tyのおすすめリスト 2004年4月18日5時00分から2005年3月29日6時09分まで ---------------------------- [短歌]腹の七糞/石原大介[2004年4月18日5時00分] うるせえなそれでも僕のたましいはゴムタイヤに詰めた散らし寿司なのだ もてたくてもてるふりしてもてまくりもててもててもててもててもてて 一日に一本限りのタバコのような君のスマイルのためなら おひさまがカレーを喰って昼下がり二人で蹴飛ばすボンゴの大地 コールサックですっ飛ばした銀河の欠片カラスが地面に降りそそぐのは 夏せまるスイカのようなおっぱいに我が城砦は四面楚歌かな さようなら僕の額の真んなかを潜望鏡で殴った女よ ミノテッポウレバーセンマイアカセンマイハラミハチノス腹の七糞 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]殺し屋ボルカ/m.qyi[2004年5月17日10時09分]    殺し屋ボルカ        車                        ボルカ        4つタイヤがあって        ぶうっと、        走る まず、車がどんなもんかなんて答えるのはむずかしい。でも、車がどんなもんか、ぼく(ら)は知っている、知ってはいるがよくわからない。お化けだな。お化けっていうのはよくわかんないから、お化けで、わかったら化けもんじゃないだろうけど、お化けのQちゃんもOちゃんもテレビで毎週ばけらったられるからには、身近な友達だ。悪魔とかけっこうやさしくいい奴なんだよなあ。まるで、100円ライターのような。 おかあさんが、魔女だったって知っている?だれにでもお母さんはいる、お母さんはやかましいけれど、鬼婆じゃなくて、魔女だったって知っている?身近にいる優しいお母さんが実は魔女なんだ。ふつーうの主婦なんだって、さ。最近知ったことなんだが、お母さんがどういうものか答えるのはむずかしい。 よく知っている自分の本体だったお母さんでさえ。 それにしても、そんな身近な友達たちの意味をぼく(ら)は考えることはできる、そして、ぼく(ら)は生きることはできる。殺されるかもしれないが生きようとすることはできるだろう、すくなくとも。   Rotehaendelと殺し屋とマッチと   注)煙草の名前:Rotehaendel   殺し屋が煙草を吸うとしたらどんな煙草を吸うだろう。   「ろーてへんでる」Rotehaendel、   赤いパッケージに手のひらが確か右から左を差している。名前だから意味はないだろ   うが、商い或いは交渉という意味なんだろう。パッケージ全体が赤くデザインされて   いるのでそういう名前なんだろうが、語の成り立ちが「手」からきているので、いか   にも殺し屋のもつ煙草らしい。パトリシアハイスミスはこの煙草を吸ったんだろう    か。フィルターなしのかなり強い煙草。リプレイは粋な紳士だが、この煙草を買う紳   士はいるまい。ブルーカラーの煙草なのだ。でも、パッケージのデザインとリプレイ   のイメージはよくあう。あれはRipley underground かThe boy who followed       Ripley、 著者はP. Highsmith。多分3年前だろう(現在2004年、もしかしたら   もう4、5年?)、亡くなった。本(伝記)が出ていたが悲しかったので買わなかっ   た。買えなかったのか。スイスが好きになった。 さて、実物の殺し屋ボルカの方だが、ぼくの勘違いでなければ街ですれ違ったことがある。その時は、ボルカが殺し屋だとはぼくは知らなかったし、あちらもぼくがマッチ売りの少年だってことを想像だにしなかったはずだ。確かに、殺し屋独特のやさしい目をしている人だったけれどな。喧嘩はしても人殺しはおっかないぼくは批評はしない。つまり、世界のゼンゼン違う二人がすれ違うとそれなりの余韻がのこる、耳に。ぶううう〜ん。 先の話だが、「注」のほうが「本文」より長い、本当はもっと長いのだろう。ぼくの人生だもの。しかし、三つの名詞には裏と表がある。裏がその「注」であれば、「表」は何なんだろう。 二、三年前の五月か六月のブドウ畑の真ん中のことだけれど、   青鬼と赤鬼の間に鉄の扉一枚 青鬼も赤鬼のことを赤鬼も青鬼のことを知らない。詩の中では鉄の扉は重く厚いが現実の中ではあんなにも薄いのだ。その薄いってことが鉄の扉なんだろうか。ぼくの書くことは、ぼくには解らない。ぼくを書いてはいるんだが、ぼくが書いているかどうか、ぼくは実際にぼくが書いているところを見たことはない。 