松岡宮のおすすめリスト 2017年7月18日13時48分から2017年9月20日21時56分まで ---------------------------- [自由詩]折り紙/やまうちあつし[2017年7月18日13時48分] 朝を折りたたみ 昼を折りたたみ 犬を折りたたみ 猫を折りたたみ 自宅を折りたたみ 通りを折りたたみ 横断歩道を折りたたみ バイパスを折りたたみ 街を折りたたみ 都市を折りたたみ 飛行機を折りたたみ 浜辺で ひとりの ひとと会う そのひとは 折りたためない やがて日が暮れる 夕焼けを折りたたむ 海を折りたたむ 世界は一羽の鶴だから 風を折りたたむ 音を折りたたむ 色を折りたたむ 心を折りたたむ ことばがわたしを 折りたたむ     ---------------------------- [自由詩]わたし の/ひだかたけし[2017年7月21日13時58分] 宙に 浮かんだまま 漂っている 意識 が ふらふら  ふわふわ   流れ続ける時のなか    痛みながら呻きながら    肉と繋がり   引き留められ  わたしの在り処を 探している 宙吊りで ふらふわわ 宙吊り の 行き場無し ---------------------------- [自由詩]キリモミングフィールド/かんな[2017年7月24日19時08分] ことばに小さなドリルで穴を開けていく。覗くとことばの裏側が見えるので試しにやってみて欲しい。小学生や中学生の夏休みの自主課題に合っているかもしれない。ことばを選ぶのが難しかったら、分厚い辞書や書籍を何でも良いから選んできて、目をつぶってパラパラとめくって決めるといいよ。夏休みの課題ならフィールドワークの方が良い?そうか、そうかもしれないね。それならば外に出てみてあらゆる物質の名前に触れてみると良いし、もちろんドリルで小さな穴を開けて裏側も覗くのも良い。キリモミングフィールドワーク、と名付けたいと思うので、ことばを最高に楽しむ夏休みを過ごしてね。 ---------------------------- [自由詩]錆びた星座の向こう/倉科 然[2017年7月25日22時28分] 神様が天の川の向こうから見ている 私の錆びた核を見ている 錆びが広がり崩れ落ちる私 天秤座の反転した夜空 その中の一粒を飲み干して 天の川向こうから見ている 星が一つ欠けて 私の何かも一つ欠けて。 ---------------------------- [自由詩]グレーピンクのモーツァルト/Lucy[2017年7月27日23時18分] 薔薇の蕾は美しい 少しづつ開いていく姿も この世のものとは思えないほど艶かしく美しい だが咲ききって たちまち黒ずんでいく花芯も露に 剥がれ落ちるのを待つさまは あまりにも見苦しく 痛ましい変貌を見ていられなく 8部咲きくらいのところで もう切ってしまいたい衝動にかられる 次の蕾のためには早めに切ったほうがいいのだが もう少し咲いていたいのにと 花が泣いているきがして ガラスのボールに汲んだ水に 切った花首を浮かべてやる 束の間の気休め 命の終焉を目前にして 潔く散り墜ちる前に 醜く変貌しなければならない 無惨な花の運命を 敢えて擬人化したくない 頭の中をからっぽにしながら チョキチョキチョキとハサミを鳴らす 今年初めて花を付けた コンスタンツェ モーツァルトという名前の品種 カタログを見ると花弁の数が100枚以上とある 蕾は意外に強い赤 開き始めると おとなしい薄い色 覗いても 幾重にも重なりあったままの花びら 全部開き終わらないうちに ハラハラ散ってしまうのだった ---------------------------- [自由詩]雨が続く夜/坂本瞳子[2017年8月7日19時59分] 最初は風だ いつもと違う風が吹く これから強さを増すと感じさせる 風がブルンと唸る そして陽光 青い空が翳りを見せる しばらくの静寂 静かに移動する雲 灰色が浸透し 雨垂が一粒 雨が一筋 何本も連なって そろそろ聞こえてくるはずだ 一本の線が天から放たれ地を射す ドドンと響き そして空が割れる音が続く 空の中で唸るような濁った音がしばらく続く 雨音は強まり 夜は更けてゆく 雷が線を描く 雷鳴が時折響く 