在。学会の会場のようなところ。会場は満員。夜。カメラはまず会場を俯瞰し、それから屋根に近い高く大きな窓へ。その窓を外側から割って、光り輝くような女性がスローモーションで入り込んでくる。人種不明のその顔は若々しく、長い白髪はうしろになびき、表情は恍惚として、女神のようだ。空中を滑りながら会場中央の空中で停止し、さしのべた手の元に、銀色の縦の円盤があらわれる。女性はそれを触らずに操る。カメラは次に反対側の窓へ。今度は一人の男性が窓を割って入ってくる。黒髪に茶色い目、ヒスパニックだ。少し頼りなげな表情で、自信がなさそうだ、コマ落としのようにぎくしゃくと、空中をおっかなびっくり歩いてくる。銀色の円盤が、男性の手に渡される。彼は、その円盤を操ることができない。別なカメラが会場を写す。女性が白い液体を満たした大きな瓶を抱えている。歩いて会場に入ろうとしてきたごくふつうの女性だ。そこに会場の中から走りかけてきた男が体当たりする。瓶が割れて、白い液体がこぼれちる。画面はホワイトアウト。 【シーン2】 舞台は「この次元の日本」ではない日本。時代は昭和初期? ロシアでは革命が起きず、日本とロシアは軍事的に協力して、アジアを支配しようとしている。そんな世界である。手持ちカメラの目線。十代半ばと見える少女が一人、アパートの共同水場で、毒薬を飲もうとする。そこに母親がやってくる。「本を十冊いただいたから、お読みなさい」と言う。本好きな少女は毒薬を飲むのをやめて部屋に戻る。十冊の本のうち、一冊だけ粗末なザラ紙でカバーがつけてある。「汚しちゃいけないから、とりあえず一冊だけ紙で包んだわ」と母親が言う。「じゃあそれから読む」と少女がとりあげたカバー本は第二巻。 【シーン3】 シーン2と同じ舞台。時代はすこしだけ前。少女の兄が官憲にとらえられ、拷問を受けている。拷問が突然中断され、いぶかしい表情のところに、彼と幼なじみの男が軍服を着て入ってくる。「無罪放免にしてやるぞ、ただし条件付きだ」……独房で苦悩の表情の兄。画面かわる。少女は暗い表情で、当時流行の服に身を包み、軍服を着た男に伴われて彼の家に入って行く。妾として。また画面かわる。釈放された兄は、地下組織からひそかな連絡を受ける。手渡されたのは印鑑と「四−十三X佐々宝砂」と書かれた小さな紙。兄は賢明に考える。街を走る、地図に当たる、これは何の数字だろう? 彼はとある貸金庫で、「四−十三×佐々宝砂」という番号を見つける。貸金庫に入っていたのは、十冊の本とビデオテープと小型発電機とビデオ付きテレビと説明の書面。彼は説明に基づきそれらを接続し、自宅でビデオをみはじめる。 【シーン4】 ビデオの最初の方にはアニメが入っている。坂を転げ落ちゆくカバのアニメだ。昔のアメリカのアニメに似ている。日本の古い音楽も入っている。曲名はよくわからない。明るくて古くて調子がよくて脳天気な唄だ。そのあたりは早送りしてくれと説明書にあるのだが、彼はついつい画面に見入ってしまう。長い時間が経ってから、彼は十冊の本を荷にまとめ、母と妹の住むアパート宛の住所を書き、自分の親友宅を訪ねその荷物を親友に託す。画面かわって妾となった妹が、暗い部屋の布団の上で泣いている、そのまま、フェイドアウト。 【シーン5】 シーン1と同じ時代。同じ国。夜に近い夕刻。カメラは風光明媚な小さな島を俯瞰し、その島の小さな街が写され、だんだんクローズアップされてゆき、最終的にひとつのガソリンスタンドを写す。ごくふつうの日常的風景、ひとりの女性が自分の車にガソリンを入れている、そのとき、突然、何かが起きる。あるいは起きたのか。島の山手のどこかから巨大な何かが立ち上がり、その山の方角から白とも灰とも青ともつかぬ不気味な色の何かがじんわりと空一杯に広がってゆく。あたり一面が白く輝き、地面にこぼれていたガソリンが燃え始める。画面はストップモーション、ガソリンを入れていた女性の独白が聞こえる……「あれは、はじめての経験でした、何が起きているかわからなかったにしろ、なんだかとてつもないこと、とりかえしのつかないこと、恐ろしいことが起きているのだと思いました。いまこれから私は死ぬのだ、と自覚して、自覚したとたんに時が止まったようでした。