田中修子のおすすめリスト 2018年8月16日8時16分から2018年9月20日11時01分まで ---------------------------- [自由詩]反戦バカ/花形新次[2018年8月16日8時16分] なんか、また 色々やってるみたいじゃねえか マスコミも免罪符みたいに チョロチョロ報道してるけどよ おまえらさ 戦争の記憶を風化させてはいけないって バカの一つ覚えみたいに繰り返すが 記憶の中には 日本のために、他者のために 自らの命を賭した者達の姿も 含まれることを忘れてやしないか 歴史は おまえらのようなバカどもが 都合よく作り替えられるほど 甘いもんじゃない そのうちきっと 73年間 おまえらが忘れさせようと画策してきた もうひとつの歴史によって 決定的に復讐される日が来ることを 俺が予言しておいてやる ---------------------------- [自由詩]ボランティア中毒/花形新次[2018年8月17日15時53分] ギャンブルに入れあげて 家庭を顧みないのと ボランティアに入れあげて 家庭を顧みないのは 家族にとって まったく同義の"迷惑"だということを マスコミは決して伝えない それが人の役に立つことで あろうがなかろうが変わりはない 何かに過剰に入れあげるような奴は 家庭を持ってはいけない チンポコの勢いだけで 他人を不幸にしてはいけないのだよ ---------------------------- [自由詩]子供のころから若さが嫌いだった/ホロウ・シカエルボク[2018年8月17日21時48分] 子供のころから若さが嫌いだった、気に入らないことがあるとグズグズと駄々をこねたり、癇癪を起したりするのが嫌いだった 子供のころから若さが嫌いだった、学生服をほんの少しやんちゃにアレンジした、中途半端な自己主張や隠れて吸う煙草が嫌いだった 子供のころから若さが嫌いだった、大人との間に壁を作り、商業主義のフェイクロックに妙な指の曲げ方をして乗っかるのが嫌いだった 思えばそんな風に、ずっとずっと感情を否定してきた、怒りや悲しみ、はたまた夢や憧れを語ることは、恥ずかしいことだとどこかで感じてきた、その壁を破ることはずっと出来なかった(いまはどうなのかよく判らない)下らないことで目を吊り上げたりする身近な大人たちを見ながら、感情は恥ずかしいことだとどこかで感じてきた、そんな俺をたいがいの連中は煮え切らないやつだとか、日によって性格の違うやつだとか、愛想のないやつだとか、言って…まさしくそういった恥ずかしい感情をこちらに投げかけてきた―俺と彼らにいったいどのような違いがあるのか?彼らが俺で、俺が彼らであってはいけない理由はなんなのか?時々は真面目にそんなことを考えることもあった、でもおおむねそんなことはどうでもいいことだった たとえば限定された、取るに足らないコミュニティの中で、周辺の誰かよりも自分の方が素晴らしいと―そんなことを証明するのに躍起になる連中が居る、それは本当に大勢居る、俺のような連中も居ることは居るが、そんなやつはすぐに居なくなる、俺も含めて…こいつらはこんなに堂々と醜態を晒して、こんな小さな世界の王になって、それからどこへ行くというのだろう?その王座の座り心地はそんなに素晴らしいものなのだろうか?真面目にそこを目指してみようかと考えてみたこともあった、思えばそのころ俺にそう思わせたのは、まさしく若さというものであったのだ ファースト・アルバムが嫌いだ、誰もが褒めそやすいわゆる名盤というやつでもだ…無自覚な勢いで提示される才能は確かにセンセーショナルだけれど、あまりにもそれは短絡的な気がする、若さにはキャリアがない、若さは自分が手にしている武器がどのようなものか知らない、若さはそれが一度崩れたとき、どうしたらいいのかまるで判らない、思えば俺が若さが嫌いなのは、そんな危うさのせいかもしれない、昔なにかの本で読んだ一節―一七才が人生で一番美しい時だなんて思わない―それは本当だ、一七才であることなど人生においては大した意味を持たない、若さは勢いを信じてしまう、夢中になってのめり込めることこそが本当だと信じてしまう、でもそれは一過性の熱病のようなもので、熱は必ず平熱に戻るときがやって来る…その時に若さはみっともなく狼狽する、いままでこれでうまく行っていたのに、いつだってそう出来ないことなんてなかったのに―若さは手段を知らない、ひとつの道が塞がったら、それ以外になにもないと考えてしまう(若さが嫌いな俺でさえそんな時期があった) 若さが若さでなくなるにはその時点で踏み止まることだ、「もう駄目だ、この道を歩くことを止めよう」そんな風に考えて楽な道を選んだりしないことだ、どうすればこの道の先へ行くことが出来るのか、何が自分の行く先を塞いでいるのか?