緊張感が弱まることなく 朝を感じさせることなく 夜は深まる ---------------------------- [自由詩]波打ち際で泣く/かんな[2017年8月9日11時12分] 私は泣いた 君という海の波打ち際で 不器用さを 愛おしさから 短所に変化させたのは 慣れすぎた歳月と 甘えすぎた気もち 海辺に向かって 手を繋いだ瞬間を 覚えている あれから 私と君は共に泳ぎはじめ いつの間にか 私たちとなって 溺れている 君の信念を 君の考え方を 君のことばを 信じ切れずに 共に泳ぐことをやめ 足の引っ張り合いをした 私は、 今私は少しゆっくり 呼吸をはじめた 君の気もちが 安らかであるように 君の負担が 減っていきますように 君の大きな夢が 叶えられますように 君の不器用さが 愛おしさに変わるときに 私は泣いている 君という海の波打ち際で ---------------------------- [自由詩]卵かけご飯/ミナト 螢[2017年8月11日13時37分] 卵の割り方を失敗すると 崩れた黄身と白身のバランスが 太り過ぎた満月に見える その上に垂らす醤油の数滴は 血管のように浮いているけれど いずれこの卵も消化されて 新しい血管に生まれ変わる 雨の日も風邪の日も休まずに 栄養はしっかりと摂りましょう 茶碗に盛った白いご飯はいつも 富士山の八合目を目指して 温かくて柔らかい米が立つ 雪崩れのような黄色い波の 高さが解らなくなるまでは 音を立ててすするのが旨い 箸を揃えて山を下ると パラレルターンを繰り返す僕等 卵の殻が混じる朝が来たら それは誰かの涙なんだろう ---------------------------- [自由詩]旅立ち/kino125[2017年8月13日14時37分] 電球が一つ ユラユラ 何も感じない身体 手足に拘束具 鼻の頭が痒い 「小人さん 掻いて下さいな」 いつもカカシのタカシが言ってた きっと動けなくなるって 「私は好きで動かないです」 タカシは笑ってた 電球が一つ ユラユラ 今日はいつだっけ? 「小人さん 今日は西暦何年?」 そう言えば カカシのタカシが言ってた 「君は 全て忘れていくよ」 「忘れないよ 忘れたふりよ」 タカシは泣いていた 電球が一つ ユラユラ 寒い 「小人さん 毛布を掛けてくれない」 カカシのタカシは最後言ってたっけ 「君を 忘れないよ」 「小人さん 思い出したわ タカシさんに伝えて 」 「私も忘れないよ」「さようなら」 ---------------------------- [自由詩]外側の心臓/ミナト 螢[2017年8月14日13時19分] 恋に破れた少年少女が 涙を飲んで登る坂の事を 心臓破りの坂と呼んでいる 桜の花びらが頭の上で 残念賞の冠を作り 渡しそびれた手紙を破ったら 季節外れの雪が降るらしい 好きですの一言が駆けて行く セーラー服の白線みたいに 交わることのない明日は嫌い 君を相手に坂を登った人 今までどの位いたんだろう? 心臓破りの坂は昔は マラソンコースの途中にあった 胸がドキドキするのは久し振りに スタートラインに立ったからだ 鼓動の音を聞いて貰うために 心臓が外側にある気がする 答えを言わずにそっと抱き締めて 瞼の裏で盗んで欲しかった ---------------------------- [自由詩]送り火/忍野水香[2017年8月18日9時55分] 赤々と燃える送り火を眺めながら 今年も夏の終わりが近いことを知り 一抹の寂しさが、胸を過る 盆が過ぎれば間もなく 朝の空気が変わる 早朝、太陽が昇る前 ほんの少しだけ 軽くひんやりとした空気感 耳を澄ませば 遠くから 秋の足音が聞こえてくる 夏の終わりと 秋の始まりが交じり合う そんな季節の狭間は 吹き渡る風の所為か 心 此処に在らず 気がつけば 茜色の空に躍る赤とんぼの群れ 行く夏を惜しむように 自らの命を知るように 精一杯舞う姿は美しい 死者の御霊は迷うことなく あの世に帰ったのだろうか もしかしたら 赤とんぼの背中に乗って帰ったのかもしれない 頭上に舞う 数多の赤とんぼを見上げながら ふと、そんなことを思った ---------------------------- [自由詩]優しい人/Lucy[2017年8月26日19時57分] ガラスのように光るその蛇は 