まるで映画のストップモーションみたいに。」 【シーン6】 シーン1と同じ舞台。学会の会場のようなところ。会場は満員。夜。カメラはまず会場を俯瞰し、それから屋根に近い高く大きな窓へ。その窓を外側から割って、ヒスパニック系の男性が入ってくる。自分にはやるべきことがあるのだと決意した人間に見られるような毅然とした表情で、空中をゆっくり滑りながら会場中央の空中で停止する。さしのべた手の元に、銀色の縦の円盤があらわれる。男性はそれを触らずに操る。カメラは次に反対側の窓へ。今度は一人の女性が窓を割って入ってくる。白髪に灰色の目だが、顔は若い。今こそそのときなのだと確信した人間にしか見られないような表情で、空中をゆっくり滑りながら会場中央で停止する。銀色の円盤が、女性に渡される。彼女はその円盤を触らずに操り、円盤を会場の玄関口に落下させる。会場の中から走りかけてきた男が円盤にぶつかり、倒れる。そこにごくふつうの女性が白い液体を満たした大きな瓶を抱えて会場に入ってくる。 【シーン7】 シーン6の続き。会場の中空での出来事などなかったみたいに会議がはじまる。白い液体を満たした瓶が検査され、その検査結果が公表されている。OHPが写す難解な科学的説明。どうやら二組の派閥が争っている。片方は汚染があると主張し、片方は汚染などないと主張しているが、牛乳らしきその白い液体が汚染されているということは、誰の目にも明らかなのだ。勝利を確信した陣営から拍手喝采が湧き上がる。 【シーン8】 シーン1と同じ舞台。学会の会場のようなところ。会場は満員。夜。カメラはまず会場を俯瞰し、それから屋根に近い高く大きな窓へ。その窓を外側から割って、光り輝くような男性がスローモーションで入り込んでくる。ヒスパニック系のその顔は若々しく、黒髪はもつれうしろになびき、表情は恍惚として、バッカスを思わせる。彼は空中を滑り会場中央まで行って停止し、さしのべた彼の手の元に、銀色の縦の円盤があらわれる。男性はそれを触らずに操る。カメラは次に反対側の窓へ。今度は一人の女性が窓を割って入ってくる。白髪に赤い目、人種不明だがアルビノだ。少し頼りなげな表情で、自信がなさそうだ、コマ落としのようにぎくしゃくと、空中をおっかなびっくり歩いてくる。銀色の円盤が、女性の手に渡される。彼女は、その円盤を操ることができない。別なカメラが会場を写す。女性が白い液体を満たした大きな瓶を抱えている。歩いて会場に入ろうとしてきたごくふつうの女性だ。そこに会場の中から走りかけてきた男が体当たりする。瓶が割れて、白い液体がこぼれちる。画面はホワイトアウト。               *** 【独白―わたし】 宵闇のなか、ふわり、とわたしの身体は浮かび上がる。慣れてしまえばこんなこととても簡単。でも彼はまだ慣れていない。それはしかたがないわ、だって彼は今日がはじめてなんだもの。さあ、行きましょう、窓が割れる、蓋然性のひとつとして、それがそのようであるほんのわずかな確率にのっとって、窓が割れる。でも誰一人わたしたちを見上げない。会場の人々は、たまたま音を聞かなかったの。たまたま、わたしたちを見なかったの。わたしは蓋然性のうえを滑りながら銀盤をくるくる回す。ぎくしゃくしながら彼がやってくる。彼が失敗することはわかっている。でもこれはひとつの可能性に過ぎない。私は彼にささやく、これはひとつの可能性に過ぎないのよ、あなたが失敗することはわかっていたわ、落ち込まないで、わたしはもう知っているの。わたしたちは、成功するのよ。わたしたちは、あの事故を防ぎ得るのよ、成功するのよ。ひとつの可能性として。 【独白―私】 ロシア革命が起きなかったということは、この世界、私佐々宝砂が生きる世界が舞台ではない。ではここはどこだろう、私の夢であることは明白だが、私は自分が夢見ていることを知りながら、夢の舞台を操作することができない。いや、簡単にはできない。私の眼前で、三つの物語が錯綜している。一つは、アメリカを思わせる土地での事故、おそらくは放射能事故を巡る物語で、多重世界をテーマにしたSFだ。