松岡宮のおすすめリスト 2016年12月12日21時04分から2017年6月20日19時23分まで ---------------------------- [自由詩]瞬く聖域/もっぷ[2016年12月12日21時04分] 見た目に少なくとも毒はないらしい わたしの顔立ちを思ってのこと とにかくおまえは黙っていろとのアドバイスは おとこ友達からしばしばもらっていた ちゃんと頷く、そしてみんなで遊びに行った 飲み屋だったり もっと大勢の見知らぬ人々のなかへだったり わたしは忘れっぽいし 言いたい言いたい言いたいことは たくさんできる その場で過ごせば過ごすほど ゆるされる時代が終わってさいわいなことに わたしはアルコールが先天的に無理だった つきあいからは自ら遠ざかりそしていまさびしくてたまらない あと一つのアドバイスも思い出す たばこは似合わないよ 老若男女を問わずに気にかけてくれたことだった 案じてもらえて それを 蹴っ飛ばしてきて いまさらどこへ、かあてもない ブラームスの話をぶち壊してクセナキスだケージだ言う場は 失ってしまってから ブラームスのほうがよくなった けれど いつの頃へもとくには 戻りたいとも思わない そしていまさびしくてたまらない ---------------------------- [自由詩]凍る世界に/レタス[2016年12月14日17時10分] 此処には見えない風が吹いている どうしてなのかぼくには解らない 失った物も失われた物も解らない 石が転がり 葉は失われた ぼくにはそれしか解らない 落ち葉がトランプのように散らばり 北の風に舞ってゆく 社会という組織から放たれ 自由を得た 渓流の魚のように透明になり 誰にも見つからないようになってしまった 孤独を恐れない存在になってしまったのだ 冬の渓流は冷たく 生死を賭けた世界だが 多分来年の春は迎えられるだろう ---------------------------- [自由詩]二十年/水宮うみ[2016年12月19日13時57分] 彼が世界を美しいと思えるようになるのに二十年かかった。 冬の風呂の暖かさを知るのに、夏の風の心地よさを知るのに、 青空の透明さを知るのに、草原の輝きを知るのに、二十年かかった。 ---------------------------- [自由詩]臼の陽の目/朧月[2016年12月25日12時01分] 外に臼がほしてありました もうすぐもちつきだからです 家族はそれぞれに白い息をはいて うったり うたれたり 白くて柔らかいもちを 家族の手でまるめて 少しいびつなそれは 部屋に飾られるのです だれの手で編んだもちか なにを包んであるもちか お正月には それぞの碗の中におさまるのでしょう 臼はただ 毎年の光景を思い出しながら陽をあびているのです ---------------------------- [自由詩]病巣/ひだかたけし[2017年1月16日19時38分] 月見草 銀に揺れている 透明な水流になびき 引き寄せられ 傷んだ身体 俺は引きずっていく 引きずられていく 寒風吹き荒ぶなか 青、蒼、碧 陽光余りに眩しいこの真昼 俺のジガは弱り果て 腹底から突き上げ 皮膚を内から 引き裂こうとする、 不安恐怖 恐怖不安 剥き出し顕わ シシシと笑う嘲笑う 己の喉ウゥと呻き 俺は苛立ち焦燥に駆られ よろけゆらゆら歩み行く 立ち止まったら最後 を自覚しながら ひたすら前進 脂汗のなか足運ぶ 消えはしない 肉の痛苦は軽減されても 決して消えない この病巣、魂の深淵。 ---------------------------- [自由詩]狂馬/春日線香[2017年1月29日10時17分] 懐で古銭をじゃりじゃりさせながら 暗い大通りを歩いていく 多くの脇道が横に伸びていて かつてここを一緒に歩いた人が 上から見ると「馬」の字になっている と教えてくれた町 何百年も前に大火のせいで 見渡す限りの焼け野原に変わったという その大火の前日に 大通りを北から南へ一頭の狂馬が駆けた 町人、武士、子供、乞食などなど 多くの者がそれを見送った ようやく火が消えて落ち着いた頃になって あの馬は災厄の前触れだったのだと まことしやかに語られた 今その大通りを 懐で古銭をじゃりじゃりさせながら 北から南へ歩いていく 幻の狂馬が駆けた 馬の字の町 ---------------------------- [自由詩]はれるや/次代作吾[2017年1月30日2時44分] 照るもる 本懐セルカ試合 もうてんの ぱっついちのちの 本懐セルカ試合 らーめん チャーハン 餃子の安穏 経て経て のいちのやりとり それがにちにち じゅうねん にじゅうねん ポケットのなかには 静脈とさんぴん茶 ぐるぐる ぐいんぐいんに 流れる音に みみをあてて ドドドド ドドドド 音階は贅沢 下水と、んさ おんなび おんなじ、 めるけるは はいしんけるてる のーてんの はれるは はれるや ---------------------------- [自由詩]+2℃/青の群れ[2017年2月6日16時38分] そうや、おらんかったね 自分以外の人がいる居間は暖かかった 冷えたこたつの中で丸く、眠るその影に小さく蹴りを入れても 明日もそうだろうね、言い訳することもないよ 灯油を乗せた車の音楽が響く町 厚手のニットを着たり 長袖のヒートテックを着込んだり ウールのコートをまとったりする わたしたち寒さに抵抗するすべを持っていないから 無意識のうちに冷えていく 冬の寒さにも、夏の暑さにも 血は流れ続けて常に温度を交換している 7年もあれば体の細胞はすべて入れ替わるらしい お昼の情報番組のことなんてすぐ忘れてしまうけれど 忘れられないとおもっていたことを考えない日が増えたこと ブラウン管のテレビが点いたときの音 チャンネルを変えたときのノイズみたいなものに気づく 今観てるんやから変えんとって 観てへんかったやろ そんなやりとりをしていたはずだったのに ゴシップにも非常事態にも興味はなかったからテレビはつけているだけだった 人の話し声やCM前のジングルがBGMになって 朝の占いだってそう当たらないから 出来ないこともそうやって確かめたいだけ 階段の下から聞こえない声、軽々と割り切れないな 古紙回収の車のスピーカーにガムでも詰めておこう 埃の被った古い姿見に映る姿に記憶を重ねている 目を瞑って夏の日の時計の針が小さな穴を空ける うずくまっていたひとはいつのまにか姿が見えなくなった エアコンの付いた部屋、空気の音 4Kディスプレイは静かにニュースを伝えているけれど 暖かい部屋、注がれ続ける光たちが遮る ---------------------------- [自由詩]ひかり 言葉/木立 悟[2017年2月22日11時38分] 水音のなかに 時間が並ぶ どこを切っても 倒れゆくもの 耳元の螺子 洞の夢 すぎるかたちの声たちが すれちがうたびに語りあう 勝者も無く花冠は増え 言葉も無く言葉は増える 針の雪 川に降り 流れない 鳥の影 亡き草が 原と砂をすぎ 夜明けの街の ひとつの窓の灯りを見つめている 風と羽のさかいめに 壁と壁と壁のはざまに 封じたものを解くように 枯れ木は重なり 身をくねらせる 川の水は増し 緑になり 金になり 呑みこまれるかけらたちの 変化に呼応し かがやいてゆく 動く音 ゆうるりと 曲がる音 ゆらめくものを振り返る影 流れに映らず 飛び去ってゆく ---------------------------- [自由詩]悲しみの展開図/ただのみきや[2017年3月1日18時06分] 大きな箱だった 膝を抱えてすっぽり隠れられるほど そんな立方体を展開図にして 悲しみの正体や理由 いちいち解説してくれるけど 「まったくなぐさめにならない」 そう言うと  《なぐさめる気などサラサラない》 と返してくる 工作道具を持ち出して 先生みたいに偉そうに指図する  《そこハサミで切って そこテープ貼って―― 》  《切って/貼って/切って/貼って/斬った/張った/斬った/張った/ 》 小学生じゃあるまいし 小学生から苦手だったけど 「面倒くさい あんたやれば」  《自分でやらなきゃ意味ないだろう》  《その辺のことば全部マジックで黒く塗りつぶして あとそこのシミも》  《そことここ こんなふうに書き込んで―― 》  《汚い字だな……ペン字でも習ったらどうだ》 ――うるさい 「キーを叩けばJIS級だよ! 」  《じゃあ仕上げだ 大好きなものを三つ選べ そして  その絵を空いているスペースいっぱいに描いて描いて描きまくれ》 絵は苦手だけど  まあ いいか 雲だな ひとつ目は ずっと眺めても飽きないから 次はリンゴ こどもの頃から大好き 真っ赤なやつを丸かじりするのが最高に幸せ 最後は 猫 かな 一度も飼ったことないけど アパートで育ったし 大人になっても結局アパートだから ――よし できた  《――なんで太陽から棒が出てるんだ? 