青草の影を躰に映し すべらかに移動していた 怖くはなかった わたしを無視して まっすぐ母屋に向かっていくので なんとか向きを変えさせようと 木の枝で 行く手の地面を叩くなどしても 意に介さず 速度を上げて進んでいく そっちへいったらだめなどと 無意味に話しかけたりしながら 小走りに並んでいったが 蛇のほうが一足早く するすると降りて行った庭先に デレッキを手にした叔父が 待ち構えていて それを振り回すこともなく 静かに一撃で仕留めた 一瞬体をくねらせようとしたが そのまま動かなくなった 叔父は蛇の急所を知っていて  それは後頭部(首の付け根) 少しも苦しませずに 死なせた 「母屋に入ったら大変だからね」と、 つぶやくように言って 退治した蛇を デレッキにぶら下げて さっき私と蛇が来たほうの藪へ 歩いて捨てに行くのだった ---------------------------- [自由詩]サキソフォンが夜の道を歩いていた/やまうちあつし[2017年8月26日21時28分] サキソフォンが夜の道を歩いていた あたり一帯高級な黒の絵の具を塗りたくったようで サキソフォンだけが金色に輝いていた 暗闇は光を理解しなかった 途方に暮れかけたころ 黒くて大きな人がどこからかやって来て サキソフォンをつまみあげた 金星と火星にあいだに 落とし物をしたらしい ひとしきり音のシーツを敷き詰めると その人はどこへやら去って行った ---------------------------- [自由詩]おかえりなさい/るるりら[2017年8月28日10時37分] 廃線になった駅のベンチに行ってください コスモスが揺れているのがみえますか だれもこない駅の伝言板に 「おかえりなさい」とだけ 書いておきました ベンチの下に 海の紙でできた封筒を隠しました 草の中にありますよ みつけてください みつけましたね。そうです。 中には、公園の地図が入っていることでしょう。 おさなかった あなたのために書いた地図です。 子供向け雑誌を切り貼りして作りました。 しようぼうしょの隣が公園です。 はしごしゃの絵も 貼ってあります。 目を瞑ってください あなたには滑り台もブランコもジャングルジムも見えるでしょう? トイレの位置まで書いています。 いま居る駅のベンチから 公園のベンチに移動してください。 そこに ぷれぜんとがあります。 わたしが いつも座っていたベンチへの道順を歩いてください。 なんども あなたと 辿ったように歩いて、 座ってください あなたが おなかのあかちゃんと一緒にみる景色は、 どんな風ですか? どなたがくださった風景なのか 母さんにも わかりません ---------------------------- [自由詩]ふるさと/寒雪[2017年8月30日18時30分] 真夏の太陽が 目に厳しい午後 思い立って アスファルトの上を 走ってみる 全力で 走ってみる 緩やかに 変わっていく景色 穏やかに 蘇っていく記憶 息が切れて 走れなくなった時 目からは 大粒の涙を 幾筋も流していたけど 悲しいわけじゃくて 奥底に眠っていた 思い出の数々が ぼくを通して 溢れ出たんだと 体はそこにはいないけど 心がいつでも 寄り添って生きているのだと 感じられた刹那 頭上の太陽に負けないくらい 笑顔で埋め尽くされた 表情に気づいて それこそが 拠り所なのだと 独りごちて 日が落ちないうちに 悲しいけれど さよならをした またいつか 走った時は 足がもつれないように 体を鍛えておこうと なんとなくだけど思った ---------------------------- [自由詩]羽音の思惑(かべのなかから)/ホロウ・シカエルボク[2017年9月1日22時24分] 殺菌されているような灼熱の中 塞がれてはいないが、とうに朽ちて 忘れられた路の、ひび割れた路面に おれが求めるうたはいつだって落ちている 摩耗したスニーカーの靴底で、?