若原光彦のおすすめリスト 2017年8月21日1時01分から2017年12月20日19時22分まで ---------------------------- [自由詩]瑠璃木/本田憲嵩[2017年8月21日1時01分] 大時計の針の上で寝そべる 空の瑠璃色を映す 湖の波紋が 夜の膜のように拡がってゆく その浅い水の褥のうえには 夏に日焼けした物憂げな表情が よりいっそうに青く映り込んでいる その細ながい胴体である茶褐色の幹も さらに細ながい桃花心木(マホガニー)の棒のような四肢も そしてそのやわらかな二つの乳房さえも ぼくにはすべて押しなべて その球根形に象られた臀部から まるでそこをひとつの起点として 生えそろっている 一本の樹木なのではないか とさえ錯覚してしまう それは夜空から吹く 冷ややかな風によって磨かれた 青い鏡面のつややかさを そのままに湛えているかのように ゆらゆらと黒い川のように流れる その髪の煌めきは たなびく夜を背景とした 無数の星星である ---------------------------- [自由詩]冷たい欲望/星丘涙[2017年8月21日18時07分] 私の欲望にふれてみた とても冷たかった まるで氷のように 冷たかった そこには愛はなかった ひとかけらもなかった とても悲しかった 欲望は私のうしろに ずっとついてきた まるで影のように ついてきた 私には満たされない なにかがあった それは何時も 欲しがっていた 満たされたいと 欲しがっていた わたしはその正体を 知っていた それは死ななかった 決して死ななかった ---------------------------- [自由詩]絵心/やまうちあつし[2017年8月21日20時07分] 仕事をさぼって美術館 展示室をうろついていると 赤いワンピースの女がついて来る 立ち止り絵を眺める横で ぼそぼそと蘊蓄を語るのだ 頼んでもいないのに不躾な 学芸員にしてはずいぶん 粗野ではないかと思ったが 語る内容が意外と興味深く ついつい耳を傾けてしまう 描かれた時代背景や 画家の生い立ち 絵に込められた心情や 後世に与えた影響 そして次第に語り始めた 絵の中の人物や動物の声 キリコの少女のささやき クリムトの老婆のため息 ゴーギャンの死神の含み笑い シャガールの赤い馬のいななき 女の語りは熱を帯び 部屋中に響くほどの叫びに 平日の昼間で客はおらず 待機する職員もなぜか気付かない 展示室の出口付近 かかっていたのは一枚の風景画 穏やかな色彩で 木立が描かれた小品だった この絵からはどんな、と ふりかえると女はいない いつの間に消えたのか訝しみ 壁の絵画に視線を戻す すると 緑の木立を背景に 赤いワンピースの女が描かれている もう何も話さないけれど にっこり笑っている とてもいい絵だ しばらくぼんやり立ち尽くし 美術館を後に そして自分の絵の中へ 戻っていくことにする ---------------------------- [自由詩]透明人間/番田 [2017年8月22日23時29分] 今年もサマソニの入り口を私はくぐった ベテランバンドだとか古参のバンドばかりが出ていたサマソニ 新しい世代のバンドも元気な声を上げていた 私の世代の文化はもうすでにない 夜 スタジアムに向かう道 そこに 私がいた 私はこれからの世代に期待したいのだ   特に何も無かった 私たちの世代 年老いていた バンドにしても  何も残せなかった 文学にしても 時代の中に もうすでに 私の 世代の バンドは 消え失せた 私は 若者たちと 様々なアクトを見た 特に何もしてこなかった 私は そして  今年もまた一人ぼっちでそこに立っていたのだった  それは しょうがない話なのかもしれないが  歩いていると手が触れた人がいた 年老いた 私と同じぐらいの歳の女の子ではなかっただろうか‥ 偶然当たったわけではないということは 確かにわかった ---------------------------- [自由詩]短詩八編/本田憲嵩[2017年8月23日21時55分]    