そんなことを考えながら、打開策を練ることが大事だ、駄目だと思ってもやってみることだ、無駄だと思えることにこそ気づきが隠れていることだってある、そんなものを無数に経験して、もう一度原点に戻ってみたりして―自分のしてきたことのなかに自分の本質というものを見つけ出すのだ 子供のころから若さが嫌いだった、おかしなことにそんな時代はとっくに過ぎ去った今でさえ、口をポカンと開けてしまうような若さに出っくわすことがある、それは子供じゃなくても持っている若さだ、年齢の問題ではない、おろそかな経験によって養われるおろそかな若さだ、俺は子供のころから若さが嫌いだった、まるで年寄りのような一〇代を謳歌してきた、情熱ではなかった、誰かが俺の口の端に引っ掛けた釣針のことがずっと気になってそれどころじゃなかった、一〇代特有のむせかえるような熱気はハナから持ち合わせちゃいなかった、俺は感情に頼ることを良しとしない、だからいろいろなアウトプットが必要になった、俺は若さをある程度乗り越えていて、欲しかったもののいくつかは明確になり始めている、若さの何が一番嫌いかって―?無条件に自分を信じてしまう浅はかささ…俺はただ生きているだけの自分を否定し、僅かでも何かを得ようと思って、自分自身を試しながらずっと生きている、予め用意されている結論に向かって歩いて行くような愚行は犯さない、あとになって、(ああ、あれがあの時の結論だったのだ)と思える、そんな瞬間瞬間を通過し続けながら、若さに唾を吐いて新しい一行を書き足していくのだ ---------------------------- [自由詩]過ぎゆく夏に 想いつれづれ/むっちゃん[2018年8月20日19時52分] 早朝の光障子戸に 木の葉の影絵 今日も ゆらゆら酷暑の炎か 清涼の風が ツクツクボウシの声乗せて 蓮沼を渡り来る ツバメとトンボの 危うき急接近 急登し 息切り見下ろす 灯台遥か 浜辺のコンサート リハーサル曲  心地よく 汐風に漂う あれ浜に 石抱く流木 人知れず 故郷想う 遠き海路に 光と闇が せめぎ合う 今宵の街かど  飛び散る花火や つかの間の涼あり ---------------------------- [自由詩]背後霊が水を汲みに行く/るるりら[2018年8月21日9時04分] 背後霊の手は長く 千手観音よりも多い ただ 多ければ良いという ものでも ない 人間の役に立つのは 人間の手と同じ数 つまり 二本の手がもっとも便利 背後霊にもイカのような触腕がある いびつな形の贈答品を持参するとき 着物の超絶技巧結びにチャレンジしているとき 雪山で遭難しかけたとき 二本の触手が伸びて手助けをする あるときは 傷ついた心に巻き付き包帯となる また ある時は さえないサラリーマンの首元で 目には見えないが蝶ネクタイとなったり 背中をまるめがちな少女の心にとりついて 少女の心にしか見えない真っ赤で大きなリボンになったりして  人間に 希望を 芽生えさせる そして背後霊は 夜な夜な ながい手で水を汲みに行く 人間のためにではなく 背後霊自身が潤うための一杯の水 透明な水が しみわたる ※即興ゴルコンダ(仮)時間外投稿作品 http://golconda.bbs.fc2.com お題は、ぎわらさん。 ---------------------------- [自由詩]居酒屋 哀歌/むっちゃん[2018年8月26日9時58分] カウンターのお客と会話中 背後の壁にゴキブリ君 とつさに背中で隠す 板長 飲食中 トイレに向かうお客に ありがとうございましたー! 何! 俺に早く帰れか? まずい! 玉子焼きのオーダーに 茶碗蒸しの玉子汁で、、。