き集めながら歩いてゆく 忘れられたのは、意味を失くしたから 雑草と落葉と、小石と、苔に塗り潰されて 枯れた川のようにうねりながら いつかは自分だけのものだった到達点をまだ目指している 迷い込んだ風だけが、すべてを知っている通り 放置された自動車、元の色も判らないほどに錆びて もう回らないハンドルは、痴呆者の目つきのようだ 草むらで弛んでいた馬鹿でかい飛蝗が、俺の歩みに驚いて跳ぶ 夏に跳ぶ虫の羽音は、みんな仕掛け花火のそれに聞こえる 思い出したように鳴き始めるツクツクボウシ 巨大なアンテナの根元でピッチが怪しくなる つま先になにかがぶつかって、おれはそれを石だと思ったのだけれど 拾い上げてみるとなにかの肋骨だった、草を描き分けてみれば それがなんなのかははっきりしただろうけど… 入道雲はとろけて、先週ほどもはっきりとはしない 死んだ路の上の死んだなにか、それを見届けるのはきっとおれじゃない しばらく歩くとトンネルが見えてくる、草むらのなかに突然 そこそこ長いそれはたくさんの暗闇をくわえこんでいる 差し込む光が揺れているので、水が溜まっているのだと判る ポケットから小さなマグライトを出して照らしてみると 歩けなくもなさそうな一本のラインがあった そのままトンネルの中へ足を踏み入れる、光が届かなくなるところで まとわりつく空気はがらりと変わるのだ 少しだけぬかるんだ足元を注意深く歩いていると いつからか過去が語りかけてくる、それはいつも決まって とうに忘れてしまっていた些細な出来事で 時々立ち止まってなんとかその日付を思い出そうとするけれど 記憶の壁に掛けるカレンダーなどどこにもないのだ 時折吹き抜ける風は埃っぽく、閉じ込められた時が錆びついている コンクリートをすり抜けてきた水滴が溜まりの上でステップを鳴らす リズムは上手くない、だけど、それは永遠に鳴り続ける 巨大な音叉がひとつ振動した、その響きがずっと続いているようだ その中央で立ち止まれば、もしかしたら死なずに済むかもしれない トンネルの中で見るすべてはまぼろしだ ほんの少しだけ進むのを躊躇ったのはきっと笑い話さ 出口が近付くにつれ、眩さが迫って来る 自分がそこに向かっているのに、眩さは迫って来るのだ トンネルの出口で、あまりの光にしばらくの間目を閉じたままでいた 暗闇の中であまりにも長く長く、その成り立ちを見つめ過ぎたせいだ 路の両端から、刃物のようにすらりと伸びた薄緑の草が ゲートのような屋根を路の上にこしらえている、誘う 設えられた路は、訪れるものを誘うためにある 失われた路の向こうに、おれを待っているなにかがある もしも急いだら世界を乱してしまう気がして、葬列のように歩いた 荒れた舗装の上、狂ったような真夏がのた打ち回っている 顎の先から汗が滴り落ちる、すでに汗をまとっているような上半身 片手にぶら下げた水を一口飲むと、それが通過していく内臓をはっきりと感じる どこから来たのか知っているのに、どこが到達点なのか判らない、それだけで 漂流しているみたいな気分になる、そういう種類の心許なさ ウンザリするほどに緩やかなカーブを曲がりきると一匹の蜻蛉がホバリングをしていた 俺の姿を見ると、「待っていた」とでも言うように大きく上下し すっと前方へと進んで振り返った、「ついてこい」とでも言うように どのみち向かう方向は同じだった、おれはまた歩き始めた 蜻蛉は常におれの一メートルほど先を飛んでは待っていた それは本当に道案内をしているみたいに見えた、どこかの執事みたいだった ただ生える植物、ただ群れる動物たちの中で、俺と蜻蛉だけが違う種類だった 蜻蛉の先導は十分ほど続いた、そしてそいつが立ち止まったその場所には 草に隠れるようにして山肌にぽっかりと口を開けた洞窟があった 「またトンネルなのか?」冗談だったが、あまりうまくなかった 蜻蛉ですら知らないふりをした、「入るんだよな?」なにもなかったように俺は問いかけた 蜻蛉はさっきまでの記憶を失くしたみたいに羽を震わせて去って行った 洞窟の入口は釣鐘のような形状で、少し腰をかがめれば大人でも楽に潜れるぐらいだった 俺は迷うことなくその入口を潜った、このまま路を歩くよりずっと面白そうだったから スマートフォンのライトをつけて行けるだけ行ってみようと思った 穴は広くも狭くもならず、同じ姿勢のまま一時間ばかり歩き続けた そこからは少し傾斜がきつくなり、どこかから水が流れて来ていた 危ないかもしれない、と思った矢先だった、スニーカーの靴底は濡れた岩肌にさらわれ 洞窟の遥か奥まで滑り落ちた、スマートフォンはどこかで手から離れた どれぐらい気を失っていたのか、気づいたときには漆黒の闇の中に居て 水が流れる音を聞いていた、しばらくそれを聞いていたがやがて動こうとして 身体の自由がまるで効かないことが判った、首だろうか?