そちらの物語ではロシア革命があったのだろうか、なかったのだろうか? 判然としない。もう一つの物語は、ロシア革命がなかった世界の、日本の、お涙頂戴物語だ。非合法活動に従事する兄と、兄を救うために妾になる妹と。さて? 残るひとつの物語が私の物語だ。それは、二つ並んだ画面のように展開されている。まさに画面だ。片方の画面では私の祖母が素っ裸になって「お祭りマンボ」にあわせて踊っている。もう片方の画面では、アニメのカバが転げ落ちている。なにものかわからないがやたら声高に明るく、誰かが演説している。なんという調子の良さ。私はどちらのビデオ画像も恐ろしく長いものであることを知っている。私の記憶すべてが詰まっている可能性すらあると考えている。この二つは、もしかしたら、私の右脳と左脳だろうか、と夢見ながらも私は。 夢の中の登場人物にビデオを送る。それが可能だとは思わなかった。驚いた。私はハラハラしながら兄の一挙手一投足を見つめる。私のどうでもいいビデオの部分なんか見るんじゃない、おまえにはやることがあるんだぞ。妹を救え。本を送れ。妹が毒を飲もうとする瞬間、おまえはもう死んでいる、私はそれを知ってる、だから私は事前に知らせなくてはならなかった。本を託せ。最も信頼おける友に。母親は本の二巻目にカバーを掛けるだろう。一巻目ではいけない。二巻目だ。それでいい、それがいいのだ、それでうまくいくはずなのだ。だが私は結末を見届けることができない。なぜだか私はそれを知っている。 【独白―おれ】 自分にできることと、できないことがわかっている。空を滑ることは可能になった。というよりも、それはもともと可能性のひとつに過ぎない。おれの下で、とてつもなく低い確率で、しかしゼロではない確率で、一瞬空気の分子すべてが停止する。おれの身体は、だから空気が海の波か何かであるかのように空中を滑ってゆく。彼女のおかげだ。彼女が教えてくれた。次回からはおれが彼女に教えることになるのだろう。窓を割って彼女が入ってくる。彼女は自分の容貌を変化させようとはしなかったが、目の色だけは変えたらしい、不透明なガラスのような灰の目だ。彼女はこれまででいちばん魅力的だ、これまでの彼女はあまりに神々しすぎた。おれと彼女の時間軸は逆転している。おれはおれがこれからどうなるかを本当には知らない。だが彼女が教えてくれた、おれたちは、成功するのだ。今まさに。この瞬間に。偶然に。ひとつの可能性として。 ---------------------------- [未詩・独白]付箋七月/yozo[2004年7月28日4時57分] □ 今日、 東京タワーの先っちょに座布団を敷いて Tシャツとパンツ1枚のまま膝をかかえ みつからないよう過ごすバイトをみつける そこで見えた色んなことを書きとめると 次の朝の電車1台乗り過ごしてもいい 要検討 フロムエーぱらぱらとめくる音が ヘリコプターの羽音に重なる 朝日と夕陽は、先ず最初に川面に反射する 地上333メーターからの景色 きっと誰かと見たくなる 不採用 □ 名前を呼びます 今日のどこかひとかけ そのつもりでいてください できるだけまっさらな声です シャボンになり七色だけ見えるかもしれません 熱風から逃げたクーラー シトラスの少しに気付いたらそれかもしれません わからなくても そのつもりでいてください □ ねえ、と背後に向かい声を 思いがけず止まらぬ涙の訳を あなたのせいにするのはさすがにちょっと 感傷的過ぎて失礼だと思うけど 大きな厳しさのある暖かさには 胸が締めつけられる 愛と呼ぶのは今でも恥ずかしい あんなふうにするから とても大きくなったのに 子供のまま、まだ泣く時がある 今日 たまらなく切ないメロディーを 名前のかわりにハミングしてみた 忘れられないものが1つ増える 最後には身軽になっていたいと あなたに笑われそうなことを 考えている スケッチみたいなもんをペタと 付箋感覚 ---------------------------- [自由詩]忘刻/A道化[2004年7月28日5時49分] 夕立でもぎ取れた蝉が 丁度今乾き切りました 私はアスファルトに足を揃えました 腹をかえし対の肢を合わせたその亡骸は 