「字源」 ある日テレビを見ていると アスペルガーと思わしきとある女性タレントが映っていて こんなことを言っていた 「人」という字について こんなことを言っていた 「人」という字はヒトとヒトとがささえあって できているのではなく あれは弱者(短いほう)が圧しかかる強者(長いほう)に押しつぶされて なりたっているのだと いっしゅんその番組内の空気が凍りついていたのが とても印象的だった それはもちろん間違いで ひとりの人間が脚をひらいて立っているすがたが 字源なのだと 謂われているのだけれど それはぼくには紛れもない真実のように思われる 真実だからこそ あの場の空気が凍りついたように思われる 自分の書く詩もこのように 真実で 「人人」を凍りつかせるようなものでありたい、 と、 せつにせつに思うのだ   「ネイル」 女が尖った長い爪に 変な色のネイルしてて 男がその女を口説くために、 「お、ソレ良いね!」 なんて、 ウソ、 ウソばっかり! 男が女との性行為の最中に 、 「妊娠してもかまわないよ!」だなんて、 断言するけど、 ウソ! ウソばっかり! 男が女と再婚するために 女の連れ子のことを、 「君と同じくらい愛するよ!」とか、 「実の子のように愛するから!」なんて、 またもや断言するけど、 もちろんウソ! ウソばっかり! 世のなか、 ウソが多いから生きづらい、 ウソつきは、 ヒットラーのはじまり!    「祈り」 理不尽な労働のあとの 黄ばんだ腋臭くさいシャツのように あるいは劣情のあとの 精液の黄ばんだティッシュのように あるいは決して取ることのできない 白い便器の黄ばみのように 女たちが 思わずその目を逸らす汚物のように ――私の詩よ、 いつもまぎれもない真実であれ    「容姿」 巨大なトロール族の女王が 棍棒を片手に こちらに向かって歩いてくる その口からはヨダレを垂らし そして舌を出し その貌はいかにも凶暴そうだ この人の性格も その歩んできた人生も とても凶暴なものなのではないか と感じてしまう ついつい見た目で その人を判断してしまう ついつい見た目で その人のすべてを決めつけてしまう    「排出」 ぷりぷりぷり?あるいはぶりぶりぶり?固体と液体の中間物が排出されるときの擬音表現のひとつとして、すなわち糞を排泄するときの効果音として。人はこれらの言葉を発するとき、その唇と唇の隙間から千切れた小さな糞を放(ひ)り出している。    「時の果実」 カチ、カチ、カチ・・・、 時の果実を秒針が絶えず喰らう、噛み砕いてゆく、そのわずかに滴り落ちた汁をぼくらの耳が口となって啜るのだ。そのあまい汁を。ぼくらの心臓は脈打つ。 そうして秒針からも我々からも放(ひ)り出された糞は過去である。    「モジャ公」 「わたしは常にあなたたちの下半身とともにある。    「半ズボン」 たくさんの秘密を分け合おうよ 魔女のように下卑た笑みをいっぱいに浮かべながら 沸きたつ好奇心に駆られながら たくさんの楽しいことを たとえば男子トイレの 鍵がかかった個室のドア となりの個室の壁の上から こっそり覗いてみると それは校長先生だったときのような 思いもがけない楽しさ ---------------------------- [自由詩]サキソフォンが夜の道を歩いていた/やまうちあつし[2017年8月26日21時28分] サキソフォンが夜の道を歩いていた あたり一帯高級な黒の絵の具を塗りたくったようで サキソフォンだけが金色に輝いていた 暗闇は光を理解しなかった 途方に暮れかけたころ 黒くて大きな人がどこからかやって来て サキソフォンをつまみあげた 金星と火星にあいだに 落とし物をしたらしい ひとしきり音のシーツを敷き詰めると その人はどこへやら去って行った ---------------------------- [自由詩]カメレオン/あおい満月[2017年8月27日11時39分] なにかことばが書けるとしたら 私はここになにを書こうかたと えば当たり前かもしれないけれ ど詩人は嘘つきでその嘘は多分 真実と嘘の合の子でどこからど こまでが本当でどこからどこま でが嘘なのか嘘が真実を超えた ら世界は消えてなくなるのか真 実が嘘を飲み込んだら世界中の あらゆる犯罪は消えるのかその こたえは誰も知らなくてまたは 誰もが知っていて身体のなかに 罪を隠すための舌が備わってい て誰もが皆カメレオンなのかも 知れない。