風呂奴 2012年4月3日1時29分から2013年3月25日3時06分まで ---------------------------- [自由詩]夜間遊泳/風呂奴[2012年4月3日1時29分] 屋根の上に寝そべって 星空宛に 音楽を流していた 8月の夜だ 外灯で催される カブトムシの集会 縁側の鼻歌は 風鈴のしわざで 首筋にぶつかる風の粒子は いつまでも柔らかい気がした 散りばめられた夜空の宝石 まるで図工室の床一面にこぼした 多彩なスパンコールの要領で なんとなくずっと見ていたかった 拾いたくない美しさや 届かない美しさ 8月の屋根の上 夜風と星の合間では 思い出が行ったり来たりする 涙が屋根を伝わぬように 炸裂する光の沈黙へ 目を釘付けにしてみた もう音楽は聞こえないのに 左胸は震えていた 道路を挟んだ 向かいの林からは 虫たちの賑やかなセッションが 風にそっと揺られていた そして呼吸の音だけが 星空と僕とを繋ぎ止め 気が付けば 夜空が濡れている サカナが釣れそうで 湖みたいで 黒々とうねる空の色 世界の音は途切れ途切れて しまいには 鼻水の音に千切られる (もう寝ようか 今夜も昨日にしまわなきゃ) 翌日もまた屋根に登ろう おやすみついでに 視線をあげる 星たちが 滲みながら その湖を泳いでいた ---------------------------- [自由詩]無題/風呂奴[2012年4月7日2時10分] グラスに注がれるコーラの音色が 弾けるように鼓膜を包み込むと 沸き上がる泡状の気分が 発光するワイヤードの地平に 凝結して 一輪の言葉を芽吹かせる デリートキーを連打するたびに 言葉は摘み取られ 再生するけど 勝手に植えた詩の苗を 自身の指で なぜ踏み荒らす ---------------------------- [自由詩](断片)昼夜逆転の現象学、名前だけ。/風呂奴[2012年4月7日3時06分]  コーラの泡で起床。長期休暇には睡魔の一団が、ツアーを組んでは1日に何度でも夢を訪れる。生活の極点は、浮気者なので、目覚めたら隣には昼の寝息や夜の寝返りが横たえられている。日によって不思議と器用に遊び分ける。だけど好きなのはいつだってお前だ。あぁ、昼と夜だけの二股生活。。  夜に泳ぐ昼。男でも女でも、子供でも大人でも、キャリアでもニートでも、文系でも理系でも、レバニラ炒めかニラレバ炒めでも、新約か旧約かでも、エロ動画サイトの検索ワードから「清純」を選ぶ奴でも「黒ギャル」を選ぶ奴でも、そして人には言えない性癖の極地でも、あるいは詩人でもロックミュージシャンでも、実存でもセカイでも、船上でも深海でも、初恋でも失恋でも、わたしでもあなたでも、もう誰であっても。  人の配列に気を取られ、告白の中身を忘れてしまう。だけど、今思うのは、夢中になることってのは、好きな対象に体温を覚えてしまうことなんじゃないかな。生活の一部は体の一部って感じで。風邪引かないように体温を維持することだけ、夢中であれたなら。  星座に化ける太陽。昼間、太陽と名付けた巨大な空の微熱。夜になれば、星々に光のおすそ分け。季節が整える風の輪郭は目に見えないから、春夏秋冬の物差しで言葉の計算、詩の設計。やがて散り散りになった星粒たちが、昼に鳴るまで、狼たちは鳥の羽を食い散らかし、船の上の酔いどれ詩人が比較的安価なリキュール片手に黄金を語り出す。  三日月は伸びた爪。だって、三日月は見方によってはだらし無く伸びた汚い爪って感じだから。だけど、たとえば風呂あがりの伸びた爪を思い浮かべてみて欲しい。湯上がりの透き通ってて光る爪、しかも美女の。酔いどれ舟はそこで転覆する。美人の驚愕すべき黒髪のなめらかさと、JKの豊潤な太ももや、小さな弾力の中に燃えるような夜を連想させる唇の可憐に出会った日には。そして、つむじはもはや古代文明の装飾品のようだ。美女イズライクミュージアム。  コーラの泡で起床  夜に泳ぐ昼  星座に化ける星  三日月は伸びた爪  星たちの名前を、詳細を、光の長さを、知っていようがいまいが、きっと今夜の星空は綺麗なんだと思う。名前を知らなくて美しいもの、その名前を知ったとき、勝手に愛着を湧かせている。せっかく覚えた彼らの位置も、明け方になれば昼に溶けるけど。そして、もう朝です。