無音の言祝ぎでした 夕立のあと再び燃えていた日は、結局落ち マンホールの絵柄の薄い水面では 我に返った夕立が、薄く、薄く、省みるように 自分で壊した夕日の残りを 立ち止まった私の影を 辛うじて、今もまだ想っていました 私には、ひとつのものを眺めすぎる癖がるのに 私には、ひとつのものを眺め過ぎる癖があったのに 夕立のあと再び燃えていた夕日が結局は落ち 幾度目かの夕立のあとの幾つ目かの夕日が落ちた今 突然子供の群れの走り出した理由が 私には、少しもわからないのでした 夕立に洗われた蝉は 既にもう乾き切っていました 亡骸は無音の言祝ぎでした 余りにも静かである為 虫取り網はもう蝉のことを忘れたでしょう 2004.7.28. ---------------------------- [自由詩]美しき日々/望月 ゆき[2004年7月28日8時40分] けらけらと笑いあい 手をつないで かけぬけた 日々   わたしはいつでも   ひとりでした ほろほろと溶けて くずれてゆく 角砂糖はキライ シャカシャカと音のもれる ウォークマンの片耳 いつも「R」を貸してくれた デパートの屋上 音のない花火を見ながら 見送った夏   わたしはいつでも   ひとりでした 約束、のようなものは いろんな道すがら わたしに通せんぼをする 最後の、最後の、 砦となって 蔑んで 泣きはらし 許しあった 日々 今もなお 胸に 指の間に 首すじに   ひとりでも幸せになれたら 黄色い坂道 赤い急行列車に手をふる 青い青い夕まぐれ   やがてわたしは   ふたりでした ---------------------------- [自由詩]肉じゃが/窪ワタル[2004年7月31日2時21分] 残業もそこそこに 今夜もいそいそと帰ってきた 玄関のすぐ脇の部屋で かつて母だった生き物が また呻いている 父の三回忌を済ませた頃から 母は溶け始めた ビデオテープのように過去を再生しては 「お父さん遅いわね、せっかくの肉じゃがが冷めちゃうわ。」 というと 暫く目を泳がせながら 今に帰ってきて 泣く 次の日には行ってしまう  また帰ってきて 泣く その繰り返し やがて行ってしまったきり 溶けたのだ 昼間は毎日姉がきてくれる 妻はいない 緑色のふちの付いた紙切れが一枚 強い筆圧の文字が端然としていたせいか 不思議と安堵感だけが残った 「愛している。」 と あまり言わなくてよかった 朝が早いので 腕と足首に布を巻いて ベットの柵に縛っておく 帰ってきて姉と代わる いつもの儀式は無言のまま 裸にして体を拭く オムツを替え 体位を変え 着せ替える 日に日に薄くなる背中に 母はいない うー うー うー 猿轡を噛まされたように呻き続ける 怪物 今日正式に辞令が出た 子会社への出向 缶詰工場の係長へ昇進 おもわず笑えた 流動食を入れるとき いまだに手が震える 怪物が呻いていられるのは この泥のような液体のせいだ 味覚も満腹感もとおに溶けている が 涙腺だけは働くのだ 涙が細い波のように鈍く光っている 遠浅の海だ それでもずっと ずっと歩いて行けばきっと (溺れてくれ) リビングのテーブルで 煙草を吸いながら 帰りに百円ショップで買った便箋に 「退職願」と書く 醤油挿しの隣で ハルシオンの白が 婀娜っぽく笑っている 怪物と暮らして行く これからもずっと かあさん 肉じゃがって どんな味だったけ もうまるで覚えていない 俺は母を殺したのだ ---------------------------- [自由詩]レイモン/たかぼ[2004年7月31日23時50分] 僕たちは何て変わった生き物なのだろう そうだ長い長い筒に入ったうなぎなんだ レイモン 君は母娘と歩いていた 音のない風がうなじに触れると 何故だか急に口笛を吹きたくなった 何故だか急にだいだい色のやかんが飛んじゃったりして 夢だと分かるんだ レイモン まあゆっくり座って ブラジャーでも眺めていたまえ ピンセットでインセクトつまんで えーっとそれから何だっけ ほら風が吹いているよ音もなく こうして目をつぶっていると 気持ちがいいじゃないか でもいつも偏西風なんだよね いずれにせ よ 言いたいことだけは言っておく よ 最も単調な事実の中にさえ偉大な空想は飛躍するが 偉大な空想の中には最も単調な事実さえ存在しない よ いーよ いーよ もーいーよ いーよ 言ーよ 最ー偉ーよ それと 君のマルトに対するやり方は あれだな つまりそのぅ 塵だ ちりも積もれば関の山 ちょっと違ったかな まあいいや ほらごらん きみはこの劇の主人公 しかも脚本家 だけどきみは脚本の中身を思い出せない その時が来るまではね さてレイモン 君は父娘と歩いていた 音のない風が陽炎をくゆらすと 何故だか急にせんべいを食べたくなった 何故だか急に草加煎餅を食べたくなったんだ ---------------------------- [自由詩]スランプの天使/佐々宝砂[2004年8月1日3時30分] 1. もうどうしよーもなくスランプなのよッ。 ああどうしたらいーのかしら、夜までにひとつ 歌つくんなくちゃ怒られちゃう。 あたしこれでもけっこう買われてんのよう、 まあうちんとこの姫は歌ヘタだからね、 あたしがいなきゃあんなにモテるわけないんだけどさッ。 でもスランプなのよね、困ったなあ、なに書こう……  恋しきは灯火消えて残り香の…… ああこんなんじゃだめよッ、つまんないのにしかなんないわ。 困ったなあ、困ったなあ、なんとかでっちあげなくちゃ。 2. バレンタインの詩もつくったし。母の日用の詩もつくったし。 父の日のやつもなんとかこなした。 で、次はなんだって? ガイ・フォークス用の詩だって? おい、僕はこれまで15年もこの仕事やってるけど、 ガイ・フォークスに詩入りのグリーティング・カードなんて、 まるできいたことないよ、そんなことやるのははじめてだ。  恋しいのは灯りを消した部屋にただようきみの香水…… いやこんなの、全然ガイ・フォークスじゃないぞ。 何を書いてるんだ僕は。困ったな。でも仕事はこなさなくては…… 3. A子先生はよくあんなに増産するわよね、すごいよね、 なんて感心してる場合じゃないでしょう。 〆切はとーっくに過ぎてるんですよ、先生。 もうなんでもいいですからさささっと描いちゃって下さいよ。 いつもみたいのでいいですよ、いつものイラストポエム、 それなりに好評なんですから。ほらたとえば、  灯りを消した部室 せいたかのっぽのあのひとの汗のにおい…… とかなんとか、そんなんでいいじゃないですか。 そんなの書いてそこに野球部の部室かなんか描いて下さいよう。 4. スランプなんですよ、もう千年も前からそうなんです。 いっつも同じよーな台詞しか出てこないんです。 困りました。どうしましょう、ミューズさま。 5. 困ったって言われてもねえ…… おまえは創作の天使といってもスランプの天使だからねえ。 まあ安心しておいでよ。 いつも同じ台詞でいいのだよ、 それがスランプの天使のお得意のわざなのだからね。 2001.06.11 ---------------------------- [自由詩]幽霊/天野茂典[2004年8月1日12時17分]           狐のかみそりが赤く咲いていた   藪のある舗装道路だった   ぼくが轢いたのは蛇だった   チュ−ブのようないきものだった   前輪でごつん 後輪でごつん   ぼくのバイクは二度いきものを   轢いたのだ 避けようがなかった   奴は 道の真中をうねうね這っていたのだった   ぼくもスタンディングでよそみをしていたから   発見が遅れたのだ タイヤの下のいきものは   機械の感触とちがっていた ぼくは   腰がひけた とても気分が悪かった   これまでいきものを轢いたことはなかった   おなじ生物が機械で死を強要されるのだ   許せることではない ぼくはおもった   だからといって110番通報することも   バイクを下りて そっと介抱してやることも   ぼくにはできない ぼくは足のない蛇が   大嫌いなのだ いつも足が竦んでしまうのだ   とうてい手当はできない ぼくは轢き逃げ   することにした なんだかたたられるような   気がした 気味が悪かった からからの蛇が   道の真中に 