身体を違う姿にして 知り得た世界を舌のなかに隠し て。そうやって私たちは生きて いるのか生かされているのか。 そう気がついたとき、私は自分 の身体の生臭さを何よりも愛し く感じたよ。 ---------------------------- [自由詩]青い本/やまうちあつし[2017年9月2日10時45分] ふたりが離れてゆくときは 理由はなにも言わなくていい ただ一冊の青い本を ふたりの間に置けばいい ページをめくれば顔を出すだろう 散歩していた黒猫や わずかな値段で売られたスズメ 二十年後の再会を祈念して ワイングラスの夕焼けを飲み干そう いつものように 玄関先でハグをして いつものように ベランダに手を振って なにごともなかったように ただのいきものに もどる ふたりが離れてゆくときは 理由はなにも言わなくていい ただ一冊の青い本を 薔薇のとなりに置けばいい ---------------------------- [自由詩]草蜻蛉に/Lucy[2017年9月15日18時37分] 塞がれた傷なら 新しいほど ほの明るい 命と呼ぶには薄すぎる 生まれたばかりの緑の雲母は はかなげに震える風の欠片 アスファルトに跳ね返る 光の刃が 明日には切り刻むだろう 分厚く 傷を盛り上げて 凶暴な季節にたちむかおう 夜を渡る河に浮かべ 失語した恋の由来を 解き放つ もうすっかり葉を落とした木立のように 目を閉じて 煌めきながら羽ばたいていく 小さいけれど 強い命を見送った 空は光を滲ませる 深い雲の傷口に ---------------------------- [自由詩]銀世界に舞う/ミナト 螢[2017年9月27日10時44分] 滑り台の上で遊んでいた頃 高い場所にこそ冒険はあった 地面に落ちる前の雪を食べて イチゴ味の飴を舐める瞬間 季節外れのかき氷を知った 僕のポケットはいつも膨らんで 友達を呼ぶとすぐに来るから 定員オーバーの笛を吹いた 外は寒いけど心は熱く 名前のない遊びを発明して 走り回るのが僕等の仕事 灰色の空だけが覚えている おやつの時間に帰らなくなって 少しずつ子供を卒業する ---------------------------- [自由詩]僕の船/山人[2017年10月1日5時09分] いくつかのブラックホールを超えて 僕の船は宇宙を漂っている 星はきらっと輝いたかと思えば それは一瞬のきらめきであり あとは黄銅色の鉱石が漂う空間だった 宇宙に風はないというが 少しだけ風はあって それはこの宇宙の端の 滝のしぶきから生まれるものだと思った 太陽や土星は激しく鈍い音で自転し それがいろいろな天体に影響を及ぼしていた 僕の船は少しだけ流線型で 寂れた宇宙の片隅にいつも存在した 宇宙人の交信も途絶えた頃 僕はついに老いていた 何処に行くのだろう? 結局どこにも行けず、僕は 宇宙の闇の中で 静かに言うだろう 闇は深いな、と。 ---------------------------- [自由詩]黄色い階段/宮内緑[2017年10月8日18時25分] 遠回りをした先の 二度と通ることもないような裏通りで 黄色い階段をみた 幾重にも黄色く重ね塗りされたような階段 色合いもさることながら どこへ通じているのか、そもそもここを上る人がいるのか 侘しくもどこか懐かしい、黄色くまばゆい階段 なんのことはない、脇にはイチョウの古木 落ち葉の丹念に敷き詰められた階段 二度と来ることもなさそうだから その階段を上ってみたり スケッチがわりに写真を撮ったり 