松岡宮のおすすめリスト 2018年3月10日14時55分から2018年11月14日20時30分まで ---------------------------- [自由詩]たぬきの置物/灰泥軽茶[2018年3月10日14時55分] どこかの町の帰り道 駅に向かって歩いていると ふと足元たぬきの置物が三匹目に入る それぞれ違う楽しそうな わははと笑い おっとっと戸惑って 今にもおしゃべりしだしそうな 通り過ぎるには惜しくてくるりと振り向くと お爺さんが一人出てきて トラックおーらい ハンドルおーらい 首を出しながら もう一人出てきて そらそら帰ってきたよと 楽しそうな三人が仕事に精を出していた ---------------------------- [自由詩]径に 残る/木立 悟[2018年3月17日17時30分] 銀河の高さの 白い霧 夜に架かり 動かない 左の肉の寒さが目覚め 右より細く震える時 月は余計に そして速く 見るものの方へと割れはじめる 光に光をこぼしながら 花や羽が手を吸いにくる 肘に向かって歌を植え 陰へ陰へ飛び去ってゆく 馳せる 駆ける けだものは動く 言葉を踏まず 笑みを踏まず ただ空を蹴り 空を裂く 暗い径へこぼれる音 壁から枝から 空の水草に立つものから 小さく とめどなく 明るく 透明な時計の棺桶に 雨と花が降っている 蝶の群れ 茎の群れ 舌を出した子の群れを けだものはひとり過ぎてゆく ---------------------------- [自由詩]雨の日と月曜日は/かんな[2018年3月21日12時08分] 目を覚ました しとしとと音がしている しずかな朝の、 雨音の音階を調律するひとがいる 誰だ。 調律師は物憂げな顔で指先を動かす ふと音がなめらかに なったかと思うと その指先は 一粒のカプセルを胃に流し込んだ 少しだけ調律師の話をしたい 彼は田舎の生まれであったが いわゆる地主の跡取りというものであった しかし至って本人にその自覚はなく 好きな趣味を満喫して育ちながら その延長としてピアノに興味を持ち 次男坊に遺産など譲るという宣言を そうそうに打ち出すと 調律の勉強のできる学校へと進んだ 世界は雨、 灰色の雲が一面覆い尽くす 憂うつを払い飛ばす青空に 居場所を与えないように 今日は月曜日 曜日は食べられて消えていく 誰が。 月曜は美味しくないのよと 曜日食らいの彼女は言う 少々長く曜日食らいの話をする 彼女がお腹の中にいるとき 彼女の母親はうつ病にかかった パニックを起こした母親は 家族が気づかぬ内に家を抜け出し 新幹線など乗り継ぎ 遠方の友人宅まで行ったと言うから驚きだ 母親はすぐさま戻され大学病院に入院した そこで生まれたのが彼女だ 彼女が幼い頃は母親はまだ病床にあり 不安定に入退院を繰り返していた 祖父母と関わることが多かったが 衝突することも多く 上手くは言えないが 彼女は父親や母親の愛情を欲していた 結果として高校生くらいで 彼女は摂食障害となってしまう 毎日が苦しく 曜日を食らい続けることになる ある雨の日の月曜日 調律師の彼がいつものように 少し鈍った音階を直していると 良い音ですね。 そう言って曜日食らいの彼女が 後ろを通り過ぎた 今回の月曜は少し甘そうです。 と付け加えると 不思議そうにしていたが そうですか。もう少し綺麗にしますね。 と調律師の彼は笑顔で返した 誰も彼もしあわせになる必要のない月曜日 今日はうつくしい音色を奏でる雨に濡れる ---------------------------- [自由詩]Specter/暁い夕日[2018年3月28日23時23分] 気づいたら宙に浮いていた 気づいたかい? 僕はお空に浮かぶようにふわりふわりと 原色を忘れそうだよ 僕がはてた地上の事故現場とか、見えるよ、見えるよ 美しいボーダー波数の単音だけが続いて 耳の中をぐるりぐるりリフレインしているよ 気づいたら宙に浮いていた 気づいたかい? 