そいうことがあって、古の妄想が脳みそをゆっくり走っていった;   画家のフランシスベーコンがアントワーペンの街角で飛加藤とすれ違ったそうだ   (調伏丸だったかもしれない。)   雪解ける晴天ルーブルに逃げ込んだ次郎吉は むかしむかし、ゲシュタルト心理学の応用だよって誰かが言っていたな。キュービズムの発展でピカソが焼いた陶器を見たりしていた。お皿の顔とか。そういえば、このやり方、彫刻ではとくに、絵画でもごまんとある、数えたことはないが。人気のあるもこもこモーアもこのワンパターンではないか。でも心理学の応用だってんだからいわゆるブンガクにだって使えて当然だろう。どうなのか。識者の御意見を伺いたい。心ってのは何かを予想しているものじゃあないか。ブラジャーを逆さに見てもおっぱいのアッタカイふくらみがよく感じられる。フェチな変質者は犯罪者かもしれないが、りっぱな芸術家なんだね。 そういえば、ふら語教師のマリーが言っていたが、北京のAFの前を通ると何の教団かしらないが、すーちゃんごーるじゅうすーちゃんごーるじゅうすーちゃんごーるじゅうと題目が聞こえるらしい。この繰り返しが3回を越して10回くらいになると、あら不思議、ひらがながカタカナになるよ、というのがぼくの説だが、スーチャンゴルジュスーチャンゴルジュスーチャンゴルジュスーチャンゴルジュスーチャンゴルジュスーチャンゴルジュ、そのうち、化けるぜ、入力して見るがいい、崇卯血矢濡語琉儒崇卯血矢濡語琉儒崇卯血矢濡語琉儒崇卯血矢濡語琉儒崇卯血矢濡語琉儒崇卯血矢濡語琉儒崇卯血矢濡語琉儒崇卯血矢濡語琉儒(完)。この教団から黒髪の妖艶な細身の支那服マドマーゼルが鼻にかかった声で「鯖!」とくれば、日本人が「鮪!」と目を丸くしてトルコ人が「ビアあン」と喜んだと言ってもあながち冗談じゃない。いわゆるチチバンが女性を象徴し、フランスを象徴し、外国人のフランスに対するイメージを象徴することは絶対にある。文脈を外してやると見えてくるものがある。ポップなインパクトってのはインダストリアルな構造に逆立ちしたスピリットを注入してやるところにあるのじゃないのか。チチバンにそれほど意味があるなら、車といえば、インダストリーの象徴だ。(そんなにおっきな声でいう事でもなけど。かもしれないよってことなんだ。車がママの魔術だったり、お嬢さんのリップステイックだったりすることは勿論あると思う。説明できないものなんだよ、説明できればお化けじゃないし、お化けじゃなければ騒がなくていいんだもの) m.qyiクンがなんとなくだが思うことに、客観性とか意味とか言うが、大変主観的な見方しかできない時代(世紀)に育って、相対的な価値観しかもてないぼく(ら)の詩は内面を突き詰めてもいい、というよりそれが当然だ、挙句の果てに、その内面は内容から言えば全くのからっぽなんだってことももっとわかってていい。じゃあ、どうすりゃいいんだろう? そこに共感したんだ。ぶっきらぼうに、「ぶうっ」というのは、こじつけにしたってなんにしたって、たいへんショウジキでジョウシキで、ぼくは偉いと思う。偉いだけじゃない、事実だ。車は実際に殺し屋ボルカの言うように走ってきた、歴史的事実を載せて、拳銃も載せて。 これだけ褒めて一言批判を言わせてもらえば、それで世界平和も何もないもんだろう。本気で言うならそんな簡単なもんじゃないだろう。突き詰めるという事はそんなもんじゃない。優しさだけじゃ、だめだ。(でも、NO.4は好きでした。) そんな事をぼくが言っているから、殺し屋の弾がこめかみを抜けた。目の裏をさっと白い平和主義が駆けていったが... (だから)「印象的批評ってのもカテゴリーに入れて欲しかった。」(わけがわかんないだろうが、さ、「ぼくの遺言」) 仕事が終わった殺し屋のボルカは赤い中古のボルボの重いドアを開けてゆっくり乗車すると、バタン、ブウウウ〜ン。 確かにバイオレンスだ。。。 御託を並べているうちに死んでいく人はたくさんいる(ボルカの気持ちがよく解る、殺し屋の気持ちがさ、気持ちの裏の裏の表の裏半分あたりの気持ちがさ。殺し屋と平和主義者はよく似合うなあ「ダイイングメッセージ」)。 たとえば、 ぼくはもうとっくに、ボルカにコメカミを打ち抜かれて、、、 「批評」もバイオレンスだ。ブウウウ〜ン。 「車の批評」もバイオレンスだ。ブウウウ〜ン。詩は感覚だけじゃないんだから... 