何時まで焼いても 玉子焼きにならず 小首をかしげて 無駄に働くボケ老人 冷蔵庫には ポマード 冷凍庫に チョコとお菓子の行列 今時の若手 バイトに厳しく 自分に甘えるやっつけ社員 食材カットで ついでに指も 駆けつけた救急隊員の 一言にひっくり返える あ! この指 ダメですね! 車で通勤 路駐で連日警察のきつぶ 心が折れ崩れ落ちる ホールの若者 生ゴミを出す ネパール人のバイトに向かって おーい、ナマステ! 翌朝 隣のコンビニが強盗に!警官が走り回り ビビって玄関に鍵の 掃除おばさん 暫く後に 出勤した老社員がセコムを呼んでカギ開ける 終電に乗り遅れ ベンチで仮眠中にバックをすられて 出勤する姿はまるでルンペン 今朝も またなんか 変な予感? ---------------------------- [自由詩]日暮/石村[2018年8月29日17時48分] 白いりんごをのせた皿に薄陽がさしてゐる。 月をたべた少女が硝子の洗面器にそれをもどした。 日が暮れる。わづかに年老いてゆく。 ---------------------------- [自由詩]水平線/石村[2018年8月29日17時52分] 鳥の船が沖をゆく 夏の朝 雲の峰が溶け やがて海になる (二〇一八・八・一〇) ---------------------------- [自由詩]ラ・ラ・ラ族/るるりら[2018年8月30日14時17分] お義母さま あきの こごえです 朝風に 精霊バッタの羽音が そっと 雫を 天に すくいあげています 何が終わったのでしょう もう はじまりはじめの空 むかしむかしの反対のはじまりのはじまり めちゃくちゃダンスを夢中で踊る子供らの真似をしたがる 私のからだは重いです けれど 私と共に たふたふと生き物のように動くものがあります 天女の羽衣が 頬を そっと かすめました 透けて見えたのは しろいレースのアンブレラをさした少女のような貴女 素足が 五ミリは 浮いています あなたの お父さまがいらっしゃいます どこへも 逝かず 六歳のままのあなたのそばに ずっといらっしゃったのです ゲンバクのことを人々が忘れると だれかが言っています わすれられるものなら忘れたら いい 口にしたくなければ 口にしなければ いい とてつもないひかり ただただ臭かった廣島の町 着ていた服どころか皮膚までも 剥ぎ取られて 食べるものもなく 彷徨う人々 毎日毎日 煎餅布団と寝た貴女は しつこいくらいに いつも わたしのふとんが ふかふかであるように心配してくれた 高窓から さしこむ光に 綿毛が舞い上がるように 浮いて かろやかに歌うのは 少女のままの貴女 うつくしい裸族としての朝 わたしも空をとぶ ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]メモ/はるな[2018年9月1日0時25分] 物語たちはことばのうしろですでに出来あがっている。辛抱づよく待っていてくれるのだ。それはつよくてさびしくてやさしい。 みどり色のオアシスのうえに花を作っていく。わたしの指は傷傷して汚れて、それは以前好きだったひとの手を思い出させる。花を買いにくるひとがみんな優しいとはかぎらない。朽ちてしまった百合を捨てながら、黒いバケツを洗いながら、われもこうの黄色くなった葉を除きながら、花を考える。だいたい花は人々が思っているほど優しくはないのだ。ことばよりずっと勝手だ、勝手に咲いて、きっと枯れるし、腐るし、機嫌を損ねると咲かないし、思ったようには咲かないし。そうしてやっぱりどれも美しくあることの我儘さ。花がもし枯れないものだったからここまで好きにならなかった。恋みたいだね。物語たちが、(たと永遠に)見つけられないとしても、存在しているやさしさはかなしい。花とことばはぜんぜんちがうと、いまは思う。花束と詩がぜんぜんちがうくらいにちがう。花束を贈るのと、詩を贈るのはちょっと似てるのに。 ---------------------------- [自由詩]お月見の夜/服部 剛[2018年9月1日23時17分] 時には、夜のドアを開けて 静かな世界を照らす 月を眺める 秋の宵 ――あなたのココロの目に視える   月の満ち欠けは? 