近くにあったいつでも珍客を待ちわびているような 古びた自販機で何か買ってあげたり そうしようと思ったが、少しの間立ち止まったきり 浮かんだことをなにひとつ遂げずに立ち去った 家に着くと小さな後悔が残った いつかあの裏通りのことも忘れるのだろう 滑りやすそうな階段も 型式の古い自販機も その場所がどこであったのかさえも そしてまた似たような路を通るならば 由来の知れない郷愁にいざなわれるのだろう ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]ビー玉/水宮うみ[2017年10月11日12時32分] ビー玉とは不思議なものである。人工的なもののはずなのに、オーロラのような、雪のような、星のような、魂のような、そんな雰囲気を漂わせている。 ビー玉は、ロマンチックで、霊的で、生きていくうえで無くてはならない、お金で買えないなにかの象徴のように僕には思える。ビー玉は目に見える命の単位なのかもしれない。 君の身体は、きっとビー玉のような素敵ななにかでできている。君が笑うと、君のなかの無数のビー玉も一緒に、きらきら笑う。 ---------------------------- [自由詩]junk box/空丸[2017年10月21日10時30分]   破壊と創造 あいうえお かきくけこ さしすせそ たちつてと なに・・・    。                                        。   0点振動 ・・・・・ると書いていると書いていると書いていると書いていると書いてい・・・・・(参照 広瀬正) と書いた。   空っぽの瓶 その空っぽの瓶には「無」とラベルが貼ってある そこに私たちは無を見る その空っぽの瓶には「 」とラベルが貼ってある そこに私たちは意味を見る その空っぽの瓶には何も書いていない そこに私たちは空っぽの瓶を見る   輪郭 詩を書いたぼくは 詩を書いたぼくで 僕が書いた詩は 僕が書いた詩で 詩を読んだきみは 詩を読んだきみで 君が読んだ詩は 君が読んだ詩で   ±0 ・・・・・fade in・・・・・沈黙・・・・・fade out・・・・・   * 鏡に映った私ではなく、鏡面そのものが見たいのだ。   生活 フライパンの柄に手首が付いている   gift ある晴れた日の朝 日曜日と自転車一台をここにおいておきます。 あとは皆様にお任せします。   誤差 あの人の日記にぼくの名前があった。   詩情 葉が揺れ 雫が落ちる     (私のせいではない)   普段通りの朝 普段通りの朝に「普段通りの朝」とタイトルをつけ、 線路脇の風車小屋を歩く。 雲の流れに音はなく 時刻表通り電車が走る   猫が通り過ぎる ^-p・@lン hyfげ465 、むhbげdxr       *        *                      (作者 COCO)   (シーン3 路上) 「・・・・・・・」 「・・・・・・・・」      月明かり 猫二匹   るの視線 回る 回る 回る廻る 廻る廻る廻る転る転る転る転る 転る 回る 回る 登る 登る のぼ る 降る 降る  降る降る降る降る降る 回る 廻る 転る転る 転る 回るまわるまわるまわる回る回る まわ る 止ま る                     潮の香りがした     線上の風景      高層マンションを      見上げている人がいる    最上階のベランダから    飛行機雲を見上げている人がいる 青空を貫く飛行機の窓から 成層圏を見上げている人がいる   室内 一曲目が終わり  二曲目が終わり   三曲目が終わり    四曲目が終わり     ・・・・・・・・     穴 ○ 右に穴がある 左にも    ●   色のない空 排除するな 同化するな 一行あけて喫煙所に立ち寄る。   詩人とは・・・ 詩人とは 詩のあとに「人」が付く   高く放り投げたボールは・・・                         ・・・まだ落ちてこない。   