》 「リンゴ! それは」  《雲とリンゴは分かるけど どうして悪魔なんか…… 》 「悪魔じゃねえ猫だよバカ! 」  《――猫? どう見ても地獄の鬼だろう》 「ネコ!ネコ!ネコ!ネコ!ネコだよブタ野郎! 」 四の五の言っているあいだに作業は終わり 展開されたものを もう一度 立体にする 悲しみの箱 少しだけ 小さくなっていた まだ両手で抱えるほどの大きさだけど もう中に隠れることはできないようだ 雑な切り口やテープの痕の不細工さが目立ったが ところどころで 大好きなものたちが励ましてくれていた 不器用にだけど 生きて来れたのだ そう思うとなんか笑えて  スンときた 「ねえ もっと悲しみ小さくならないの? 」  《悲しみだって大切にしろ》 私のフィールドに春はまだ来ない だけど冬将軍だってもうヨボヨボなんだ 重ねたものを一枚ぬいでみた ここちよい冷やかさが 頬を  張るような 撫でるような                 《悲しみの展開図:2017年2月28日》 ---------------------------- [自由詩]音楽/DFW [2017年3月13日22時09分] 音楽は子供組が舐める風邪シロップみたいなものなんだって 遠い昔にいた偉い人がそう言ったんだって いつかのあなたがぶっきらぼうに教えてくれた わたしは中古の楽器を担ぐあなたについてまわった ずっときらいだった近所の遊歩道は あなたと歩くたびに好きになっていった あなたはきっとあのときもどのときも 斜め後ろにいたわたしにではなく 茜色に染まってビルの切れ間に燃え尽きてくオゾンや 夜空に散らばる星と星をでたらめに繋いで遊んだものに 問いつめた定義を その場しのぎに 安穏なアンソロジーから庇っていた わたしはなにもかもが台無しになるくらい粉々に風邪シロップを噛み砕いてしまい 最果てに揺らめくすべての音はあなたの声でしかなかった ---------------------------- [自由詩]悪夢再び/ひだかたけし[2017年4月15日13時28分] 内なる外が押し寄せて来る 外なる内が押し寄せて来る 誰もいない、繋がりはない  白い空間奥まる深夜 圧迫され窒息する 深みへ奈落へ落ちてゆく (揺れ震える肉の魂) ぬらりと赤い舌に呑み込まれ 機械工場鋼の響きの連打、連打! ゆらり迫る闇の工員 剥奪される私の自意識 空虚を埋める匿名の物、 物たちの侵入は無差別に 物物物物物物物物物物物物物 物物物物物物物物物 物物物物物物物物物物物 物物物物物物物物物物物物物物物物物物 物物物物物物物物物物物物物物物物物物物物 埋め尽くされ埋め尽くし 恐怖の裂け目開く 乾き切った舌を出し 叫んでいる、叫んでいる 誰かの口が叫んでいる! ---------------------------- [自由詩]あしあと/虹村 凌[2017年4月27日22時38分] 実は二十七歳とか三十前とかに死ぬんだと思ってたんだ 別に悪魔と契約した訳でも無いけれど 気付けばおめおめと生き延びてる事に気付いたんだ 別にそれが恥の多い生涯でも無いけど さっさと和了って死にたいと言う人たちを横目に 寄り道をしながら流れ星でも待とうと思うよ それは射精にも似た甘美な匂いでした 真夏の夕方に飲んだラムネ越し覗いた空の様な もしくは飲み過ぎてしこたま吐いた後の様な 二日ぶりに倒れ込んだよく乾いた布団の様な 薄く黄色く青白い匂いを 音を立てずに肺にしまい込む それは何の匂いかわからないけれど もしかしたら煙草をやめて良かったのかも知れない 壊れかけた鼻腔の奥にある細胞たちが 少しずつ色を取り戻し始める それでもその匂いの先は想像ができない 来年の桜はどんな色でしょうか 再来年の台風はどれほど強いでしょうか 五年後の夕立はどんな匂いでしょうか 十年後の秋はどんな音でしょうか 季節を越えるとはどんな意味でしょうか 二人で湯船に消えていけるでしょうか 今日も交差点で悪魔を探していますが 煙草をやめてしまったので 上げる狼煙がない事に気付きました あなたは見つけてくれますか あなたの匂いを辿って そちらまで ---------------------------- [自由詩]花残り月/1486 106[2017年4月29日21時41分] 