だから、おやすみ。 ---------------------------- [自由詩]深夜/風呂奴[2012年4月9日22時22分] 「西へ進めば、黄金がある。」 どこからともなく 番犬の鳴き声 風が揺らす針葉樹 昼間のひと気は 万人の睡魔のうえで 蒸発してしまった 夜空は雲を ネズミ色に塗り絵して 雲の放蕩が 月との距離を目隠しする 溶け残る雪の上を 星の一団を連れ回しながら 月光が淡々と傾けば 西の方角に埋もれた昼が 黄金色の光を携え 朝は落される ---------------------------- [自由詩](仮題/メモ/断片)夏にくる記憶、羅列、季節のろれつ、、/風呂奴[2012年4月15日15時50分] 1 視線の先では 青天を浴びた午後の花 掠れたホワイトピンクが 風を聴きながら 真珠のように黙り込んでいた ノートを片手に 煙草を吸って 通り過ぎる景色を文字にする 開けっ放しの窓のように 耳を澄ませて せせらぐ川から 鳥のくちぶえ ジーンズをよじ登る 蟻の芸当 飲み込む飲料水 遠方の乗用車 鼓膜のなかで交差する 日曜日の断片を 文字で少しずつ縫合してゆく ほつれた箇所には 思い出を付け足した 夏の匂いや輪郭を 勝手に括り付けて それでも1枚の詩になり損ねたら 何度も耳を傾ける 沈黙を守るその花に 何度でも 2 ある朝 虫かごを覗いたら 2匹のトンボが石になっていた 耳元で虫かごを揺らしたら スナック菓子のように 軽快に踊っていた あれから十数年 学生服から開放された2年後の冬 祖母は仏壇の向こうへ行った 納棺の前に 体を拭いたり化粧をしたりする中で あの夜 祖母は 目の前の花のように静かだった 名前の代わりに 「おばあちゃん、」と心のどこかで呟いた 名前を知らないそれを 「花、」と書き留めた今しがたのように 石みたいに硬直していた肉体は 石よりもずっと冷たかった 氷みたいに溶けそうな体温とその比喩は 翌日火葬場の火で透明に蒸発した 3 先日 帰省した兄とともにお墓参りへ行った 墓場には拝む命と拝まれる命があって かつては おばあちゃんも隣で手を合わせていたのだ 死者という違和感は 詩の外ではじめて詠まれるとか なんとない思弁が なんとなく続いた 、、、パタンッ!とノートを閉じると 吸い殻は宙を舞った 立ち上がって 歩き出す 川の流れを 背中で聴いて 回想を置き忘れたかのように なんとなくもう一度振りかえる 視線の先では 掠れたホワイトピンクがやはり咲いていた ---------------------------- [自由詩]おおぐま座/風呂奴[2012年4月17日10時21分] (飲み過ぎたコーヒーが尿意に書き換えられて 駆け込むトイレには神話と宇宙を持ち込んだ 窓の奥は 依然として空と山の色が目立っていて 近隣の川だけが 整頓された物音を流しつづけ その規則正しい行進のなかで コーヒーは体を巡り抜けた) 「おおぐま座」 1200万光年先で 葉巻をくわえる そらがありまして 盛んに光りながら 壮大な一服を決めこんでいます 同じ一服と命名された活動でも 私の指先で燃える 1箱440円とは 星と灰の差であるからして 誰も振り向いてなどくれません 誰も振り向むいてくれないことを いつか読ませる仕事が 詩であって 活字産業だと妄信しておる次第です 話は逸れてゆきますね ひと昔もふた昔もまえ 銀河を発った 流れ者の星のように 形成する星座もない 自由主義者が 昼間から星空を読んでいます 星座もまた星たちの協同でしょうか ただ 不思議なのは 現実です それは おおぐま座を見上げたことがないということです 私が星座を知っている時 私が見ているのは 空ではなくいつも手元ばかりなのです 銀河はページのなかで 輝いたふりをして ページをめくる行為が 1200万光年を いとも簡単に省略してしまうのです ---------------------------- [自由詩]ワンナイトなんとか/風呂奴[2012年4月20日12時10分] 飲屋街のネオンのなかを ふらふらしたまんま 繋いでいた手は どの「あなた」だったのか いずれにせよ笑っていた 時のかわりに 出会いを打つ時計がひとつ 心臓のなかで ハート型に眠っている ---------------------------- [自由詩]禁煙宣言しようかな宣言/風呂奴[2012年4月22日15時45分]  鍋に汲まれた大きめの水が、ふつふつするのを待つため、また煙草を吸う。