日々追い立てられる秒針の音(ね)から逃れて やってきた 隠れ家のCafeにて、我思う 自分のからだの中に ゆっくりと垂直に下りる――錨(いかり)について (今宵の僕はドアの外に独り立ち、月をみる) 人間のほんものの暮らし 色と言葉とメロディーに これから出逢い ココロの琴線(きんせん)の震える…予感を胸に   ---------------------------- [自由詩]砂/石村[2018年9月2日17時05分] うつくしいひとたちに遇ひ うつくしいはなしを聴きました 空はたかく 澄んでゐました かなしみはもう とほくにありました よろこびは すぐそばに そして 手のとどかぬところに 水色の 雲のやうに やさしげなものとして―― 妹たちは なくなつた ふるさとに かへつていくでせう 今夜の 古い夜汽車で 行李いつぱいに 夏草と蜜柑の想ひ出をつめて さやうなら また来るね さう 告げた しゆんかんに わたしの後ろで 星が 砂になりました さらりと きえていきました――     (二〇一七・十・三一) ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]キリストとフクロウ/ホロウ・シカエルボク[2018年9月9日12時49分] コンビニエンスストアの駐車場で鍵つきの車をかっぱらって、曇り空の下、国道を北方向へ二五時間休みなしに走り続けて辿り着いた先は、名もない樹海だった。バックシートを漁ってみると同乗者の荷物のなかに財布があったので、少し戻って営業している廃墟みたいなコンビニでパンとコーヒーを買い、駐車場で食べた。ディズニーの小人みたいなレジの婆さんと俺以外どこにも人間は見当たらなかった。人間よりも野生動物の方が多いに違いないだろう、そんなところだった。こんなところに住んでいる連中はいったいどんなことをして毎日を過ごしているんだろう?農家だろうか。一日中、米や野菜を育てて、それを食って生きているのだろうか。それは至極シンプルな、素晴らしいことのように思えると同時に、非常にハイクオリティな動物の暮らしだという気もした。でも本当はどちらかなんてどうだってよかった。腹が膨れるとすぐに車を走らせた。ゴミは助手席に置き去りにすることにした。樹海の近くには駐車場のようなものはなかったので、少し広くなっているところに適当に止めた。手ぶらで歩み入ると、このところ雨でぬかるんだ土が驚くほどに沈んだ。スニーカーで歩くのは苦労しそうだ。そう思ったが引き返す気にはならなかった。空は今日も曇っていた。いまにも雨になりそうな色だった。けれどこの森の中なら、さほど濡れることもないような気がした。管理されていない森なのだろう、木々のそれぞれが生存を争い、出遅れた木は腐って隙間に折り重なっていた。五分に一度はそいつらを乗り越えて進まなければならなかった。あっという間に身体は土にまみれた。それでも俺は休まずに進んだ。ここに辿り着いたのなら、ここなのだ。樹海の底は戦争の後のような隆起に満ちていた。つまずき、転び、喘ぎながら懸命に歩いた。そんなふうに森の中を歩くのは初めてだった。幼いころに遠足で歩いた遊歩道のことを思い出した。あれは森ではなかったんだな、そう思うと笑えて来た。今頃になって、俺はあれがインチキであることを知ったのだ。それは少なくとも、そのときの俺にとってはとてもよく出来た笑い話だった。一時間ほど歩くと隆起が少なくなった。それはまるできちんと聖地された植林のようだった。平坦な地面の上に、等間隔にすらっとした脚のような真っ直ぐな木々がまるで指示を待つ軍隊のように整列していた。(おそらく俺は来てはならないところへ来てしまったのだ)そんな気がした。誰かの森だとか、土地だとか、そういうことではない。そこは人間が訪れてはならない場所だった、そんな気がした。しばらくの間そこに佇んでいた。それ以上の進行を許されようが許されまいが、先へ進むつもりだった。けれどひとたび油断すると、その場所に飲み込まれてしまいそうな気がして、なかなか踏み出せなかった。雨が降っているようだった。頭上で雨粒が木々の葉を鳴らす音が聞こえていた。