僕の事見えないのかい? 何処にも行けそうな気がしないよ ただふわりふわり浮いているんだ ただの事故死なんだ  平凡でいられるだろう? 君に触れれそうにもない だって、気づいたら宙に浮いていた 気づいたかい? 黒く塗られた漫画みたいだ  君は平凡でいられるだろう? いつか、君の目の前でおどけてみせたい そして、平凡だとつぶやく君の顔を眺めていたい どうして、君は事故現場で泣き崩れているんだい? 漫画みたいだと思いなよ  君は平凡でいられるだろう? 美しいボーダー波数の単音だけが続いて 気づいたら宙に浮いていた 気づいてくれたかい? いつか、君の目の前でおどけてみせたい そして、平凡だとつぶやく君の顔を眺めていたい まさか死ぬなんて 何で事故現場で泣いているのさ? 美しい単音の波数が響いている 交響曲かなぁ? 大丈夫だよ 君をひとりにしたりしないから もう悲しまなくていいんだよ 目の前に颯爽と現れて 平凡だねって君は呟くさ 大丈夫だよ ほら、 もうすぐ憑依するね ---------------------------- [自由詩]空飛ぶ眼球/狩心[2018年4月3日13時45分] たまに 眼球を取り出して水で洗いたいと言う人がいる それを本当に実行した奴がいて それを目の前で目撃した女がいる その女をストーカーしている男がいて その時ドアの前に立っていた 部屋の中で行われていることは 部屋の中にいる奴らにしか分からない 盗聴器から漏れてくる喘ぎ声 私はドアに唇を這わせてしがみ付く 爬虫類のような動きをして マンションはどんどんとジャングルになる オラウータンの鳴き声が聞こえる 廊下を こちらへ向かってくる黄土色のぐちゃぐちゃ 私は吐き出されてマンションの階段から宙を舞う ストップモーション 叩き付けられて動かなくなる 乱れた服の皺を正して 化粧をした女が買い物に出かける ルンルンと舌の上で眼球を転がしながら 坂道を前転で転がり落ちて 頭がぱっくりと二つに割れる たまに スイカ割りをしたいと言う子供がいて それを本当に実行する大人がいる それを親心と言う 子供は永遠に生きる為に親を殺す その子供もまた、殺される時に気付く 親はまだ死んでいない そう気付くが 時すでに遅く 眼球は次の人の元へと 飛んでいく とても臭い匂いの中 息を吹き返し立ち上がる私は 部屋の中にいる奴の死体を見て頷き 眼球が飛んで行った方角に向かってバイクを走らせる ウィーンウィーンと機械化していく身体 手足がバイクに付着して離れれなくなる どんどんと加速してブレーキはニタニタ笑い 自ら路上へと真っ逆様に落下する ストップモーション 地平線の日没と共に現実の壁が迫ってくる 加速する身体 呪われた眼球を逃がしはしない この街の最果て 何も無い空間に向かってジャンプする 気付くと 公園のベンチに仰向けで寝そべっていて 大丈夫ですかぁ?と覗き込んできた女がいて モードチェンジ すかさず左目を抉り取った 逃しはしない 暖かな公園でキセイに包まれる中 私だけが確信していた 本当の現実が 何であるかを ---------------------------- [自由詩]アケイライは地獄語を話す。体重は750ポンド(約340kg)ほどである。