そして・・・ 電源を切る。 土が残る。 ---------------------------- [自由詩]風のためいき/山人[2017年10月23日21時29分] 初冬の初雪の舞う中 風が木立ちの間を勢いよくすり抜ける 山の頂きから頂きに掛けて  送電線の唸る音が聞こえる 人造湖は波打っている 一瞬ふわっとしたかと思うと 空は洗われ 雑木林は明るく広がる すでに枯れた黒花エンジュから スズメが生まれるように飛び立つ 突然 風はふっとためいきを漏らす 雪はまだ降っては いる けれど 風のためいきとともにあたりは静止し 一枚の暖かく 白と黒の明るい絵となる ふんわりとしたやさしい空間が生まれる まだ間に合うかもしれない だって風がやみ 風の吐息が感じられたから するとまた パラパラと霙交じりの雪が 普通の呼吸に戻った風に押されて吹き付けた とてつもない遠い山から山へと 木々の間を縦横無尽に吹き付ける風 じっと風を見回している私がいる 木の葉のように飛ばされたりはしない 風はまた ためいきを吐いて 落ち着くはずだ ---------------------------- [自由詩]汁/山人[2017年10月28日19時27分] 薪ストーブが煌々と燃えている その上に遥かな時を巡った鋳物の鍋 穀物と野の草と獣の骨肉を煮込んだもの それが飴色に溶け込んで ぷすりとぷすりと ヤジのような泡を吹かせている 端の欠けた椀を掲げ 木杓子でよそう 穀物が汁と共に椀の中でばらけ 汁で膨満している その汁を飲め 老人は言った 見たこともない逸品を欲しがる生き物のように 私は唇を椀にあてがい、汁をむかえた 体中の髄に収まる密着とはこのことなのか うまい汁である 悪癖をこそげ落とすように食道を落下していった汁 私の根元からこみ上げる息吹がある 吐き出した息を再び飲み込み 唇を柔らかく横に伸ばし まっすぐ前を向き うまい汁ですね 命の味がします 私は老人に言った ---------------------------- [自由詩]ちょっとだけ/ただのみきや[2017年10月28日20時23分] 刀の柄(つか)になりたかった       かつて  いまは 極小ビキニでありたい 真面目な話です     詩についての       《ちょっとだけ:2017年10月28日》 ---------------------------- [自由詩]裸になれない/星丘涙[2017年11月2日7時05分] 詩を紡ぐということは 裸にならなくてはいけない 恥ずかしがっていては 心の襞は描けない 素っ裸にはなれない 野暮な言葉を並べたくはない ええかっこしいが邪魔をする 綺麗な言葉を並べ 大衆を意識する 本当は隠されている 傷もエゴも汚れも 隠されている そこに命の輝きはあるのか 躍動はあるのか 無様な生きざまはあるか 綺麗に塗られた墓のように 人間の本当は隠され 愚かさも 失敗も 無力さも 表れてない 人間の本当は、魂の叫びは ないのではないか それは詞であって 詩ではないような気がする 本当を綴りたい そんな勇気が欲しい ---------------------------- [自由詩]峠/山人[2017年11月3日21時01分] 山間の、とある峠の一角に巨大な岩が奉られている 近くに湧き水が流れ、森の陰影のくぼみにそっと佇んでいる 神が宿るといわれてきた、大岩 峠道を歴史の人々が歩き、腰を下ろした 見つめた大岩に合掌し、旅の無事を祈ったのだろうか まわりには数百年のブナが生え、岩を囲むようにしんとしている 多くの神が死に、その骸が粉になって あらゆる物質にとりつくことを 人は神が宿ると揶揄した それは人間が作り出した偶像ではなく 神の粒子が内包されている 神の膨大な死が 巨大な無機物の中に入り込み そこに確かなエネルギーを内包している 日々を刻々と咀嚼し 行いの上を歩くとき ふと、神は微笑むのだろうか ---------------------------- [自由詩]オーパーツ/ガト[2017年11月4日2時32分] 