脇目も振らずに走ってきたよ 余所見をしている余裕はなかった 家と会社を往復するだけの毎日 ケースに入れたままのギター 若者の音楽を受け付けなくなって 大好きな歌も歌えなくなっていた しばらく連絡を取っていなかった あの人のことを思い出したのは 病院からの電話を受けた後 いつでも会えると思っていた あの人に残された時間は僅か 気付けば三月が過ぎていた 桜の花びらは散る瞬間が一番美しいというけれど 汚く萎れてしまっても夏が来るまで咲いていてほしい 桜の花びらは散る瞬間が一番美しいというけれど 小さく萎れてしまっても秋が来るまで咲いていてほしい 久しぶりに顔を合わせたのだから 文句の一つも言えばよかったのに どうして謝ったりするんだろう 見違えるほどに痩せてしまって きっと物凄く苦しいはずなのに どうして笑ってくれたんだろう いつでも会えると思っていた あの人に会えるのはあと僅か 四月の二週目が過ぎていた 桜の花びらは散る瞬間が一番美しいというけれど 汚く萎れてしまっても冬が来るまで咲いていてほしい 桜の花びらは散る瞬間が一番美しいというけれど 小さく萎れてしまっても次の春まで咲いていてほしい 病院からの最後の電話 脇目も振らず走り出した もう一度あの人に会わなきゃ 桜の花びらは散る瞬間が一番美しいというけれど 小さく萎れてもいつまでも咲いていてほしかった 桜の花びらは散る瞬間が一番美しいというけれど それを見ることはできなかったから確かめようがないな 全てが終わって病院の駐車場 いつもは暗くて見えなかった 桜の花はずっと咲いていた 気付けば四月もあと僅か ---------------------------- [自由詩]洗いざらし/はるな[2017年4月30日8時43分] さて今日も花が咲き 往来はあざやかな灰色 卵を割る指に思いが絡まって ( ) シャツを洗い シーツを洗い くつ下を洗い はがれ落ちる自意識をかき集めてくり返し洗い 窓を拭き窓枠を拭き床を拭き 洗いざらした自意識をとりこんでアイロンをかけ 双子の卵を焼き パンを焼き かわいてしめる肌を焼く この夢は現実だ ビルが建ち バスが行き そらを鳥がすべる わたしは立ち 服をつけ いちど仰向く 一生かけて忘れようとおもう だらしなくて愛しいあなたのことは ---------------------------- [自由詩]ひかりの風/もっぷ[2017年5月4日12時16分] そとのあかるさは 風のように部屋を訪れる 異国の布の隙間からのエトランゼ 誘うように歌いながら もう春のワルツでなく 初夏、その一歩だけ手前の ひと時だけの静けさへの招待状(いざない) のように みえない世界をふと思う よろこびやかなしみを超えた そんな名のない感情が 移ろいを 淡淡と 淡々と 淡々と―― まだ私には毛布がいる/ある けれど 件の風がやわらかくひかりを ――応えるすべを思い出せない ---------------------------- [自由詩]北の桜/乱太郎[2017年5月6日18時08分] とっくに終わったよと あきれ顔で南の国に言われそうだが 待ちに待った開花だ 長かった冬に別れを告げる合図だ こんにちは 思い出を咲かせる 友よ ---------------------------- [自由詩]五月の犬/むぎのようこ[2017年5月13日18時03分] 日射しにぬるむ木蔭に焼かれた 横たわるしろい肌 くるぶしを舐める犬の舌のざらつき 渇いていく唾液とこぼれる光は すこやかにまざるばかりで手放しかたを忘れながら あたまをなぜてやる 季節は、みどりは生い茂り わたしたちは埋もれるばかりに あせばんで 鳶のように同じそらを旋回するばかりに はりつめては はぜるときを待つ種子のように 寝息をたてていた こどもたちのあそぶ声はとおく さわさわと葉に葉にささやかな ことのはをちりちりと 風に吹かせては降りそそいで おおいかぶさる影の ふちどりが 静かにもえている ---------------------------- [自由詩]十文字/坂本瞳子[2017年5月15日18時49分] 両手を広げてみる 手の平じゃない 腕を 肩を張って 手を肩の高さまで上げて 腕を水平に真っ直ぐに伸ばして 手の平は地面に向けて 身体全体で十の字になって 真っ直ぐに立ってみる 特に目的はないけれど ふらつかずに 目を見開いて 呼吸はゆっくり 息を吸ったり 