松岡宮のおすすめリスト 2018年7月16日21時43分から2020年3月12日22時45分まで ---------------------------- [自由詩]西日/為平 澪[2018年7月16日21時43分] 一日の終わりに西日を拝める者と 西日と沈む者 上り坂を登り終えて病院に辿り着く者と そうでない者 病院の坂を自分の足で踏みしめて降りられる者と 足のない者 西日の射す山の境界線で鬩ぎあいの血が 空に散らばり 山並みを染めていく そこから手を振る者と こちらから手を振る者 「いってきます」なのか、「さよなら」なのか 西日の射す広場で押し車を突く老いた母と息子の長い影を またいでいく、若い女性の明日の予定と夕飯の買い物の言伝が 駐車場から響いてくる 私の額には冷えピタ 熱っぽい体にあたる肌に感じる暮れの寒さ 胃の中に生モノが入っても消化していく胃袋 そういうものについて西日が照らしたもの、 取り上げていったもの、 一区切りつけたもの、 誰かの一日が沈み 何処かで一日が昇っていく その境目のベンチに腰を下ろし 宛てのない悲しみについて思案する 陽に照らされた私の左横顔は 顔の見えない右横顔にどんどん消されていく ツバメがためらわず巣に帰るように カラスに七つの子が待つように みんな家に帰れただろうか ヒバリは鳴き止み アマガエルが雨を呼ぶ頃 暮れた一日に当たり前たちが  安堵の音を立てて玄関の扉を閉めていく 生きる手応えと 生ききれなかった血痕を吐き 私もまた鳥目になる前に  宛てのない文字列を終えなければ 影絵になって消えていった人に 「いってきます」でもなく「さよなら」でもなく 「またいつか・・・」と  その先の言葉に手を振るだろう 寂しさを焦がす赤い涙目の炎に射抜かれて 私も自分の故郷に帰れるだろうか 家族と仲良く暮らせるだろうか 蜃気楼に揺らぐ巨大な瞳が桃源郷を作り出し 酷く滲んで 私を夕焼けの下へと連れていく ---------------------------- [自由詩]夏の駅/腰国改修[2018年8月9日11時34分] 待つことになる約束などしなければよかった 待たせるような人を好きになってしまった 待っている間に雲を水平線を見ようか 暑い夏のこの駅で私はあなたを待つ そういえば乗降客はいない 気の早いアキアカネが目の前を過ぎた どれくらい待つのだろう 遠くで微かにごろごろと雷の音 一雨降ってあなたは雨の中 走りながらやってくるのでしょう 私は夏の駅であなたをずっと待っている ---------------------------- [自由詩]朝/R[2018年8月27日20時26分] 朝焼けから逃れ 倒れ臥した ささくれた木目に つらなる 鳥のまたたく気配に 髪の伸びる音は擦り寄り はぎ合わせた日々に刺さった あかい 年増女の怒鳴り声が ふるえる 二重ガラスはあたたかい 五分後のアラームをコーヒーに注いだ 歯車の着ぐるみは 黒服を邪魔してから 鮮やかになりつつある ビル風を追いかけてゆき 寸足らずのカーテンを舐める しろい 乙女は首をかしげながら 無邪気に問い質し それから     私は 秒針を伝い   マントルに沈         下            し                た ---------------------------- [自由詩]真夜中の東京はきみの彩度を上げていた/青花みち[2018年9月29日17時23分] 瞬きするたびに肌を刻んで、わたしは大人になっていく。昔よりもぼやけた視界のどこかで、この街では星が見えないと舌打ちが聞こえた。ここも誰かの故郷なのだと、わたしたちは時々忘れてしまうね。この目が誰の輪郭もなぞれなくなる時が必ず来るのなら、ビルのネオンさえ蛍のひかりのように錯覚できる未来も連れてきて。そうしてきみの故郷が一番うつくしい世界だと、心の底から肯定してあげたいと思う。 ---------------------------- [自由詩]破裂/ミナト 螢[2018年10月16日10時41分] 空を横切るシャボン玉に映る 街は水槽の墓場みたいな プランクトンを浮かべた光だ 高層ビルが歪んで見えるから 手が届いたらタイムカードを押して ブランコを漕ぐ時間が欲しいな 腕時計の文字盤を隠すように ゆっくりと泳ぎまったりと眠る シャボン玉に風がビンタをすると ひゅるるっと消えて残した夜景が 水槽の中をひっくり返す 虹色の泡を固めたような ビー玉が転がる滑り台に そっと手を伸ばしポケットにしまう時 ビー玉の重さが中心に寄って 股間の大事な部分が膨れ ラッシュアワーで押される痛みに 誰ひとり気付かない冷や汗も ---------------------------- [自由詩]手袋はとってください/AB(なかほど)[2018年10月17日20時27分] やさしいひとが 笑えない世の中で 山河に吠えている 一体何と戦っているんだ 言葉を交わせないひと 心を通わせ合えないひと ひとつの世界しか見ないひと ふりかえることのないひと 論理、倫理の 完成された世界から 見下ろすだけのひと 見上げるだけのひと その見えないほどの隙間に 幾千億の距離を生み出すひと 目の前の幸せなことを 捨てていってしまうひと ひとの分だけ正解のある あいまいな世界で 相変わらずの僕は ぬるま湯の中で 流れける を続けてる 哲学なんて、文学なんて 呼ばない頃の心持ちで 流れける を続けてる やさしいひとが 笑えない世の中で 山河に吠えている 一体何と戦っているんだ それでも もっとやさしいひとが 壊れた土手を 治している ---------------------------- [自由詩]未詩・秋のはじまりに/橘あまね[2018年10月20日23時09分] 石ころになりたかったんです 道のはしっこで 誰の目にもとまらないように ときどき蹴飛ばされても 誰のことも恨まないような ちいさな石ころになりたかったんです たいせつな物は思い出の中には何もなくて いつも何かが妬ましくて 焦がれる感情を押し殺して 何も感じないふり 考えてないそぶり ちいさな陽だまりがあったんです 十月のささやかな午後みたいな もうすぐ死ぬ虫たちが集まって まどろみの途中で そのまま終われたら いいね なんて さみしくないよ なんて ずっと夢の中です 生まれてからずっと 覚めない夢の中です 熱病にうなされるように ちいさな細胞たちが集まり 大きくなりたかったのに 未遂のままがいいんです 何を為すこともなく ただ道端のちいさな石ころとして いつか誰にも蹴飛ばされなくなって 静かな風景の一部として うずもれていけたらいいんです ---------------------------- [自由詩]夜 /ゴデル[2018年10月23日18時26分] 秋が来て 少し硬くなった 夜と言う果実 その表皮を ゆっくり ゆっくりと 冷えたナイフが 削り取っています 水のような風が ダイアモンドの粒を 吹き上げながら 刃先へと運ぶので 熱くなることもなく ジーッジーッと 刻み続けています 空一面に 螺旋を描きながら 落ちてくる 細く長い 冷たい匂いのする 表皮 僕は 虚ろな胸から 硝子瓶を取り出し 頭の上で受け止めた それは瓶の中で それがそうであった もとの果実の形に 近づいていきました やがて 溢れそうになり 瓶に蓋をした僕は ポケットにそれを しまい込んだ そんな事情で 今 夜と同化した僕は 植物になっているのです。 ---------------------------- [自由詩]伝えられてきた言葉/帆場蔵人[2018年11月11日14時27分] 丹後富士の頂へ うろこ雲が巻き上げられていくと 明日は雨が来るといつか聴いた あれはだれの言葉だったのか 町を歩く人びとは明日の雨を思い 空を見上げることはないようで 誰もが今を足早に、昨日を思って 明日の天気をスマートフォンに 尋ねている 丹後富士の頂へ うろこ雲が巻き上げられていくと 明日は雨が来る 町が田辺藩と 呼ばれていた昔より さらに昔のだれかから 伝えられた言葉のひとつ 町を歩く人びとは明日の雨を思い 空を見上げることはないけれども 