地面まで落ちてこないところを見ると、たいした降りではないのだろう。雷が一度鳴った。それが合図だった。俺は聖域に踏み込んで先を急いだ。身体が冷えて寒くなってきたことも理由のひとつだった。聖域を抜けるとそれまでのような荒れ果てた森に戻った。そしていままでよりもきつい傾斜があった。とにかくこの坂を上り切ることだろう、そう思った。不思議と疲れは感じなかった。目的に向かって進んでいるという気持ちが、身体を前へ前へと動かしていた。うっすらと霧がかかっていた。雨はもう止んだのだろうか。俺はここを歩きながら、ここではないどこかにいるような気がしていた。確かに息を切らしながらそこを歩いているのに、本当はもうまるで違うところに居るのではないか、そんな気がしていた。街から、他人から、慣れた場所から離れ過ぎたせいなのだろうと思った。スマートフォンを取り出して時間を確認した。もうすぐ昼になるところだった。そして電波はもう拾えていなかった。プレイヤーを起動して、純粋だったころのU2のアルバムをフルボリュームで流しながら歩いた。聖域を孕んだ得体の知れない樹海で聴くのに適した音楽なんてそれしか思いつかなかった。アルバムが二周したところで、ようやく道の終わりがあった。 そこは開けていて、根っこからすべて刈り取られたみたいにあらゆる草が存在しなかった。下に岩があるのか、土の感触は浅かった。その真ん中に、俺の背丈と同じくらいの木の枝が落ちていた。それは少し身をよじった十字架のような形だった。十字架か、と俺は思った。十字架にはキリストが必要だろう…。俺は森の方に少し戻り、折れた枝をいくつか、それと割れた石を持って広場(そう呼ぶことにした)に戻った。石で拾ってきた枝の先を削り、十字架の脇と背に突き刺して立たせるようにした。それだけで夜になった。俺は眠ることにした。真夏の夜のせいか、あまり寒さは感じなかった。これまでないくらいぐっすりと眠ることが出来た。自分の魂が身体から抜け出して、どこか遠い空を彷徨っているみたいなそんな眠りだった。夜明け前の寒さと、控え目な白さのせいでゆっくりと目が覚めた。習慣的に顔を洗おうと思ったが水溜りすら近くには見当たらなかった。なのですぐに割れた石を手に取り、十字架にかけられたキリストの制作に取り掛かった。いままでに木工彫刻の経験があるのかって?まるでない。小学校の時に彫刻刀で鮫を彫ったことがあるくらいだ。あのころはジョーズが流行っていたからな。「ブルー・サンダー」のロイ・シャイダーが、鮫と戦っていたあの男だって知った時は、結構驚いたな、なんて、集中して何かをやっているとどうでもいいことを思い出す。そんなわけで俺はまともな彫刻なんぞやったことはなかったが、いまは子供じゃない。時間を掛けて、丁寧に進めれば、初めてのことだってそこそこ上手くやることが出来ると知っている。まあ、時間を掛けることを良しとしない連中の方が、世の中には大勢いるわけだが。分刻み、秒刻みに結果を追い求めていると、それだけの成果しか得られないものだ。世界が単細胞で溢れ始めたのは、そうしたタイムテーブルが当たり前になったせいだろう。ところで、キリストを彫ろうと思ったらどこから始める?俺は顔からにした。その方が早めに気持ちが入りそうな気がしたからだ。そういう作業というのは面白いもので、やればやるほど出来てないところが目につく。人間の目を納得がいく形に彫り上げることが、どれだけ困難なことか想像がつくだろうか?キリストの両目を彫り上げるころには夕暮れが近付いていた。疲労を感じたが、作業を続けたかった。夜が来ることがもどかしかった。また枝を集めて焚火でもしようかと思ったが、マッチもライターも持ち合わせてはいなかった。俺は煙草を吸わないのだ。諦めて眠ることにした。慣れれば陽のあるうちに上手く彫り進めることが出来るだろう。 鼻、口を彫り終わるのは簡単だった。もちろん、目に比べればという程度のことだが。それから髪の毛に取り掛かった。これが一番手間だろうという予想はついていた。ただ、石の扱いに慣れてきたせいか、思ったよりも時間はかからなかった。二日と少しで髪の毛と冠が出来上がった。少し離れてイエスのご尊顔を仰いでみた。悪くない出来だった。初めてにしちゃ上出来だ。神経症的な集中力が、コインゲーム以外で初めて役に立った。