紐のように落ちている光景が   おもいやられた ぬめぬめのはらを夏空にむけて   蛇は生涯を終えるのだ バイクに轢かれて   旨いものも食ってきた 異性にも恵まれた   もういうことはない 炎天下の舗装道路で   じりじり皮膚を焼かれながら 渇ききって   塵になるのだ 粉々に砕けて粉塵になるのだ   夏の終わりには もう影も形もなくなって   空気を汚す光になっているだろう   もう藪を爬行することもないのだ   天敵におわれるこもないのだ   藪には燃えるような狐のかみそりが なにごとも   なかったように咲いていた   幽霊のような花だった   ぼくのバイクは林道の頂まで走ってくると   おなじ道をひきかえしてきた   注意しながら走ってきたが どこにも蛇の   なきがらは発見できなかった   蛇は蒸発したのだと ぼくはおもった 2004.8.1 ---------------------------- [自由詩]不連続体/あやさめ[2004年8月1日12時40分]  ──ちょうど躓いた小石の先に連なった足が    氷柱を踏んで動かされていくようだった── 映像はいつもコマ割の上で音をあてていく それは今日の病室でも変わらないまま カーテンの外の動きも   「○、○、△、○、□、○。」 と並べられたように彼らの高感度カメラが捕らえていく メトロノームがならなくても目覚まし時計が用を成す 次の風景画への異動/移動していく手品のネタを明かして もう一度結合した前/全断絶部分はこうして揺るがされて 周りから声が鳴るから駅でいつも目覚めている   車の中ではもう眠れない。 一定の明るさだけ提供されて 遠心力に気づかなくなっていく 波がもう届かない陸地で月の偽者が動かされては 朱ないしは赤の震えた匂いがする 眠れないと言ったとしても 何もないと言ったとしても 盲目な彼らは一次元的な進行をしながら 向こうの壁のそのまた向こうへ飛び込んで 消えていた 水が流れてはいないと そう表現して彼らは飛び込むのだ そのような絵画の前で常に目を覚ます勝手な意識の上で 誰かが断定したことがある   いつまでも、朝だ。 ---------------------------- [自由詩]線路道/ねなぎ[2004年8月1日16時31分] 道の端に寝転び 土瀝青に耳をつけ 静かに目を瞑る かつて この寂れた 遊歩道の ひび割れと 下には 敷石が埋もれ 眠りに就いていた ススキやドクダミ セリやゼンマイ ヘクソカズラ等が 群生した 田の畦や 畑の脇を通る道 かつては 油と汗の匂い 黒く染まった 煙の煤が 張り付き重ね 巻いていた 虫や蛙の声がする 蛍も居なく 蜻蛉だけ 蝉が五月蝿く 騒いでる 熱気と笛が 響いていた 車軸と擦れる 鉄の音と 人の声とが こだまする 人は散り 車が走る 名残も消え 橋も無くなる やがて 朽ちていくように 看板だけが 残された かつては 働く人々と 乗り交う人で 賑わった 今は公園と 成り代わり 錆びた鉄棒 遊具だけ 整備されて 遊歩道 野の脇 田の端 畑の中 緑を見ながら 歩く道 人知れず 土瀝青に耳をつけ 静かに 目を瞑る 昔は震える その音が 確かに聞こえた この道は 今は何の 音もしない ---------------------------- [自由詩]カーテンコールに/霜天[2004年8月1日17時37分] 街外れで 唸りだす自動販売機の理由を 僕は知らない 全てに理由があると仮定して その唸りの意味を 誰も知らない 振り向いてしまう癖は いつかの草笛のせいで 僅かな違いを聞き分けること 教えてくれたその手を 君は知らないでしょうか 聞き逃し 見逃して ここにいる僕等ですから その場所に立ってようやくわかることを 噛み締めています 全てに理由があると仮定して 僕は何も知りません まだ 遠い物語のようです ゆっくりと、うなだれて いつだって止まってしまうのですが 波が高いと、風が強いせいにして 振り返ってしまいます カーテンコールは響きません 聞き逃し 見逃して ここにきてしまった僕等ですから 草笛の違いを 教えてくれたその手を 待ち焦がれてしまうのです 