昨日の雨の記憶に心曇らせることがある 集落は水に浮かぶ飛び石になり 崩落が彼方此方で起きた 雨よ、静かに頂きを越えて 落花した花の傷口を 楚々と洗い流してくれ 時との旅だけがそれを 癒すのだとしても、雨よ 落花した花弁を歓びあふれる 場所まで流してくれないか 丹後富士の頂へ うろこ雲が巻き上げられていくと 明日は雨が来る、スマートフォンから 顔を挙げて空を見上げてそう呟けば 伝えられてきた 言葉はまるで祈りのように だれかの耳朶をうつ ---------------------------- [自由詩]月/はるな[2018年11月11日23時18分] 帰り道に空になった弁当箱に納めたのは月でした 夜の道路にころりと落ちて悲しくて これでは死んでしまうと思ったので それにしても十月は騒がしく 息は 吐かれるのを忘れられたまま コンクリートに隠されているのです あなたの頬が削げたように光るのは 光るのはきっと 月のない夜空の所為と思います ---------------------------- [自由詩]耳鳴りの羽音/帆場蔵人[2018年11月14日20時30分] こツン、と 硝子戸がたたかれ 暗い部屋で生き返る 耳鳴りがしていた からの一輪挿しは からのままだ 幼い頃、祖父が置いていた養蜂箱に 耳をあてたことがある、蜂たちの 羽音は忘れたけれど、何かを探していた 耳鳴りは蜂たちの羽音と重なり ひややかな硝子戸に耳をあてて 蜂になるんだ やみに耳をあて、描く、やみの先、花は 開き、一夜にして花弁は風にすくわれ 蜂は旋回しながら 行き先は知れない 妖しき宵の明星に惑い ジグザグ、ジグザグ、 風はすくわない どこ? いつかの夜に咲いた 花の手触りは、あたたかで 一層、孤独をあぶり出し 甘い蜜はより甘く、焦げた トーストみたいなぼくは いつもそれを求めていた 蜂になりたい なんのため? こころから飛び出した手、だれかの こころ、触れたい、花から花へと いくら蜜を持ち帰っても触れられない こころに触れたい、この硝子戸よりも あたたかいのだろうか、甘い蜜よりも 苦いものに、このこころを浸したいと 思えたときにはもう遅かった 一輪挿しにはまぼろしですら 花は咲かない、からの磁器は耳を吸いつけ 羽音は吸い込まれ、耳鳴りだけが返される 蜂蜜は女王蜂に捧げられるとしたら ぼくが追いかけていたのは 花ではなく女王蜂の面影だったのか 蜂に…… 朝の陽に焼かれて蜂は ベランダで死んでいた 女王蜂がいない養蜂箱は 死んでいる、耳鳴りだけの部屋 ---------------------------- [自由詩]日々/帆場蔵人[2018年11月21日14時11分] そのころの ぼくの悲しみは 保健所に連れて行かれる猫を 救えなかったことで、ぼくの絶望は その理由が彼女が猫は嫌いだからという 自分というものの無さだった ぼくの諦めはその翌日も同じように 珈琲を淹れて楽しみ美味いと感じたことで ぼくの希望は生きている ということしかなかった 色褪せたベンチに座る目やに汚れ 襤褸を着た年寄りより 若いということ ただただそれだけだった だからボートを盗んだ日 沖に出てすぐの小島のまえで、汗だくで 自分たちの限界を見せつけられたとき ぼくらが共有した波が重なりあう きらめきも、そらの深さも 忘れたくなかった、けれど 色褪せたベンチの一点へと 否応なく足は進み そうして 若き日々に感じた あらゆることを、まるで 美しい思い出として 酒のつまみに語らうことを ぼくは傷ましく思う 忘却と懐古、そんな歪な美しさを ぼくは憩う、忘れてしまった醜さを 刻みたいすべてに、まっすぐに 折れてしまうまえに それはやはり 悲しみを産むのだから 自分の尾を追いかけて ぐるぐる回る馬鹿な犬みたいだ そうして、ぼくのなかには 猫はどこにもいなかった そんなありふれた悲しみ 2001年8月の誕生日1日前 ---------------------------- [自由詩]分身/ミナト 螢[2018年11月24日8時49分] 落ち葉が集まる 回転ドアの中 振り返る季節に 折り目をつけようと 頬を叩いた紅葉が 赤くなって 蟹みたいな歩き方で 立ち去る 人に踏まれながら 指を捨てたら 大事な約束を 交わせなくなり 君に触れるための 無力なじゃんけん 全てを包み込む パーが出せない 落ち葉が遊ぶ 回転ドアの外 傷ついていた 僕の指先に 包帯を巻いて 白い冬がくる ---------------------------- [自由詩]卒業式/水宮うみ[2018年12月27日17時53分] ぜんぶ、紙吹雪になったらいいのに。 