食パンを食べてる時 最後に流し込むコーヒーが 妙に旨い しばらくして 遠い昔の 朝の味だなって気づいた 冷え切った夜の部屋で ---------------------------- [自由詩]ひとつの憎しみが消えた朝/葉leaf[2017年11月10日2時50分] ひとつの憎しみが消えた朝 俺は鎧をひとつ脱ぎ捨てた 鎧はきれいな音を立てて 軽やかな布に変わっていった こうやって一つずつ 背負ってきたものに別れを告げる 新しく背負う重たい荷物が 旅先にはいくつも待っているから ひとつの憎しみが消えた朝 俺は新しい歌を口ずさんでみる たどたどしく追っていくメロディーに 憎しみの残土をのせていく 憎しみは消えても憎しみの痕は残る その傷痕をなぞりながら 俺は誰かを思い出しそうになる ---------------------------- [自由詩]優しい嘘を/吉岡ペペロ[2017年11月18日19時48分] 気にしないでいいからと そんな優しい嘘を ぼくみたいについてくれ 閉店まぎわのパン屋にはいつも じぶんの好きなパンをとって隠す アルバイトの女の子がいるから 大丈夫普通のことだよと そんな優しい嘘を ぼくみたいについてくれ ---------------------------- [自由詩]座席の荷物は社会のお荷物/イオン[2017年11月19日12時26分] そのバスは込んでいた しかし、その女性は 隣の空席に紙袋を置いて 占領したままだ バスが大きく揺れた後 初老の男性が無言のまま その女性の紙袋を 通路に降ろして席に座った その女性は驚いて 回りを見渡したが 誰もが無視していた 次にバスが大きく揺れると 通路の紙袋が転がり 荷物が散乱したが 誰もが無視した 女性はすいませんと言って 席を立とうとしたが 初老の男性は席を立たず 走行中ですとだけ言った 女性は降車ボタンを押した 誰も降りる人がいなかったバス停に バスが止まり初老の男性が席を立った 女性は通路の荷物を拾って 吊り革につかまってそっぽを向いた バスの運転手が降りる人はいませんかと アナウンスして女性をにらんだ 運転手は声のトーンを下げて ボタンを押した方は降りてくださいと告げた 女性は慌ててバスを降りた ---------------------------- [自由詩]ふるえる手/為平 澪[2017年11月19日15時40分] 母が母でなくなる時 母の手はふるえる 乗り合わせのバスは無言劇 親切だったおばさんは 母の乗車後には夢になる 向かう先はお山の真上の病院で薬をもらえば また手が ふるえる、ふるえる、大量の薬を飲む手 繰り返される寒村の暗黙の了解の中に罠 私たちの幕は知らない人の手で いつも高い所から降ろされた 時間が役立たずになったバスから 現実を眺め 乗客は自分の夢の中から外界と交信する 人々は一方的に語り掛け、語り合い それが一方通行でも母は笑い そして彼らは母を嗤った 困惑の表情の下から覗く、また、ふるえる手   大きな字しか見えない年老いた運転手が、真冬に黒いサングラスをかけ、   ガタガタと 不随意運動を起こすバスに体を預け、毎日を綱渡りする。   バスは神社の横で洗車され、病院を潜り、寺の隣の火葬場で、ゆっく   り回転する。往きと復えりを病院の乗車口で間違えた若い女は、ショ   ッピングモールの場所を、ハキハキと尋ねて生き延びた。その、大き   なショッピングバッグを、羨ましそうに眺めるバスの中の、人びと。 (今更、家は捨てられへん、この年になって何処に住むんや (若い頃は「金の玉子」と謳われても便利に私らはガラクタや (一体誰が私らの消費消耗期限決めて捨てるんかなぁ この国で、この町で幸せになるの、というフレーズの 歌や漫画のタイトルを 聴いていたり見ていた記憶は遠く 目的地に辿り着いても 杖を手放せないまま 動けなくなった母の身体を揺さぶり 降車ボタンを押すと 私の手にも薄気味悪い暗黙の了解が夕暮れの顔をして降りくる ふるえる母の手を見ていると 逃れられない大きな不随意運動が伝わって 私の首をますます斜めに傾ける 選べない一軒の総合病院の不透明な薬袋の膨らんだ白い企みを 何も言わない乗客たちは 俯いたまま大事そうに抱え込む 老人バスを振り返り 彼らを見送る頃には 夕陽が沈む遠い山で バスは真っ黒に焦がされる ---------------------------- [自由詩]私の家族/冷水[2017年11月20日10時52分] 部屋一面 起き抜けの尿の色だ 永い永い言い訳のような廊下を 既に冷たい素足が横行し続けている いけない事だ あぁ 本当にいけない事だ 元気でね、と祈られることは もう元気でないことが悟られてしまった 落ち窪んだ目 それならちゃんと沈んでくれ 頬骨の裏で粗い骨の仕組みだけを見ているよ 大人しくだ 約束する 大人しく見ているよ 潮風は無遠慮に東京の犬歯を錆び付かせる 涎が垂れている 落ち葉が散ってしまうな 流されてしまうな ぽたぽた ぼたぼた 駆け寄るな白無垢 枯木に触れて立つ鳥肌めが さもさも哀しそうに私を見ている 君の家族はどうした ---------------------------- [自由詩]七五三/葉leaf[2017年11月25日6時50分] 君のために開け放たれた窓は、少しずつ風景を描き始めた。君の中に降ってくる光や闇はとても温かく、純粋な愛情の洗礼を受けている。君は今日、裸足になって歴史の川に足を差し入れた。歴史の川はとてもきらびやかで多くの成分を含んでいる。君はしばらく歴史の浅瀬を歩いた。川はあまりにも多くのことを語っていて、君を清らかに通過していった。 君の話す言葉は意味を持ち始め、豊かな世界に着陸することを覚えた。君の幼い感情はひたすら笑い続けていて、そこには静かな扉が開いているかのようだ。君は太陽や動物や草花と対話し、その対話の内容は私たちには理解できない。君のまなざしはあまりにも柔らかくて、受取人はひとたびそこに包み込まれ、そののちに柔らかく組み立てなおす。 君に贈る言葉などない。君の人生はまだ正確には始まっていないからだ。君の人生は少しずつ揺れ始め、やがて大きな振幅で揺れ動く運動体となる。そこに至らない今日の一瞬を大事にしよう。青春は人生の中で何度も回帰するとしても、幼年は再び戻らない黄金に輝く時代なのだから。 ---------------------------- [自由詩]暮らし/水宮うみ[2017年12月2日18時59分] 朝陽の「おはよう」って声に「おはよう」と返す。 雨の日にカエルの人生相談に乗ってあげる。 自分の身体より大きなパンケーキをみんなで食べる。 そんな絵本みたいな暮らしがしたい。 ---------------------------- [自由詩]アメジスト/やまうちあつし[2017年12月4日21時12分] この石の中では 絶えず雨が降っている そう言って一粒の小石を 娘の手のひらに載せた その人は叔父だった いつでも青いマントを着ていた 血の繋がりはないけれど とある出来事があってから そういうことになったのだった 紫色の輝きの中に目をこらすと 確かに無数の雨粒が 絶え間なく降り続けている 見ていると吸い込まれてしまいそうで 娘はあわてて顔を上げ 男の顔を見た 「その石は私が  ある国に住んでいたときに  偶然出会った物だ  一目見て虜になった私は  それを我が物とするため  あらゆる手を尽くした  あらゆる所持品を売り払い  あるだけの財産をつぎ込んだ  積み上げた仕事も  名誉も信用も  何もかもなげうった  ついには自分の国籍も  名前も譲り渡して  やっとのことで手に入れたのだ  その石を手にする代わりに  私は何者でもなくなった  それでよかった  それがよかった  その石の中で降り続く  雨を見ているだけで  私は何者でもよくなってしまった」 男は紅茶を一口飲んだ 「君にあげよう」 娘はその石に たまらなく魅了されながら 同時にそんな大事な物を もらえないとも思っていた