/6[2018年4月15日17時12分] かお が かわ いい から と い う こと で しな を しな を つくって いく ことを ほんのう てきに えとく して いる ごう の ふ か さ を じ か く し え ない まま いきる おんな ---------------------------- [自由詩]力ない眠り/坂本瞳子[2018年5月7日23時33分] 項垂れる 久しぶりに 脱力して やる気はすべて消え失せた 蛻の殻と化したこの身体を 支えてくれるのは大地のみ 雨に打たれ 風に吹き付けられ 人様に踏みつけられようとも 微動だにせず ここにこうして突っ伏していよう 力が一向に入らないから 喉も乾いているけれど お腹も空いているけれど 気力さえも今は失われているから 鼓動も脈も感じられないけれど 深い眠りに陥らないように 目蓋を閉じる力さえなく 半分開いたまま浅い眠りを続けよう ---------------------------- [自由詩]燕よ/そらの珊瑚[2018年5月9日10時12分] まぶしいのは ずっと目を閉じていたから そこは優しい闇に似た架空世界で 行こうとさえ思えば深海にも 宇宙にも 過去にだって行けた あのスカートはどこにしまっただろう 青い水玉模様 くるくる回れば 小さな隠しポケットの奥底で 飴玉がかささと謳った 芽吹きの気配はいつのまにか隣に来ていて、だから 一年ぶりに目を開けてみようと思った 生まれたばかりの柔らかなみどり葉 空を目指して 風に震える 現実は 指で触れれば千切れてしまいそうな 光まみれであることに驚く そして雨上がり 燕よ、燕 低く鋭く飛行し なにものにもぶつからないことが 魔法みたいに ただまぶしいから まばたきを繰り返して わたしは長かった夜を忘れそう ---------------------------- [自由詩]猫次郎/やまうちあつし[2018年5月10日17時27分] 助手席に猫がいる 仕事を終えて帰ろうとすると どこからかやって来て そこへ座る 猫といっても猫らしくなく 長靴など履いて シートベルトもきちんとしめる 近くの事務所に勤めているらしいが 帰る方向が一緒なので 便乗させてほしい、という 猫がそんなこと言うなんて、 いぶかしいので戸惑った 何より私は猫アレルギーゆえ 帰りのバイパスでもずっと くしゃみをしっぱなし、なんてごめんだし けれども思案する私にかまわず 猫はちゃっかり乗り込んで 出発を待っている こうしたわけで 助手席に猫がいる    ☆ 初めのうちは会話もなく くしゃみばかりが車内に響いた ところが少し言葉を交わしてみると 猫は存外常識がある 職場の同僚たちよりも よっぽど物がわかっている 天気の話、政治の話 病気の話、神話の話 会話は殊の外、弾む そして我が家のガレージに 車を停める段階になると 猫は決まって眠っている すうすうと寝息を立てて あんまり気持ちよさそうなので そのままにして 夕食後に残飯を持って車を覗くと 姿はない こうして猫と私の 奇妙な帰路は繰り返された    ☆ あるとき猫は言う 「あなたはどうも  いろんなことを知ろうとしすぎる  いきものが生まれて  この世を去るまで  知るべきことは  ひとつかふたつでいいものさ  そのひとつかふたつに  いつまでもおどろいていられることが  しあわせということの秘訣じゃないかな」  猫はそう言ってティシューを1枚取り  鼻をかむ  そうして言う 「しっけい」    ☆ 猫との帰路が日課となって しばらくのこと 話があった 転勤になったという 猫の事務所が国内の 何箇所にあるのか寡聞にして知らないが わりと遠くの支店に異動になったとのこと あるいは海外かもしれぬ あるいはこの世の外やもしれぬ 転勤前最後の帰り道も湿っぽいことはなく それがまた猫らしかった 送別会でも、と言いかけたが思いとどまり いつものように眠りについた猫に 自分のしていたネクタイを外して 締めてやった    ☆ それからまもなく 私は猫を飼い始めた 同僚とも何とかうまくやっている 猫からの便りはない いまごろどこかの事務所近くで 誰かの助手席に腰掛けているだろう 私は猫をなでながら そんなことを想う くしゃみはもう出ない     ---------------------------- [自由詩]みあげれば星、みおろせば街灯り。