そのあとで麺が茹で上がるのを待つから、また煙草を吸う。台所を出たり入ったり、むしろ煙草のためのパスタじゃないか!、なんて思ったフリをしながら、レトルトのミートソースをもう一方の鍋に入れ、温まるのを待つから、また煙草を吸った。 「茹で上がるまで」 茹で上がるまで 煙草に代打なんか出せやしない  本を読むには短かすぎる バイトのシフトは考えたくもない 歌なんか口ずさんだら麺がのびる 夕暮れ時、いつもの定位置に高々と落ち着く明星 について思いつめても すぐに渋い顔して、煙草に火を点けてるに違いない 「煙草やめたいから、早く茹で上がれよ麺!」 なんて理不尽な台詞だけが 毎日のように、沸騰しながら  なのに決して蒸発しないお湯のように 生活から湧き出てしまった こんな生活、茹で上がってしまえ! 空いた皿は、ミートソースにまみれている。 フォークですくって舐めてみると、冷たい酸味にうんざりする。 誰にも覗かれない真夜中の茶の間、古い映画を観ながらの食後の一服は、茶の間の主人をおおいに気取らせる。 映画の主人公だって、煙草を吸っている。 寝床についた祖父もまた、煙草を吸っていた。 大学で神学を教えている教授に、大学の喫煙所でばったり出会したこともあった。 という話をしてくれた兄も 今頃はベランダで煙草を吸っている。 イギリスのミュージシャンは、インタビュー中にだって吸っている。 どうして煙草を吸うのかな、と考えながら吸っている。 映画はもう終わっていて、煙草を吸う人生は続いている。  麺が茹で上がるのを待つために煙草を吸っていたように、出来事の始まりと終わりを待つために吸っていた。マクドナルドのセットメニューを食べ終わる彼を待つために吸っていたし、スタジオの休憩所でバンド仲間を待つためにも吸っていた。約束のデートに遅れた貴女を待つために吸っていたこともあるし、バスターミナルでバスの到着を待っている時、帰省する親類と旧友の送迎をする乗用車の中、開演前の演芸場の外、2杯目のジントニックが運ばれてくるまでの空白、日の出前の夜更かし、煙草を吸うのは待っているからなんだよ!  じゃ、今は何を待って吸ってるのかって?  退屈と加齢の終焉、そして何も待たなくて済む瞬間の到来を、だよ! ---------------------------- [自由詩]家の裏庭でこっそり煙草を吸いながら盗んだ午後の景色/風呂奴[2012年4月26日20時44分] 午後 湿った空のヴェールのどこか 太陽は消息を絶ったまま まつ毛に絡まる滴たちが 小粒の昼間を映し出している 鳥の吹奏と草木の挙動は 雨粒のなかに封じ込められ 川の大移動だけが 落ちついた午後の歩調を 何も汚すことなく 絶えず乱していた ---------------------------- [自由詩]「詩は、酔っ払って落水しても溺れる心配のない便利な海だ」と言いたいだけの詩/風呂奴[2012年5月9日18時46分] 1 酔いどれ船の上で 朝日を待っていました 海のない部屋で 発泡酒の空き缶を 3つ4つ潰す夜 浮かび上がる船体に 千鳥足で乗り込むだけの シンプルな船旅 朝日は 僕らが待ち望まなくとも 昇るらしいから 待ちぼうけることはない 空き缶が潰れる度 船底は丈夫になるし 溺れる海もない船上より 朝日を待っていました 2 6本の弦と ありふれた酩酊で 密封した夜 気楽な海が ノートの上へ 垂れてゆく 滴る海水は 言葉になって蒸発するから ノートはいつでも 乾いている そんな気もする 3 荒波に揉まれたあとの船上で詠まれた詩も、安全な陸地に築かれたさまざまな一室で詠まれた海も、活字に幽閉されたまんま、酔って唄う夜に着地するだけ。 酒気を帯びた月明かりは、いつまで経っても無臭なので、通り過ぎる詩人の眼差しを、すべて夜風の音に誘導してゆく。 僕らは口ずさみ易く、なじみ深いメロディの開発と、新しい星座の住処をでっちあげることだけに退屈を捧げようとした。女を連れて歩く高揚感だとか、裸になって踊り狂う芸当が、この街のどこにも見当たらないから、砂浜と波音を捏造して、調子の狂ったギターで誤摩化しながら録音する、その有り様を「若さ」で片付ける。