だってあなたが 何もかもかなぐり捨てて やっと手にしたものでしょう 私たち 血がつながっている わけでもないのに 男は言う 「私はこの石と数十年を共にして  毎日石の中に降る雨を眺めてきた  いつしか雨は  私の中でも降り注ぐようになった  私の命が尽きるまで  雨は降り続くだろう  今の私は雨を盛る  器にすぎない」 「人は一生の間に  なにもかもなげうって  手に入れたいものと出会ってしまうときがある  あるいは私は  一生を棒に振ったのかも知れないが  それとて同じ人生だ  君もいつの日か  そんなものが見つかるかも知れない  その時が来るまで  この石を持っているといい  君の代わりに  この石はいつでも  雨を降らせ続けるはずだ」 男は席を立ち 娘に握手を求めた 娘は少しためらいながら 男の手を握り返す 手を離す時に見えた 男の手のひらは 紫に染まっていた 年がら年中 この雨の石を 握りしめていたからだろう 少女は自分の手のひらも 紫色に染まってはいないかと 男に気付かれぬように確認したが 手のひらは桃色のままだった 男が去った後 喫茶店のテーブルで 娘は雨の降る石を眺めていた 降り注ぐ雨粒を見つめていると 石の中に別のものの影があることに気が付いた 街だった 高層ビルや平屋の民家や 町工場や駅や教会 大小さまざまの建物が 雨にうたれているではないか それは娘が生まれた街のようでも 未だ見知らぬ街のようでもあった とうに冷めてしまった紅茶を飲み干すと 娘は席を立ち 店を出た 外ではいつのまにか 雨が降り始めていた 娘は傘を持ってなかったが そんなこと気にもせず 雨の降る街の中へ消えて行った ---------------------------- [自由詩]自分ばかり/やまうちあつし[2017年12月16日7時27分] 真夜中に目を覚ますと キッチンのテーブルに誰か座っている 見れば自分ではないか 寝ないのか、と問うと、寝るのか、と答える 最近どう、と問うと、知ってるくせに、と答える 仕方がないので向かい側に座り 近所の噂や仕事の話 晩のニュースの話題から最近読んだ神話のことまで 話がどうもかみあわないや 昔のことを話すと顔がこそばゆい 未来のことを話すと体がこわばる これが自分なのだからよわってしまう これが大人なのだからまいってしまう 二人で一杯のホットミルクを 真っ白い液体が真夜中に落ちてゆく 寝ないのか、と問われるので、寝るのか、と応じる 布団に戻り添い寝する ぽん、ぽん、と軽くあやしているうち眠ってしまう 目覚めると朝が来ていた キッチンのテーブルには ミルクを飲んだコーヒーカップ 目ざとく見つけた娘らに 自分ばかり、と笑われてしまった ---------------------------- [自由詩]秘密/ただのみきや[2017年12月20日19時22分] 少年は秘密を閉じ込める 美しい叔母のブローチをこっそり隠すように 部屋に鍵をかけ 歩哨さながら見張っていたが 閉ざせば閉ざすほど膨らんで行く 妄想は 秘密を太らせるのにはもってこいの餌だった ――もし知られたら     知ってもらえたなら きっと やがてすっかり発酵 ふかふかに焼き上る 部屋ごと膨らんではち切れそう 口を開くたび 甘美で 淫靡な  秘密が匂い立つようで ああ鼓動!  内側から激しく叩く ――鍵?  つっかえ棒だけ そう 扉を開けることができるのは 世界でただ一人 閉じ込めた自分だけ そんなに時間はかからなかった 秘密は 共有された秘密となり 公然の秘密となり  ガスのように薄められ 消えて行った ひと時のカタルシス 少年の心はしぼんだ風船のよう 大切なものを失った というより なんてつまらないものを仕舞い込んでいたのかと いまいましくて 寂しかったから 人前では口角を上げて見せた なにも答えない時の父のように               《秘密:2017年12月20日》 ---------------------------- (ファイルの終わり)