一息つくととんでもなく腹が減っていることに気づいた。森に入り、木の実らしきものや草、それから食べられそうな茸を適当に引き抜いて食べた。水はいまのところ、時々降ってくる雨で足りていた。それから一度眠った。それが実質俺の最後の食事であり、眠りだった。夜中にフクロウの声で跳ね起きた。美しい月が出ていた。これまで見たこともないようなでかい月だった。高価な絵本の中でしか見たことがないような月だ。クレーターまではっきりと確認することが出来た。俺は頭がおかしくなっているのだろうか、と思った。もう昼も夜も判らないようになって、幻覚を見ているのだろうかと。でもそんなことはどうでもよかった。目が効くのなら、やることはひとつだけだった。 それからいくつかの朝と夜が入れ替わり、激しい雨が降って強い陽射しが照りつけた。けれど不思議と夜には狂ったように明るい月が出て、おかげで俺は手を止めることなくキリストを彫り続けることが出来た。疲れは感じなかった。とにかくこれを完成させたかった。キリスト教徒でもなんでもなかった。むしろそんなものは馬鹿にしていた。でも、キリストの馬鹿正直さにはどこか憎めないものを持っていた。教会も好きだった。子供のころ、住んでいた家の近くに朽ち果てた教会の廃墟があり、よくそこに忍び込んでは高い天井を眺めていた。神なんてものは正直理解出来なかったけれど、高い、ステンドグラスをはめ込んだ窓から差し込む陽の光や、荘厳とした雰囲気は俺の心を捕らえて離さなかった。その教会は俺が小学校の高学年になる頃に取り壊された。思えばそこから俺はどこにも行けなくなったのだ。ああ、あそこか、と俺は思った。あの教会が俺をここまで連れてきたのだ。あそこに住んでいたなにかが、俺をここで十字架のように倒れた木の枝に引き合わせたのだ。それはもう思い出ではなく示唆に満ちたなにかだった。俺はもう瞬きすらしていなかった。懸命にキリストを彫り続けた。もう自分がなにをしているのかすらよく判らなくなったころ、それは出来上がった。 朝だった。月が出たまま雨が降り続けた、なにもかもが光を弾く早い朝だった。しゃがみこんだ俺の目の前には磔にされ、打ち付けられた手のひらと足の甲と。唇から血を流しながらうっすらと微笑んでいるキリストが立っていた。俺の手によって生まれた神を眺めながら、俺は馬鹿みたいににやにやしていた。「天にまします我らの神よ」俺はそう呟いた。でも続きを知らなかった。どこかで鈍重な羽ばたきの音が聞こえて、一羽のフクロウがやってきた。キリストの顔と同じくらいの大きさだった。そいつはキリストの肩に止まり、まずまずだというように首を左右に回した。「朝だぜ」俺はそいつに話しかけた。「なにやってんだよ」信じてもらえるかどうか判らないが、そいつは嘴を左右に広げてにんまりと笑った。それで俺は話すことを諦めた。 キリストとフクロウがそうして俺を見下ろしていた。俺は自分のしたことに満足していた。もっとなにか、自分に出来ることがあるような気がした。けれどもう指先すら動かすことは出来なかった。                             【了】 ---------------------------- [自由詩]白いもの/石村[2018年9月10日23時09分] なにか 白い ものが のこされて ゐる うまれたものが 去つた そのあと に そしてこつちを みつめてゐる 長い午後に 時が 裏返る (もう終はりらしい) なら 君らは行け わたしは残る この 白いもの と    (二〇一八・八・八) ---------------------------- [自由詩]骨/石村[2018年9月12日17時07分] 誰が私に声をかけなかつたのかわからない。 葱の花がしらじらとした土の上でゆれてゐる。 その下に妹の骨がうめられてゐる。 捨ててしまはなくてはならない。 丘をこえて夜汽車が濃い海におりていく。 星行きの便は運休だつた。神の使ひをのせて。 (二〇一七年十月某日) ---------------------------- [自由詩]かぎりない 羨望の詩らべ 安らぎの園へ/むっちゃん[2018年9月15日14時03分] 疲れ過ぎた旅人 詩さくの森へ ようこそ 樹海のしらべは 虫の競演 ささやく小鳥 つぶやく木陰 小川のせせらぎは 感じる者に寄り添って 曲を創り奏でる 静かなる 七変化の湖は 甘く、辛く ときに酸っぱく 苦味が効いている 憂い、怒りの波高なるとも キラメキ浴びる 光の雨に打たれ  やがて 明日への活力をたたえて 湖面に山かげを映す 見渡す草原には 収穫された 恵みの糧が 駆け帰えって 感傷し 味わう内に 噛み砕かれ 昇華する 遥かな峰々は 孤独を好む、登頂者を誘う 老いたる人は 我が身の正しさを 無理やり リップサービスで補う あとの始末はいつも 強い志ざしと 無欲のボランティア精神を 要求する やがて忍び寄る 闇の世界 絶え間ぬリズム いくら あらがつても 眠りには立ちうち出来ない 生死の狭間を越えて 深い眠りに、醒めるか否かは 難解な宿題 誰でも いつでも どこでも そして何時までも 素晴らしき 詩るべの園に 今いる ---------------------------- [自由詩]ひとひらの落とし物/そらの珊瑚[2018年9月18日14時33分] 羽が落ちている 本体は見当たらないから 誰かが食べてしまったんだろう 羽は食べてもおいしくないだろうし さしたる栄養もなさそうな だけど 錆ひとつない 無垢な部品 ない、みたいに軽くて ない、みたいに透明で こもれびにやさしく撃たれれば もう夏を飛べない ない、みたいなうすいかなしみ ---------------------------- [自由詩]光の欠片/服部 剛[2018年9月18日17時54分] 三日前、一度だけ会った新聞記者が 病で世を去った 一年前、後輩の記者も 突然倒れて世を去っていた 彼の妻とは友達で 今朝、上野の珈琲店にいた僕は スマートフォンでメッセージを、送信した 僕等がもし 地上に残された者達の一人なら 今日の舞台に立ち 何を語ろう 不忍池(しのばずのいけ)の無数の蓮の葉群から、運ばれて 僕の頬を過ぎる 秋の夜風よ 教えておくれ 日々は消化試合じゃないと だから僕はいくつもの場面を、集める あんな場面 こんな場面 腐っちまった僕の場面 淡い日向(ひなた)の母と子供の風景を 集め、飲みこみ、吐いて、吸って そうして日々の仲間の リアルな顔はあらわれて あなたの瞳の裏側の 光の欠片(かけら)が 一瞬、視えた   ---------------------------- [自由詩]猫とバラ/そらの珊瑚[2018年9月19日10時14分] 赤い線が 皮膚の上に浮かび上がる 今朝 バラのとげが作った傷が 今 わたしのからだの中の 赤いこびとたちが あたふたと いっせいに傷をめざして 走っていることだろう 猫を飼っていたころもまた そんな傷をこしらえては 夜、風呂の中で しみて痛かったけれど もうあとかたもない あの傷も あの猫も 薄いくもり硝子をふるわせていった あの風も 明日の宿題も 決して致命傷にはならない 消えていくだけの傷だから わたしの日々は 安心して やさしいものたちに傷つけられている ---------------------------- [自由詩]小さな村で見た/石村[2018年9月20日11時01分] いつぽんの川がながれてゐる。 川べりの道は夏枯れた草に覆はれてゐる。 川はゆつたりと蛇行して その先はうつすらと 野のはてにきえ 太古の記憶へとつづいてゐる と村びとたちは云ふ。 川の右岸を 白い服 紺の帽子のこどもたちがあるいてゆく。 男の子も 女の子も 一列であるいてゆく。 今日はいつまでも夕方にならない。 こどもらの列は ながながとつづいてゐる。 みな顔がわらつてゐる。 何がたのしいのか 面白いのか わらひながらあるいてゆく。 川が見えなくなる先の そのまた先に 入道雲がむらむらとつき出してゐる。 ひとりのこどもが その雲に紺の帽子を投げた。 それを合図にするやうに こどもらはみな帽子を投げた。 幾千もの帽子が 高く高く舞ひ上がつていつた いつまでも青い空へ それら幾千もの帽子は 入道雲を吸ひ込み 空に溶けていつた。 がらんとして高い。秋空。   (二〇一八年九月一二日) ---------------------------- (ファイルの終わり)