「青春」、でもなんでもよくなった。 酔いどれ船は、眠気に座礁する。 朝日はすでに、昼だ。 ---------------------------- [自由詩]木々/風呂奴[2012年5月10日14時58分] 黄色は、斜面から突き出て 首を左右に、ゆったりと揺らしている 赤色は、2階から見える屋根のそばで うなずくような仕草で、小刻みに震えている 緑色は、尖った頭で整列し 独唱するテナーのように、体でリズムをとっている 桜色は、咲いたり、散ったり、 舞ったりしながら、どの色よりも忙しく季節を走っている 透明は、枯れ木の先端に 空色の葉をつけながら、淡々としなっている そして、すべては、 風が泳がせる、色の音を聴いて  「木々」という言葉の中で、無色にポーズしてしまう ---------------------------- [自由詩]空に還る足跡/風呂奴[2012年5月14日1時33分] 水たまりに響き渡る月明かりと 引き換えに濡れたスニーカーが ぴちゃぴちゃとアスファルトに 足跡を描いた 午前0時 夜空のアトリエでは星の彫刻家たちが 田園地帯から裾野にいたる陰影と静寂を 光の刃先で浮き彫りにしている 400歳の光の粒は水たまりに降り注ぐと 明け方の空へ月明かりを持ち帰った 私はスニーカーを乾かす また落ちてくるいつかの水たまりと 再会を果たすために ---------------------------- [自由詩]寝ぼけ瞼に張りついた詩/風呂奴[2012年6月6日15時03分] 昨夜は、本を抱えたまま眠る人だった 活字は描いた 夢の中へ浸水するやいなや なめらかな黒髪の毛先を 屈強な体躯の背中を 雨露でできた葉むらの中の 縦笛のようなフクロウの響き カミナリの声量から 顔のない恋人たちの台詞を 夢の脚本を編纂するものが いつまでたっても現れない 数珠つなぎのミュージアム 車窓の向こうを入り乱れる 街並と山並の具合で 出逢うすべての景色たちは ひとりでしか見られない 脚本がない夢の舞台で 即興でライムする吟遊詩人のように ちがう星空を聴かせてくれる そんな「わたし」たちの 世界中のレム睡眠が 夜と昼間の天井に見下ろされながら 寝言を垂らす よだれのように 夢から還ると 本のページはすべて透明になっていた 昨日の私は、本を抱えたまま 眠る人だった ---------------------------- [自由詩]雨のち晴れ/風呂奴[2012年6月14日23時58分] 都会の夜に咲き歩く ビニール傘の音にまみれて 発光する液晶の向こうから 同じ待ち合わせ場所を目指す人 思いつめては煙草に火を点け 頬が緩んだらまた火を点ける 忙しない駅前の雑踏も 今夜は鳴り止まなくていい やがて落ち合うふたりの前で 世界は勝手に止まるから ---------------------------- [自由詩]新しい夜景/風呂奴[2012年6月24日21時00分] 金色のリキュールを注ぎあって 退屈を飲み干しあう テーブルを囲む笑い声と つまずく呂律の足し算が あやふやな足取りを導いて 聴いたことのないステップが ネオン街を叩いてゆく 大袈裟に音を外すたび 僕たちの喉は 夜景を揺らす 都会を抜けだして海で落ち合おう!!! 浜辺の砂が弾ける音に 耳を澄ませて夢を迎える 夜空が散らかす 星のきらめきに シャンペンの味を思い出し 背中の砂を払いあいながら 砂浜に残してゆく 足跡の感触を 足跡は波にさらわれるけど 僕たちは その感触を 透明なスニーカーにして また新しい街の 新しい海まで履いてゆくんだ 裸足のまんまで ---------------------------- [自由詩]雷光/風呂奴[2012年7月6日14時05分] 布団にくるまりながら 流星群を見おくる 眠り損ねた世界中の夜に 無数の地声が やさしいトーンで交叉する 言葉にしないと伝わらない 言葉にしても伝わらない 電線をすべる夜露のように 小さな沈黙の屋根の下 座り込んで 言葉を忘れたフリをする (...