/秋葉竹[2018年5月19日1時20分] 星の光が時を教えてくれる。 まだ1週間もたたないから 山頂から見た星をおぼえている。 夜風はまだ少し冷たくて、 あなたは小さな声を、 (寒い) 僕をみあげてそっと唇からこぼす。   星は かけがえのない刹那の煌めきを 僕たちふたりのみつめあう時間に ふりそそいでくれる。 蒼い繊月(せんげつ)は 割れちまった 蒼いガラスの花瓶の欠片の繊細さを 僕たちにおしえてくれる。 遠く地表に網の目の街灯りを眺めながら、 ふたりてのひらを、しっかりと握り締めあう。 せめて夜が明けるまでは ここで、 星たちのおしゃべりを聴かせておくれよ。   いつの時代も、 ゆっくりと歩くことを忘れないで、 つらい目にあっても、新たに笑いなおし、 新鮮な1日は、そうすれば、手に入る。 ---------------------------- [自由詩]風と水/木立 悟[2018年6月8日17時50分] 霧と緑と 夜に立つ巨樹 空と地を埋め ひとり高く 低い曇の下 平原を 草より低い影がくぐり 最初の雨を引き寄せている 夕暮れのかけら まとわりつく糸 青空と涙 砕かれた虹を昇る子ら 湖のむこうの白い塔 檻のなかの三羽の鳥 曇が曇を繋ぐ音 本の上に揺れる鍵 径にさざめく景から景へ 機械の教会が倒れては消える ひびわれた陽を貫く気球 昇ることを止めぬ子ら 明るさの渦に挿し入れられる手 白く小さな板の群れが いつか忘れた言葉たちとなり 夜の樹の根にかがやいている ---------------------------- [自由詩]帰路の夕景/腰国改修[2018年6月16日18時18分] 風が吹いていないのに 道路沿いに植えられた背の低い植物群が 多分、何百万枚もの小さな葉を従えた 何万本もある細い枝を 台風が過ぎ去ったばかりのように すべて同じ方向に振り上げているのだ まるで、全員でほらあそこを見ろ 初夏の星座の何とかだ! 馬鹿らしくて私はそれでも見上げた 夕暮れ真っ青な東の空を背景に 小豆色の電車がいつも通り美しく 騒音を立てながらけたたましく 京都に向かって走り去って行った 夏なんだ ---------------------------- [自由詩]夜の国の些細な出来事/腰国改修[2018年6月24日22時36分] 猫のように飛べたらいいのに 草原を這い進む低空飛行で ミステリーサークルを君に作ろう 気がつくとひとりで夜汽車を見つめて オーンオーンと長泣きする 疲れたから全部を垂れ流して 引きずるように駅へ向かうのだ ゆっくり、ゆっくりと 濁り血を流し内蔵を引きずって 全ての履歴や愛別離苦 一つ一つ捨て去って 骨だけの私は猫 無人改札を通り抜ければ 夜汽車が優しい シュルシュルッと客車に入って 私は抱かれる一つの骨壺 誰だってそうだ 最期ぐらい安心して 『永遠』と言う名の ブルーの夜河ような汽車に 静かにぞっと揺られながらゆく ---------------------------- [自由詩]サバンナの光と液/渡辺八畳@祝儀敷[2018年7月2日19時18分] 半粘性の液がとくとくと垂れ流れている 青緑の、今は白反射な広野に透き緑な液が注がれている 心地よく伸びる地平線に赤若い太陽は沈もうとしていて 斜度の低い残光が針としてサバンナを走り抜ける その針が地を漂白してまぶしい、太陽も地もその日の終わりに輝いている 美しい、上へ下へ広がっていく空間もまったく美しくて 美しくて、美しくて、気持ちがいい 流れる液体は動物たちであった ゾウもキリンも、今日はもう終わりなので自ら溶けてしまったのだ それぞれの背丈から湧き出る瑞々しいとろりとしたうるわしい緑の液体 見るだけでもひんやりとしてくるそれが大地を潤していく 太陽がてっぺんのうちはライオンもカバもめいめいに動き回っていたけれど 