考えてみれば往生際の随分悪い人生だった− な                                  (終) 御依頼先(ボルカ): http://po-m.com/forum/myframe.php?hid=130&from=menu_avg.htm ---------------------------- [未詩・独白]等高線/石原大介[2004年5月24日4時02分] ああ なんだろな これ 電子レンジかな グワワーて 風 ふいてるよ じつは すこしだけ (笑うな) すこしだけ あのこに似ていて 夜の雨が かやのそと で 今 気づいた しかし おれには 素足にサンダル ての 気に喰わないね だいたい ありゃいったい なんのまねだ? Really like ナホトカボマーて 青い 深夜のテレショップて あなたとかのじょの等高線は その後いかがおすごしですか。て おどる おどる しまうまに ほえる ほえる 三角タイツ ああ。 もうおれあ ねるべす。 おれあもう ねるべす。 ありゃいったい なんのまねだ? ---------------------------- [未詩・独白]でんごん/石原大介[2004年8月13日0時45分] でんごんくんがいた。「お金は余裕を持って置いておくがいいよ」。それは小さなオハジキだった。いろんな光と色が街灯にはねかえって、あしたの花火へいけないって思い出した。どうやってきみに伝えよう、でんごんくんだったら…? 台風? こんな月夜に夢みたいなこと言うな。もうおなかがいっぱいだよ。指の腹でたばこをざりざりして、ビワの種を庭に埋めますよ。赤土は黒い。すっぱい豚肉の苦い。猫が見ていた。いつだってカチカチ音がするのは、ぼくの頭のなかだけなんだろ? 帽子なら暑いし、似合わないし、いらない。 もう寝るよ。 ---------------------------- [未詩・独白]ムード作り/石原大介[2004年8月18日3時21分] かばんの中身を全部吐き出してしまってかばんは ムード作りが大切だよ 大部分の人にとっては 一週間で主の入れ替わる ビニール製の青い虫かご 太陽なんて きっと言葉が通じないよ かわいてますから と コメンテーター サンドペーパー (できれば四百番台の 精密ドライバー (止め具が付いているはずです  あるいはその  かばんには どうすれば 光沢が出るのかとか カビが付かないのかとか あるいはその かばんの命を常に ふかいところへ くらいところへ 追い落として行くその行く果てのぼくたち 流行りすたりの素人みたいな来年の夏 言葉が通じないから ---------------------------- [未詩・独白]霧カウベル/石原大介[2004年9月13日22時31分] 母親の 茶色い 誕生日の カウベルぶるさげ タバコが 寝間着すら持たず 財布で 夜と繰り出し 憾喚恨魂 ちっぽけな ヒメゴトを ロータリーを 寒肝困痕 かけめぐる おのが隈音にいらだち  総毛立ち 総毛立ち 総毛立ち 何一つ  思い至らず                       (間) たどり着いてしまった 探し求めていた オーデトワレの つぶらかの秋に 笑い止まらず ---------------------------- [自由詩]図書室/たもつ[2004年10月21日20時20分] 船の停泊しない 図書室には 匂いがない ブラインドの隙間から 斜陽 カウンターに落ちた 向こうで 司書が背中の羽を 二度動かす 白い付箋のはられた いくつかの椅子は 運ばれるだろう 明日という 不確実な日に あなたが文庫の本を 閉じる と 図書室も 閉じられてしまう ---------------------------- [自由詩]半ドアだよ、なにやってんの/示唆ウゲツ[2004年12月12日3時42分] 生きていても仕方がないとか 楽しみが全然ないの、とかうるせぇな それより、そのドリンクホルダーから 腐りかかったコーラを取ってくれないかい? 目障りな顔がすこしは優しくなるなら、かけてやるよおまえに すばらしい夜景なのとか 贅沢なことはひとつも好きじゃないの、とかうるせぇな それより、その赤いMDラックから 「病気がちなジミ(ヘン何だっけ)」を取ってくれないかい?