麻痺しているようだった それはもうどうあがいても助からないことを意味していた、あれから… あれからどのぐらいの時が流れたのかもう判らない、長い年月をかけておれは死蝋化し さらに長い年月をかけて周辺の岩に溶け込んでいった、そのとき 数人かの意識がおれの中に流れ込んでくるのが判った、ああ、おれだけじゃないんだ 蜻蛉よ、おまえはいつからここでこうしているんだ おれはどこか近くに居るのだろうやつにそう問いかけた 微かな羽音が辺りの空気をくすぐった、またいつか やつが連れてくる誰かがおれたちの上に積もるのだろう ---------------------------- [自由詩]ペシェ/むぎのようこ[2017年9月7日0時13分] どこからもとおくの きみの手足をゆらす風の音 あめの、 裂いたひかりをまねる キュービック 点をつないで 線をえがいて、それからの ことは どうだってよかった ひだりの つめたくにごる雲のはし 睨んでは あっけなくついらくする陽の のびちぢみする 季節の トレパネーション 名前が 意味をなさないように ひとつのこらず 舌にとかして あわくなる夜のまにまに からだを浮かべてシュガー、 フロスティ まだ、あさが来ないから ふわふわと まとったままの夏も ぬげた窓辺から 順繰りにらっかする実り ほおばるのはゆめ、 いつも 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ても子伯母さんが居た てく一伯父さんも居た てくいち伯父さんは歯が再び生えて来たようだ 三階の部屋の明かりは付けっ放しで カーテンが開けてあった でも中には誰も居居なくて 我々は喫茶店でがらくたを注文する 夢の中でお婆さんが倒れて 現実の救急隊員がやって来る 新幹線が近くを通る喫茶店の周囲で 我々は裸祭りを見学した ても子がとも子に てく一が徳一に変わりかけた頃 私は目覚めた ---------------------------- [自由詩]末期的な日没/山犬切[2017年9月12日7時22分] 蝉の殻が凍る 日没 静電気だらけのコートを着る 日没 じゃらじゃら冷たい硬貨を取る 日没 人がすれ違う 人が追い抜く 人が追い抜かされる 日没 前の人が付けているマスクが白い 日没 あらゆる種類の糸が切れる感 日没 血の涙を流し電車が走る 日没 家の中でホームレスな気分になる 日没 過去の去来する未来へと 日没 ---------------------------- [自由詩]朝の日記 2017夏/たま[2017年9月14日15時04分] 八月に入って 夏の子が孵化した 春の子はカラスにやられて しばらく空き家になっていたキジバトの巣 避暑に出かけたカラスがいない間に 夏の子はすくすくと育った キジバトの巣は我が家のケヤキの枝にある 樹齢三十年余りのケヤキの 苗木を植え付けたわたしは六十五になって この夏ようやく長い夏休みを手にした カラスはもういない 思いっきり羽をのばしてどこへでも行ける そう思ったのに 朝夕にベランダに立って夏の子の子守をしている ひと月あれば夏の子は巣立つ このわたしもぼちぼち巣立つ歳になった 親に追われ 自我に追われ 北の亡者のことばに追われしながら生きてきた あとはもう追いかけるばかりの余白が残された とりあえず家事を覚えなければいけない 雨戸の開け閉めと布団干し 洗濯物のあと片付けと風呂洗い 炊事洗濯はちょっと無理かも……まあいいか 九月に入って夏の子はふいにいなくなった あくる朝の枝には子をさがす親がいた 元気に飛び立つそのすがたを見送ったわけでないけれど 夏の子は風に追われ 自我に追われ 晩夏のことばに追われて一気に巣立ったはずだ もう二度と出会えないだろうし 紅い瞳になったら見分けることもできないだろうし でも夏の子は覚えているかもしれない 生まれたままのわたしの瞳の色を 残された余白にちいさく誠実と書く ただそれだけを追いかけて 今日を生きるひとでありたい カラスは、もういない ---------------------------- [自由詩]その井戸/為平 澪[2017年9月17日6時33分] 夜、仏間でおつとめが終わり最後の合掌を済ますと、決まって 庭の古井戸から、ぽちゃり、と何かが落ちて、沈んでいく音が する。          ※ 私の中に井戸ができた。悲しいことがあるとそこに、 〈 〉を投げ込んだ。深い井戸だし、水もたっぷりあ るように見えた。その証拠に井戸から続く蛇口をひね ると、井戸に投げ込んだ〈 〉からは〈 〉とは思え ないような浄化された湧き水が飲めた。私の他に井戸 を持っている人がいなかった。みんなが持っているの は、ため池だったので、日照りが続くと水がなくなり、 村人は、池に自分が捨てたものが見つかるのを恐れて、 私の水を分けてくれるよう、手を合わせて懇願した。 はじめは私だけ井戸を持っていることが気持悪いと言 っていたくせに、みんなにはため池がないと生きては いけないらしい。私は井戸から〈 〉を取り出して村 人の一人一人に、分け与えた。〈 〉は、井戸に尽きる ことなくあるように思えた。〈 〉がある限り、私はと りあえず、ため池の身代わり程度に、村に居られる理 由もできていた。ところが、私の井戸に飛び込む自殺 者がいるという噂が出回り始める。それからは噂だけ がどんどん口汚い罵りをあげて飛び込んで行き井戸の 底を汚していく。村人は、笑顔で残念そうな声をあげ て、私の井戸の〈 〉は、汚れすぎて用無しだという。 そして、「これ以上自殺者を出さないために」などと、 煽り文句のビラで、井戸の〈 〉を、ますます、埋め 立てていった。数日後、役所から私の井戸の入り口を 完全封鎖するための赤銅の厚い鉄板と杭が届けられる。 私は、真っ黒な井戸の底にある〈 〉に向かって、何 かを呟きながら、そのまま、飛び込んだ。   ※ 夜、私のいなくなった仏間に名前のない人たちが連なって心経 を唱えている。黒い仏壇には出来立ての小さな私の位牌があっ て、白い影の人たちの声が終わると、庭の古井戸に名のある人 が、ぽちゃり、と何かを沈めては含み笑いを残して去っていく。 ---------------------------- [自由詩]ウッドデッキの細い隙間に/Lucy[2017年9月19日21時35分] ウッドデッキの 木と木の間の細い隙間に 花びらがすすっと入っていくのを見た 少し離れたところから 目を凝らすと虫が抱えていたようだ 蟻にしては大きかった ごく小さめの細身の黒っぽい蜂のようだった こんな隙間から入って 中に空洞でもあって 巣作りしているのかもしれない ウッドデッキの 細い木の隙間に 殺虫剤を吹きかけたのは私です 翌日またもや花びら抱えた蜂が 入っていくのを見てしまったので 明らかに蜂だった こんなところに巣を作られて 蜂が大量に出入りするようになっては困る 一時間ぐらい後 その細い巣の入り口に止まったまま ちいさいバラの花びら抱いて 動かずにいる蜂がいた どうして見つけてしまうのか 哀れな生き物の物語を 自分の罪を私は目撃してしまうのか 長い間困ったように 途方に暮れているように かわいそうな蜂はじっとしていた ---------------------------- [自由詩]グレー/花林[2017年9月20日21時56分] ねえ みんな うちのパパとママみたいに 仲良くなってよ 僕はグレー 白と黒から生まれた パパはサッカーの方が ママはラグビーの方が好きだけど いつも三人で一緒に応援するんだ 世界中にそんな風景が増えていくといいな… 「グレー、マンデラ大統領が出てるぞ…。」 そう言われて、僕は画面を見た 僕の名前は おじいちゃんがつけてくれた ヒントは「絵具」と聞いて 僕はピンときた 白と黒を混ぜるとグレー 白も黒もグレーも「絵具」 きっと色は違うけど みんな「絵具」なんだよって。 みんな「人間」なんだよっていう メッセージが こめられているんだ! …そう言ったら おじいちゃんが僕に目配せした だから僕は 今日も誰かの肩を叩いて聞くんだ 「僕はグレー。僕の名前の意味を知ってる?」 ---------------------------- (ファイルの終わり)