そう呟いた人から順に紙吹雪になっていく。 街は君の涙を無感動に見つめていた。 僕達の毎日は、いつまでたっても世界に届かなくて、 幸福な朝にだって白い孤独がちらついている。 だけどそんな日々も、もう終わり。 今日は世界の卒業式。 空も街も、本来の紙吹雪へと戻っていく。 世界中の人たちも、僕も君も、みんなおめでとう。 僕達はもう、誰にも出会う必要はないよ。 ---------------------------- [自由詩]初詣/羽根[2018年12月29日20時50分] 年末年始の休みは若い二人にとって 一緒にいるだけで十分だった ただ大晦日の大掃除の時は派手な喧嘩もしたが 弾ける二人に年越し蕎麦なんて関係もなく ましてはおせち料理なんて気にもしなかった 長い一本のマフラーを二人で巻き 手を繋いで寒い夜中の混んだ初詣に並んだ 首の太い君に僕は引っ張られ続けたし おまけに君の使い捨てカイロの量は半端じゃなく着膨れが酷く 私を圧迫したが二本の破魔矢を納め おみくじを引いてその結果に一喜一憂した 寒い海岸でお互い今年の喧嘩の原因の探り合いをして 朝日が昇るのをずっと二人で待っていた * 晦日の大掃除は仲良く行い テレビ番組を見ながら年越し蕎麦を食べた 朝にはおせち料理とお雑煮に 舌鼓を打って食べたが 蟹の足の切り方は下手だった 初詣の準備をした 君は本当に顔に似合わず 料理が上手く綺麗に整っていて見栄えが良くいつも驚く よく晴れた八幡宮は暖かくて マフラーは要らないくらいだった 一本の破魔矢を納め おみくじは今年も必ず大吉だと言い ただ素通りをして引くことはしなかった 久しぶりに海岸に行こうかと言ったら 君は嬉しそうに頷いて 私の袖を優しくつまんで 二人ともペンギンのような歩き方で 海岸へ向かった 冬の海岸は無風で 暖かく そっと静かな波が打ち寄せて 二人の幸せを祈っているようだったが 何故か蟹が縦に歩いているのが気になった ---------------------------- [自由詩]6文字の冬/うめバア[2019年1月19日16時33分] 今朝、新聞で見た6文字 「帰還困難区域」 関係ない人だというのに ふと、ふうっと、ため息が伝いました だれかの家に残された 食器や、棚や、ドアの傷 スーパーのビニール袋や、プラスチックの容器たち かつての、だれかの、生活の音が 私の記憶と重なって そうじゃない、私は帰れていないわけじゃない ちゃんと 片付けもした、あの日からの全てを 紙切れ1枚、ええ でも、ちゃんと出した 印鑑もついた 決め事も、もめごとも、終わった 後悔や未練なら、何とか自分でやり過ごす 怒りや不安や、心ない言葉の数々なら・・・ だけど 今ひとたび思うのは あの日の午後の、柔らかい日差し わたしが「日常」と呼んでいた あの場所、あの匂い、あの木立の傾き 勝手な場所におかれたリモコンや 小さなお気に入りのスペースの珈琲の香り わたしが「好き」と集めた物たち、影たち、光たち まだ言っているの?