(そうラベルに書いてある) 長くてまどろっこしいギターなら、おまえのボーカルも消えるかな なあ、降りるならドアくらいちゃんと閉めろよ ---------------------------- [自由詩]スーニャ/示唆ウゲツ[2005年1月17日6時11分] 今は意味の無い芝居が見たいのです 猫の名もキミの名も見分けがつかないのです うすべにの地平線を見渡しているのです これといって、意味のないことですから 冷凍庫はからっぽでした チョコレートなら冷やしていないのです キミが待っているならお茶を沸かしましょう 積み木よりもたのしいことを知ってしまったのですから やっぱり、これといって意味の無いことなのです スーニャ 答案なら羊の胃液で がらくたほどの価値と おどろくほど白くなってしまったので キミのほうがおどろいて 目を回してしまったのです スーニャ 虹の色なら当てることができます それはキミにはかなわないから 手を伸ばしていたからです スーニャ あの三階建てのビルから 絶望へと続く無人駅が 跳ね飛ばした水滴に映っています きれいなので勘違いしそうです できれば、 そのこじつけに触りたいだけですから ---------------------------- [自由詩]サイレン/たもつ[2005年2月16日15時37分] 覚えてる 迷ったときの指先のちょっとした仕草とか 暑い室内でむっと漂ってきた身体の匂いとか 正午、君がサイレンの口真似をすると 僕らは作業を中断して いつも小さな昼食をとった 今日は無線の受信機を持って 役場の職員がやってきた 一通り機械の説明をして それから今年は甘いなあ、と 冷えたスイカを一切れ食べて帰っていった これからは正午になると 綺麗な音楽が流れるそうだ 君の記憶のほんの僅かを 僕は自分自身の記憶として引き継ぎ 後はもう空っぽだよ、って 写真の君はそんなところだろうか 試しにサイレンの口真似をしてみると 他にすることがなくなってしまう ---------------------------- [自由詩]蜥蜴の子/佐々宝砂[2005年3月12日15時44分] 黒い円盤に封じこめられた過去の叫び くるくるまわる盲目の蜥蜴 蜥蜴の王は わたしを 見ない 幾千の音符が それぞれは鎌のかたちをして わたしの胴と四肢とを裂き 全体は蛇のかたちにならび わたしの耳に毒液を流しこむ だがわたしは生かされている 窓を開ければ 底のない夏の空に あっけらかんと太陽が浮かんでいる わたしは蜥蜴の子だから 太陽を見つめることができる わたしは泣かないし 福音も救済も破滅も欲しくない 蜥蜴の王よ どうかわたしに やさしいひとびとから逃げ続ける力を 哄笑と叫びと囁きを 言葉を レコードが回転をとめる 蜥蜴の王は眠る その冷ややかな顔 太陽が沈み 蜥蜴の子は 秘密のアルファベットを探して 辞書を繰る 辞書を繰る 辞書を繰る 18歳時のおーむかしさくひん。 蜥蜴の王とはもちろんあのひと。 ---------------------------- [自由詩]FUCK/大覚アキラ[2005年3月24日17時42分] 大切なのはFUCK ただひとつの真実はFUCK 叫ぶようにFUCK 呟くようにFUCK 囁くようにFUCK 口ずさむようにFUCK 歌うようにFUCK 生きるためのFUCK 生きていくためのFUCK 永遠と訣別するためのFUCK 永遠を手に入れるためのFUCK 抱きしめるようにFUCK 叩きつけるようにFUCK 確かめ合うFUCK 契約するFUCK 約束するFUCK 合言葉はFUCK 必要なのはFUCK 現実に繋がるためのFUCK 現実を切り離すためのFUCK 昨日のFUCK 今日のFUCK 明日のFUCK 創造するFUCK 破壊するFUCK 再生するFUCK 輪廻するFUCK 儀式としてのFUCK 大好きなFUCK やめられないFUCK なくてはならないFUCK 燃えるようなFUCK 醒めたFUCK 優しいFUCK 慈しむようなFUCK 切ないFUCK 二度とないFUCK 戻れないFUCK 思い出のFUCK 記憶の中のFUCK 夢の中でFUCK 祈りのFUCK 救済のFUCK 肯定するFUCK 否定するFUCK 絶対的FUCK 完全なるFUCK 終わらないFUCK とりあえずFUCK ひとまずはFUCK あれもFUCK これもFUCK それもFUCK なにもかもFUCK FUCK以外のすべてにFUCK ---------------------------- [自由詩]そんな いちにち(みんなのうた)/虹村 凌[2005年3月29日6時09分] 学校の中間報告を受け取った まずまず、と言ったところ 単位を落とす危険性は薄目 だと思ったら なんか頑張る気が失せた… と言う ナァナァで駄目駄目な毎日 それでも 毎日の中に 詩があって 言葉が転がって 煙草を吸って 柔らかすぎるベッドの上で 寝転がって 電気も付けず 窓から入る 雨の日の薄明かりの中 天井に手を伸ばす そんな 一日 ---------------------------- (ファイルの終わり)