日が終わるころにはどの動物もその場に立ち止まって サバンナの荒い木のよう体を溶かし液体に変わって流れていく とくとくとリズムよくすがすがしい液体翡翠 傾いた太陽からの光がそれを通過して刺さるのも気持ちがいい 目の前にアカシアの木はなく 滑るように心地よく地平線が伸びていてもはや快感そのものだ 上から流れ落ちる液体の中で私は潤っている たぶんこれはハイエナだった液だ、なめらかに私の縁を流れていき 私が立つ、少し粘りのある緑色な液体が垂れていくこの大地も潤っている 今日はもう白く焼けきった、カラカラな草も潤ってきれい 透きとおる液体に包まれて私もやわらかくなっていく この中から見る沈みかけた太陽は宝石のようですごくきれい 美しい、美しい、なにもかもが美しくてきれい 太陽が昇れば動物は動き出して 一日がまた始まるのだ ---------------------------- [自由詩]西日/為平 澪[2018年7月16日21時43分] 一日の終わりに西日を拝める者と 西日と沈む者 上り坂を登り終えて病院に辿り着く者と そうでない者 病院の坂を自分の足で踏みしめて降りられる者と 足のない者 西日の射す山の境界線で鬩ぎあいの血が 空に散らばり 山並みを染めていく そこから手を振る者と こちらから手を振る者 「いってきます」なのか、「さよなら」なのか 西日の射す広場で押し車を突く老いた母と息子の長い影を またいでいく、若い女性の明日の予定と夕飯の買い物の言伝が 駐車場から響いてくる 私の額には冷えピタ 熱っぽい体にあたる肌に感じる暮れの寒さ 胃の中に生モノが入っても消化していく胃袋 そういうものについて西日が照らしたもの、 取り上げていったもの、 一区切りつけたもの、 誰かの一日が沈み 何処かで一日が昇っていく その境目のベンチに腰を下ろし 宛てのない悲しみについて思案する 陽に照らされた私の左横顔は 顔の見えない右横顔にどんどん消されていく ツバメがためらわず巣に帰るように カラスに七つの子が待つように みんな家に帰れただろうか ヒバリは鳴き止み アマガエルが雨を呼ぶ頃 暮れた一日に当たり前たちが  安堵の音を立てて玄関の扉を閉めていく 生きる手応えと 生ききれなかった血痕を吐き 私もまた鳥目になる前に  宛てのない文字列を終えなければ 影絵になって消えていった人に 「いってきます」でもなく「さよなら」でもなく 「またいつか・・・」と  その先の言葉に手を振るだろう 寂しさを焦がす赤い涙目の炎に射抜かれて 私も自分の故郷に帰れるだろうか 家族と仲良く暮らせるだろうか 蜃気楼に揺らぐ巨大な瞳が桃源郷を作り出し 酷く滲んで 私を夕焼けの下へと連れていく ---------------------------- [自由詩]夏の駅/腰国改修[2018年8月9日11時34分] 待つことになる約束などしなければよかった 待たせるような人を好きになってしまった 待っている間に雲を水平線を見ようか 暑い夏のこの駅で私はあなたを待つ そういえば乗降客はいない 気の早いアキアカネが目の前を過ぎた どれくらい待つのだろう 遠くで微かにごろごろと雷の音 一雨降ってあなたは雨の中 走りながらやってくるのでしょう 私は夏の駅であなたをずっと待っている ---------------------------- [自由詩]朝/R[2018年8月27日20時26分] 朝焼けから逃れ 倒れ臥した ささくれた木目に つらなる 鳥のまたたく気配に 髪の伸びる音は擦り寄り はぎ合わせた日々に刺さった あかい 年増女の怒鳴り声が ふるえる 二重ガラスはあたたかい 五分後のアラームをコーヒーに注いだ 歯車の着ぐるみは 黒服を邪魔してから 鮮やかになりつつある ビル風を追いかけてゆき 寸足らずのカーテンを舐める しろい 乙女は首をかしげながら 無邪気に問い質し それから     私は 秒針を伝い   マントルに沈         下            し                た ---------------------------- [自由詩]真夜中の東京はきみの彩度を上げていた/青花みち[2018年9月29日17時23分] 瞬きするたびに肌を刻んで、わたしは大人になっていく。