そんなこと まさか、帰りたいとか、戻りたいとか、そうじゃない わたしが日常と呼んでいた あの場所は たしかに不安や、恐怖や、劣等感のある場所だった それでも、確かに、わたしの場所はあった どんなに小さく、些細なものでも だからこそ 大切にしていた わたしだけの、ものがたり 「帰還困難区域」 ---------------------------- [自由詩]はだか/犬絵[2019年3月13日10時06分] いとしくていとしくて 星空を仰いだその 裸の心 ではなく 裸の体 を そこにみつけたい ずっと伝えたかった 生まれ育った田舎の田んぼのあぜ道 泥まみれになって駆け抜けてたあの頃 まっすぐに夜空を見上げ とても艶めかしい光を感じて でも そんなもの感じちゃダメだから 違うんだと言い聞かせた 心は そっとだまされたふりをしてくれた のどかなあの空間が 忘れられずに 覚えていて 私はいやらしいという朝と 恥ずかしいというちいさな声を ただ黙って横目でみている ---------------------------- [自由詩]アボガドのサラダ/秋葉竹[2019年6月27日22時25分] やまどりの 朗読するように 心涼やかに 鳴く声を 聴く 山頂の展望台好きな ヤマノムスメは 深い谷川に 落とされて 沈められ あられもなく ただ死にゆく そんなさだめを 知る 涙をふいて ニッコリ微笑んで 優しい光を浴びた 幸せを胸の奥まで 探して いる 土曜の朝に 微かに光る 懈怠の果ての竜胆 その夜に浴びる 虚言の アボガドのサラダが 美味しい という 時が止まった人生の中で 紙の月の光からもらった 安らぎの視線を 感じて いる ---------------------------- [自由詩]流れける を続けとる/AB(なかほど)[2019年6月28日8時25分] 園芸すきな こてんはあげん先生 満点くれへんかった こたえのない問やから 空欄のまましとったら そんでは点やれんのやと ほんならまともなこたえて そん花壇に さいてたんかいの ほやから 古典アレルギーなったのや 思てたのに 何かと小難しぃゆうとる先輩の 際限ない話ぃほうほう てしばらく頷いとったら あかんわ 哲学いうやっちゃも かなんな思えてきた そいからや いっつも流れとるような 流されてるような気ぃしとる わしは、わしらは わしらの國は、わしらの世界は どこに向こてんのやろね 同じベクトル向こてとか ベクトルちゃうとかて あれ使い方間違うとんな 大好きなAさんとBさんと 違うからこそ それが合わさってこそ 新しい向きが生まれんねん 新しい流れが生まれんねん 新しい世界が生まれんねん 人生りばーらんずや 流されてどこに向こてんのか わからんほうがええんかも ほいでもわしは、わしらは わしらの國は、わしらの世界は どこに向こてんのか そこに こてんはあげんの花 風になびいとるとええな ---------------------------- [自由詩]看護士と海/ひだかたけし[2019年6月28日20時02分] 暑い むしむしと暑い 〈病院の冷房は皆さんの健康のため26度設定です〉 自律神経失調症の僕は ぼうっとしてしまう ぼうっと遠い海を思う 青く涼やかな海原が 静かにたゆまず波打って 潮の満ち引き繰り返すのを 暑い むしむしと暑い 〈あなた一人の我儘を聞くわけにはいきません〉 自律神経失調症の僕は ぼうっとしてしまう ぼうっと遠い海を思う 青い青い海原を 空の奥の宇宙の果てに 巨大に揺蕩う海原を ---------------------------- [自由詩]高架を走る電車の窓から沈む夕日を見つめていた/Lucy[2019年7月3日21時14分] わたしの前の席が空いたけど 今しも都市のかなたに沈もうとする大きな夕陽を 見続けていたかったので 座らなかった 燃え滾る線香花火の火球のような 太陽だった それを反射して真紅に光る壁面が ビルからビルへ移動するのを 見つめていた 紫のベールに包まれた街 光と影に彩られ 宇宙の只中で静まり返る 世界はこの一瞬に 生まれ変わろうとしているらしい 街が現に沈むまで 見届けたかった この世にたった一度しかないこの光景を 吊革に掴まり目に焼き付けた 夕日が沈み切ったころ最寄り駅に着いた 燃え尽きたように夕焼けは薄く いつもの変哲ない街並みが しらじらとそこに広がっていた つい数分前の激しい輝きを記憶しているのは 私だけだという気がした 少しお得感があった 緑の残像が目の前にいつまでも浮いていた  ---------------------------- [自由詩]ナホちゃん/オイタル[2019年7月7日8時37分] ナホちゃん 花を摘んであげよう ほら 短い時の中に隠れていた にじんだ星みたいな花です  砂利の敷かれた軒下で  開いた春のままごとの  ほんの少しのお客さま  困った顔のお客さま お前があんまり泣くからです お客さま 残した影の 薄れていく辺りに 黄色い花房を寝かしてあげよう  ナホちゃん  あの日  あなたが摘んで流したつめくさの  今はどの空に浮かんでいるやら ---------------------------- [自由詩]砂時計/ああああ[2019年7月25日23時41分] 砂の時計をひっくり返し、3分待ったらふたたび汗にまみれてきっと目覚めるだろう。階下で眠る私の家族を起こさぬようにそうっとタオルをとってふたたび夢にそなえる。祈りを言葉にかえてとなえる。 干潟に火薬の匂いが残り、体がほてり荷物が重い。浅いクレーターの斜面へ飛び散ったガラスの破片であたりは瞬く猫の目みたいに見えて、その景色は日本軍の唱える正義に疑問符をつけさせた:私の幸福もある一つの蟻地獄に入り込むのではないか? ある日突如砂に埋れて死ぬことになった者の上に腰掛け、私の口中にも砂の味がこみあげはじめた。 目が冷めた。明け方にはいつも同じ夢を見る。舌の先をウェットティッシュで拭う。決まった小道を何度もループして汗をかく。唾を吐く。砂の味がする砂時計の中に、砂の味がする砂時計の私、砂の味がする砂時計の中身は砂の味がする砂時計の私で、砂の味がする砂時計の鏡に砂の味がする砂時計の形に砂の味がする砂時計の私を写し出した。 夢のつづきは汚染された死体を水ですすぎ、風通しの良い場所に寝かせてやることだ。まだ外は暗いな。静かすぎて砂の音が響くくらいだ。音が次第に大きくなって私を飲み込むがクライマックスは永遠にやってこない。私はまた枕辺の砂時計を逆さにし、夜明を待つだけだ。 ---------------------------- [自由詩]あかり はじまり/木立 悟[2019年11月21日9時44分] 羽も 曇のかけらも息苦しく 空の喉から吐き出されている 水平線に生い茂る咳 白く白く渦まく風 動かぬ曇の歯車が 動かぬままに重なりつづけ やがて月に照らされながら 高圧線を撓らせてゆく 数え切れない夢が傾き 倒れることなく寄りかかるまま 白い石の群れとなり 荒れ地を双つに分けてゆく 失う前と 失った後を行き来しながら 原野をかきむしり 進みつづけ 水に沈んだ径に着く 水は赤子 夜は語る声 音の無い動きすべてに 光をまぶす 凍りかけた水のなか 片方だけが欠けた陽と月 氷を歩む灯と光の子 小さく散り咲く笑みと声 石の径の中央を 足首に触れる見えないものらをほどきながら 光の粉の音を着て しんとした明るさを歩んでゆく 何もかもに置き去りにされた朝 短い夢ばかりが現われては消え 白く震える枠の内に 最初の言葉が降り来るのを見る ---------------------------- [自由詩]冬の流星/丘白月[2020年3月10日11時32分] 長い間ずっと 君は何を思っていただろう 僕は何もしていないから 長く果てしなく長く感じる 僕は君の愛に応えていないから どんなに愛してもとどかない なんと小さい人間だろう 一緒に夢をみて ずっと一緒だと言った アップルパイが焼けたと言った 良い香りが部屋に文字を置いた 幸せな時間を書いていた 今夜はもうおやすみと 流星が子守唄を歌っている 消えてはまた流れて いくつも言葉を残していく おやすみなさい 夢をみるのよ 私のかわいい子 長い道に悲しみはないから 怖がることもないから おやすみ 私のかわいい子 ---------------------------- [自由詩]耳の傾け方を習うのは何よりも難しい/ホロウ・シカエルボク[2020年3月12日22時45分] 眼球のピントは崩れ 右目と左目があさっての方を見る 世界は歪んでいる その目には確かにそう見える 交通課の事故処理ばかりを目にした一日 救急車で運ばれる誰かの呻き声 深刻そうな顔して見物する野次馬 誰から憎めばいいのか分からない加害者 安い昼飯は胃袋に落ち着き難い プラスチックみたいに消化に時間がかかる 化合物に育てられた世代 オートマチックな思考回路 俺はずっと 要らなくなった枕を刺している 枕は綿色の血を吹きながら どうすればいいのか分からず泣いている 命無きものたちの墓地みたいな街 煤けた道路でドランカーが眠っている 遠目でなら死体と区別がつかない よう、ハッピーマン、お前の遺影それでいいよな? 