響かないカーテンコールに 望みながら どこかで諦めて 街外れで唸りだす自動販売機の理由を 僕はまだ、理解できないのです ---------------------------- [自由詩]朝のこない団地/石畑由紀子[2004年8月1日23時19分] 先週の午後 雨と一緒に 隣の男が降った 最上階に住んでいるとそれだけで いつでも飛び下りなさい、と 手招きされているような気がするので 荷物が重たくなった時などは ベランダに近づかないようにしている きっちりと鍵をかけて しっかりとカーテンを閉めて 自分の身は自分で守るのだ それができなかった男 荷物の種類は知らないけれど 男なりに重かったんだろう 実際ひどい音がしたから 自分の身は自分で守るものなのに それから毎夜 階段を登る男の靴音が聴こえる カーディガンをはおって 冷たい扉に耳をあてると 男の靴音は私の耳のそばで止まり しばらく沈黙が続いたあと 二・三度 力なくかかとを鳴らして ふっと気配をなくしてゆく リビングに戻って私もいつの間にか ソファで眠ってしまう 翌朝 玄関を開けると 決まってコンクリートの床がうっすらと濡れている 男の玄関の差し込み口には 溜まった朝刊がこぼれかけていて 私は私の身を守ることで精一杯なのに 踊り場の窓から漏れる光が眩しくて 私はすぐに玄関を閉める 男は何をまだ背負っているのだろう 閉めきった暗い部屋で一人考える ---------------------------- [自由詩]夏/たもつ[2004年8月2日8時56分] 鈍行列車で消火活動に行きましょう なんて、いかしたメールが 彼女から届いた 僕といえば魂は確かにあるはずなのに それを入れる器が見つからなくて 朝からオロオロしっぱなしだ 入道雲の見える窓が備えつけられた一室 いいですか? が口癖の人が、また いいですか? と言った その鼻の頭には汗が玉となって光っている それから十数年後 僕は慌てて彼女に返信をした ---------------------------- [自由詩]刹那/本木はじめ[2004年8月2日13時05分] 一滴の水の中へと 沈殿してゆくひと夏の青空が 無呼吸で深遠へと降りてゆくので 圧迫された半円の夏空その低空ばかり 飛び回る鴉たち 重たく旋回しては羽を乱散させ またしても映り込む水の中 閉じ込められる飛行は抑制され しばらく冷えた土に惰眠 蝉の鳴き声に気づけば 既に雲と成ってはるか下方の 鴉たちに懐しさを抱いている ---------------------------- [自由詩]午後、水飲み場で/あとら[2004年8月2日23時25分] 夜半から降り出した雨は 追いつけなかった枕を飲み込み 昨日までの湿度は 情に包まれた朝に変わる 取り付いた島には 虫たちの生活は無く 子供たちが響きあいながら 暮れる日を待ち望む 雲の隙間が輪郭を持つころ 大きな水溜りの畔で 水浴びをする小鳥たちの 残していった熱だけが ---------------------------- [自由詩]埋葬/がらんどう[2004年8月3日15時12分] 夕方、最後の蝉がベルを鳴らすけれど、 秋に蝉は消えて、秋に蝉は失われるわけでなく、 ただ土に埋められて、 土の下から遠い声がして、 草が土を覆い、 それでも遠い声がして、 使われなくなったプールでは牛蛙が鳴いて、 鳴くのです。 ---------------------------- [自由詩]盲目の猫/がらんどう[2004年8月3日15時36分] 自らも足音を立てぬ盲目の猫は、泣き砂にのみ足を下ろす。 風紋に食らわれる足跡に、可能な限りの夜を映し、銑鉄の水盆に月を盗む。 青く凍てついたまま水没し、日々に焼ける砂のみが、ただ残る。 二歩進んで首を縊る、音も立てず首を縊る、音、もなく。 永劫の蝕、環となって消える。消える。 猫には水葬が相応しい。 肉体を持たぬ船が、漕ぎ出ていく。 不眠症の水夫の手で。 音、もなく。音、もなく。 音もないほど遠く。遠く。見えないほどに遠く。 ---------------------------- (ファイルの終わり)