昔よりもぼやけた視界のどこかで、この街では星が見えないと舌打ちが聞こえた。ここも誰かの故郷なのだと、わたしたちは時々忘れてしまうね。この目が誰の輪郭もなぞれなくなる時が必ず来るのなら、ビルのネオンさえ蛍のひかりのように錯覚できる未来も連れてきて。そうしてきみの故郷が一番うつくしい世界だと、心の底から肯定してあげたいと思う。 ---------------------------- [自由詩]破裂/ミナト 螢[2018年10月16日10時41分] 空を横切るシャボン玉に映る 街は水槽の墓場みたいな プランクトンを浮かべた光だ 高層ビルが歪んで見えるから 手が届いたらタイムカードを押して ブランコを漕ぐ時間が欲しいな 腕時計の文字盤を隠すように ゆっくりと泳ぎまったりと眠る シャボン玉に風がビンタをすると ひゅるるっと消えて残した夜景が 水槽の中をひっくり返す 虹色の泡を固めたような ビー玉が転がる滑り台に そっと手を伸ばしポケットにしまう時 ビー玉の重さが中心に寄って 股間の大事な部分が膨れ ラッシュアワーで押される痛みに 誰ひとり気付かない冷や汗も ---------------------------- [自由詩]手袋はとってください/AB(なかほど)[2018年10月17日20時27分] やさしいひとが 笑えない世の中で 山河に吠えている 一体何と戦っているんだ 言葉を交わせないひと 心を通わせ合えないひと ひとつの世界しか見ないひと ふりかえることのないひと 論理、倫理の 完成された世界から 見下ろすだけのひと 見上げるだけのひと その見えないほどの隙間に 幾千億の距離を生み出すひと 目の前の幸せなことを 捨てていってしまうひと ひとの分だけ正解のある あいまいな世界で 相変わらずの僕は ぬるま湯の中で 流れける を続けてる 哲学なんて、文学なんて 呼ばない頃の心持ちで 流れける を続けてる やさしいひとが 笑えない世の中で 山河に吠えている 一体何と戦っているんだ それでも もっとやさしいひとが 壊れた土手を 治している ---------------------------- [自由詩]未詩・秋のはじまりに/橘あまね[2018年10月20日23時09分] 石ころになりたかったんです 道のはしっこで 誰の目にもとまらないように ときどき蹴飛ばされても 誰のことも恨まないような ちいさな石ころになりたかったんです たいせつな物は思い出の中には何もなくて いつも何かが妬ましくて 焦がれる感情を押し殺して 何も感じないふり 考えてないそぶり ちいさな陽だまりがあったんです 十月のささやかな午後みたいな もうすぐ死ぬ虫たちが集まって まどろみの途中で そのまま終われたら いいね なんて さみしくないよ なんて ずっと夢の中です 生まれてからずっと 覚めない夢の中です 熱病にうなされるように ちいさな細胞たちが集まり 大きくなりたかったのに 未遂のままがいいんです 何を為すこともなく ただ道端のちいさな石ころとして いつか誰にも蹴飛ばされなくなって 静かな風景の一部として うずもれていけたらいいんです ---------------------------- [自由詩]夜 /ゴデル[2018年10月23日18時26分] 秋が来て 少し硬くなった 夜と言う果実 その表皮を ゆっくり ゆっくりと 冷えたナイフが 削り取っています 水のような風が ダイアモンドの粒を 吹き上げながら 刃先へと運ぶので 熱くなることもなく ジーッジーッと 刻み続けています 空一面に 螺旋を描きながら 落ちてくる 細く長い 冷たい匂いのする 表皮 僕は 虚ろな胸から 硝子瓶を取り出し 頭の上で受け止めた それは瓶の中で それがそうであった もとの果実の形に 近づいていきました やがて 溢れそうになり 瓶に蓋をした僕は ポケットにそれを しまい込んだ そんな事情で 今 夜と同化した僕は 植物になっているのです。 ---------------------------- [自由詩]伝えられてきた言葉/帆場蔵人[2018年11月11日14時27分] 丹後富士の頂へ うろこ雲が巻き上げられていくと 明日は雨が来るといつか聴いた あれはだれの言葉だったのか 町を歩く人びとは明日の雨を思い 空を見上げることはないようで 誰もが今を足早に、昨日を思って 明日の天気をスマートフォンに 尋ねている 丹後富士の頂へ うろこ雲が巻き上げられていくと 明日は雨が来る 町が田辺藩と 呼ばれていた昔より さらに昔のだれかから 伝えられた言葉のひとつ 町を歩く人びとは明日の雨を思い 空を見上げることはないけれども 昨日の雨の記憶に心曇らせることがある 集落は水に浮かぶ飛び石になり 崩落が彼方此方で起きた 雨よ、静かに頂きを越えて 落花した花の傷口を 楚々と洗い流してくれ 時との旅だけがそれを 癒すのだとしても、雨よ 落花した花弁を歓びあふれる 場所まで流してくれないか 丹後富士の頂へ うろこ雲が巻き上げられていくと 明日は雨が来る、スマートフォンから 顔を挙げて空を見上げてそう呟けば 伝えられてきた 言葉はまるで祈りのように だれかの耳朶をうつ ---------------------------- [自由詩]月/はるな[2018年11月11日23時18分] 帰り道に空になった弁当箱に納めたのは月でした 夜の道路にころりと落ちて悲しくて これでは死んでしまうと思ったので それにしても十月は騒がしく 息は 吐かれるのを忘れられたまま コンクリートに隠されているのです あなたの頬が削げたように光るのは 光るのはきっと 月のない夜空の所為と思います ---------------------------- [自由詩]耳鳴りの羽音/帆場蔵人[2018年11月14日20時30分] こツン、と 硝子戸がたたかれ 暗い部屋で生き返る 耳鳴りがしていた からの一輪挿しは からのままだ 幼い頃、祖父が置いていた養蜂箱に 耳をあてたことがある、蜂たちの 羽音は忘れたけれど、何かを探していた 耳鳴りは蜂たちの羽音と重なり ひややかな硝子戸に耳をあてて 蜂になるんだ やみに耳をあて、描く、やみの先、花は 開き、一夜にして花弁は風にすくわれ 蜂は旋回しながら 行き先は知れない 妖しき宵の明星に惑い ジグザグ、ジグザグ、 風はすくわない どこ? いつかの夜に咲いた 花の手触りは、あたたかで 一層、孤独をあぶり出し 甘い蜜はより甘く、焦げた トーストみたいなぼくは いつもそれを求めていた 蜂になりたい なんのため? こころから飛び出した手、だれかの こころ、触れたい、花から花へと いくら蜜を持ち帰っても触れられない こころに触れたい、この硝子戸よりも あたたかいのだろうか、甘い蜜よりも 苦いものに、このこころを浸したいと 思えたときにはもう遅かった 一輪挿しにはまぼろしですら 花は咲かない、からの磁器は耳を吸いつけ 羽音は吸い込まれ、耳鳴りだけが返される 蜂蜜は女王蜂に捧げられるとしたら ぼくが追いかけていたのは 花ではなく女王蜂の面影だったのか 蜂に…… 朝の陽に焼かれて蜂は ベランダで死んでいた 女王蜂がいない養蜂箱は 死んでいる、耳鳴りだけの部屋 ---------------------------- (ファイルの終わり)