駅前広場でスケボー転がしてるガキどもを 片っ端から転がしながら 交番に被害届を出した ちょっと世の中ってもんを教えてやっただけさ よく鳴る硬質のタイヤ よく喋るやつぐらい神経に触る 噛み過ぎたガムを銀紙で包んで ごみ箱に預ける一日の終わり 最終電車のアナウンスは安堵した車輪の響き 利便性の為だけに生まれてきたわけじゃない 彼らだって性能だけを求められるばかりの毎日は 部品以外に摩耗してしまうなにかがあるのかもしれないな もう誰も居なくなったホームは 数時間だけの廃墟 美しい風が通り過ぎていく 俺はメロディを口ずさんでいる アーケードの中で二時間ばかり 人を待つふりをして詩を書いた 口元を隠してイヤホンを突っ込んだ連中は 集中治療室から逃げ出してきたみたいに見えたよ ニュースです ニュースです ニュースです あちこちで囁かれる新しい脅威の噂 昔からの死が蔑ろにされる 今死んだやつにしか興味が無い いつだってみんなそうさ トレンドなんだよ 新元号元年に生まれる 赤ん坊と同じようなものさ 生まれてくる命に珍しいものなんかないのに キャッチコピーが夢精してそこらに飛び散ってる コソコソと俺の腹の中を探るやつら 出歯亀みたいな真似しては正当性を主張してる 知らねえよ まともな態度を覚えてからおいで、お猿さん 洗濯の間流してるFMから聞こえる チャート上位の曲たちにはまるで名前がない たったひとりの誰かが書いたみたいな詞が 違う名前のアーティストの歌から乾いた泥みたいに落ちてくる みんな感動して涙を流すんだってさ きっとあいつらの涙腺にゃ蛇口がついてんだよ テレビで流れるものしか信じないでいると いつのまにかそんな症状が心を汚染してしまうのさ 特効薬はないぜ ひとつでも確かに 生きるということを追いかけることが出来なけりゃ 気付かないか? いつぞやの津波からこっち たくさんの人間が死ぬことがデフォルトになってる 地球は俺たちに飽き始めたのかもしれないぜ 本能のなくなった生きものは なにもかもを奇形化させちまう おぞましい姿で辺りをうろついて 物見遊山ななんとかのミコトどもをがっかりさせてる 天変地異なんて手を使わないで 俺にひとこと言ってくれりゃ トレンチコート・マフィアのモノマネでもして笑わせてやれるのにな なに、同じことだよ 幸せになりたいってことは どこのどいつだって同じなんだ 戦えないなら逃げた先でそいつを見つけるしかない 分かるだろ、それが世間ってシステムだ 貨幣価値みたいに 人生を決められるっていう呆れたプログラムさ 頭が空っぽになって よくある言葉で埋め尽くされるんだ 不特定多数に寄り添って手を上げるやつらは ただちに治療の必要があります こちらまでお越しください 脳天からポエジーを注射してあげましょう チョコレートを食って インスタントコーヒーを飲む けたたましい音楽が リラックスさせてくれる時だってあるさ 三年前に見た夢のことを突然思い出す 時々そういうことがある 特別記録することはないけど 二年後くらいにもう一度思い出したりすることもある 寝床は冷たい 季節のせいじゃない そうだろ? 毎日そこで眠っているんだからよく分かっていなくちゃおかしいさ 生きていることは不確定要素だ 現在になんか自信を持つもんじゃないよ 二本脚で歩き出したその瞬間から 俺たちには前例がないんだぜ 停滞している場合じゃない どこだって行けるはずじゃないか ---------------------------- (ファイルの終わり)