息を吐いたり 気持ちを落ち着かせて ただしばらくの間 こうしたままで 立っていてみよう ---------------------------- [自由詩]途中からよくわからなくなった習作/えこ[2017年5月29日23時29分] 火の消えたタバコを自分の左手に擦り付けた それがせめてもの断罪だった 罪と知らず犯す罪は 知らずの内に他人の罪になった 償うことも 学ぶこともせず大人になった 誰にも知られず犯す罪は 知らずの内に忘れていた 罰も受けず 繰り返していた 白線の外側に爪先を踊らすあなたと 白線の内側で立ち竦むままのわたし 何が参りましょう 便利な鉄の塊か わたしが参りましたか 白線か白旗か 灰まみれの左手で白線をなぞる あなたの輪郭を描く もう 見えない ---------------------------- [自由詩]生活の粒子/葉leaf[2017年6月6日16時12分] 傾斜を下り刺し殺された命たち 多くの者は海の最果てで 多くの者は自明な住宅で この土地で地を這い工事していると 命たちが呼吸に紛れ込んでくる もはや死んだ命たちは生活の粒子 我々の生活で食われ捨てられ思い返される 駅で列車を待つ空白の一コマにも 生活の粒子は浮遊している 夥しく散華した命たちは ごく普通に我々と共に生活している そして我々の息を強め 我々の生き抜く糧となっている もはや聖でも俗でもない それらを超えた生活の粒子 我々は今もこの傷んだ大地で 失われた命たちを呼吸している ---------------------------- [自由詩]ガラス窓の向こう/「ま」の字[2017年6月10日20時52分] ガラス窓の向こうで 風が吹いている 木々の梢は風になびき 空を掃いて 葉が細々(こまごま)と翻る  くろく空裂く鳥の群れか とおい湖の 波間の影かの ごとく 音は聞こえない あれだけ葉が揺れても音が聞こえないとはどういう事かと 子どものようなことをかんがえる そうか 「こチらはすコし あタたかいか ということ は 「向かふ は サむいのでセウか? (これを益すに凶事を     もって す     ) ガラス窓の向こうは あいかわらず風が吹いている 工事現場の旗も揺れている 緑の十字 こちらでは 背を揃え考査を受けている生徒 八百八十余名 ---------------------------- [自由詩]紫陽花の坂/星丘涙[2017年6月12日18時44分] 繰り返される日々の中で 身も心もすり減ってゆく 紫陽花が咲く坂道を駆け下りる 雨色の風が頬を撫でる ここまで生きてきた どこまで行くのか わからぬまま 歩く 蛍火はなつかしく揺れ 故郷へと誘い 夢うつつに 絹の夜がわたしを包む 夏を待ちわびる歳でもない ただゆっくりと夏の訪れを眺める 校庭の隅 優しい雨に濡れ 咲いていた紫陽花 あれは はるか遠い道 故郷は何処に行ってしまったのか 帰りたい 帰れない あの故郷 今日も紫陽花の坂を下り 雨色の風に吹かれ歩いている ---------------------------- [自由詩]解体/渡辺八畳@祝儀敷[2017年6月20日19時23分] 無数にドライバーを突き刺され 美しきあなたの肉体よ 鋼鉄の逞しき肉体よ それが端から崩されていく 何百人もの工員があなたの上を這って いやらしく群がっては蠢いて そしてみずみずしい肉体を剥ぎ取っていく 指や足の肉片が 横たえるあなたよりも高く積み上がり 赤き血と粘性の重油が混じりあっては垂れる ああ、美しきあなたよ 長いまつげをぴんと張らせて 最後の時まで凛としている 肉体のいたるところに穴が開けられて 秘めたるモーターにもメスが入れられる 艶めかしく汁したたる動力よ それさえも今では取り外され がらんどうになったあなた ああ、あなた、あなた ついに頭部だけとなった 日に照らされ 鈍く反射する首の断面には 残されたボルトが傾いている ああ、あなた、あなた 崩されてもなお美しく 切り離された鉄板一枚一枚までもが艶やかで あなた、あなた 巨大な鉄球が勢いよく振り下ろされ 途方もないエネルギーがあなたに直撃する あなたの肉体は破裂するが如く一瞬で砕け散り あなたの破片は四方八方に飛散し あなたは一瞬にして消え去った もう何も語らない ああ、あなた それでも美しい ---------------------------- (ファイルの終わり)