夜空が仄かに震えていた) ---------------------------- [自由詩]山の麓も海の日で/風呂奴[2012年7月16日14時22分] 蝉の音が、君に夜明けを告げる ぬるい麦茶を一口だけ飲む 連日降り続いた雨が 大気に馴染んで、 呑気に夢も見させてくれない じりじり揺れる、夏の日だ 寝起きの君は ふらふらと窓辺へ歩き 明星から天井へ 視線を遊ばせる 昨夜のリキュールと 友達の洒落に 脈拍をあげた次の朝 野原から林まで 小さな喉が 草木を揺らしている はしゃいだ足跡を 漣が舐めとることもない 海の日 崩れた山肌に、 遠い目を傾けながら ビーチの話をしている、 酔いの二日目 ---------------------------- [自由詩]雷光 Part2/風呂奴[2012年7月16日14時35分] 空はうるさく、 紅茶は、すっかり生温くなっていた じっとりとした沈黙が、 部屋中に散布されてから、 物語を見守るふたつの眼が ゆっくり剥ぎ取られて くり返しうつ寝返りの音 汗ばんだ背中が 怠い台詞を 無言のまま吐き続けている このようにして、7月の風が ベッドを背中に吸い付けていると 母親の声が 木曜の朝をついに揺すり出す、 起床、 夢日記には ついに空白が、 現実逃避には ありあまる活字が、 起動させたラックトップ、 ディスプレイが立ち上がると 「世界」の車窓を見た気がして さて、 この世界の乗車券は、 いつ発行されたのだろうかと、 生温い紅茶を口に含んで、 部屋をあとにする、 空はやかましく、 腹が下るように、 グルグルと空が鳴く 雷のように、地上に落ちた 「わたし」、を名乗る者、 そんなことを想っていると、 流しの皿は2枚も割れた、 鋭い音は、 落雷のせいにした ---------------------------- [自由詩]防波堤/風呂奴[2012年7月25日1時38分] 夕焼けは葡萄酒 そしてウミネコたちは翼を広げる 水平線、 海と太陽が 昼と夜を描き分けるその場所で 羽ばたきは燃える わたしの視力が 永遠に追いつけないその場所で 世界の一部始終が 透明に呼吸しているらしい 今日はウミネコで 明日は分からない 今 読んでいる「世界」は 200ページほどの質量しかない 明日 ウミネコはどのページも破らないまま 1枚の青空に 飄々と、風を見つけるだろう 防波堤からは 見慣れた風景しか見えない どこまで見つめても 海原と上空との 永遠のにらめっこだ ---------------------------- [自由詩]シリウス/風呂奴[2012年8月12日13時34分] 何度目かの冬に シリウスが描かれた 星たちはどれも 夜空の冷たい汗 三日月に触れる風光が 黄金色の鞘を象って 空をまっすぐに横切っている 羊たちのレム睡眠は 雨露といっしょに 裾野でスヤスヤと揺れる その昔 小さな足音で見渡した 冬の夜長 背筋を伸ばして 天空に 手のひらをかざしたことがあった そして今 僕は20年を通り過ぎ 少しだけ夜空に近付いている ありふれた体躯と 平均的な孤独を抱き やつれたスニーカーを 淡白に夜風に響かせながら 異国の音楽に 鼻腔を震わせて 空白の多いスケジュール帳を ぼんやりと眺めたりしている 追想と倦怠が錯綜する ありふれた現代人 これから何を担いでみても 異なる冬の 同じ星座に たどり着くのだろうか 、、、何度目かの冬に 僕は手のひらをかざした 永遠に掬いとれない 一筋のスペクトルを 何度でも美しいと 思い出したかった ---------------------------- [自由詩]盆の即興演奏/風呂奴[2012年8月14日22時02分] 盆の即興演奏 磨き抜かれた墓石のように 重厚に広がる天の平野 夜空は シャンペン色の発疹を患っていた 星の高熱も 青年の村落へ墜ちるころには 地上はすでに 輝きを唄っている いたるところで。 夏の夜半 鈴虫の輪唱が 風をかすめとる 南の空に閃光が走り 音のない花火が夜空を揺らす 昼間 日光をたいらげた ふくよかな樹木の悠然は 収穫前の巨大なナスのように 暗闇を蓄え 持ち場を離れず どっしりと構えている ライオンたちは サバンナの陽気ごと 図鑑の中で死んでいた 空き缶とライター ギターとテッシュ箱 汗ばんだシーツと雑多なメモ 部屋中に散乱する怠惰の跡は 脱ぎ捨てられたサンダルのように 乱雑に転がっていた 夕食前には 先祖を拝む 亡霊には顔がなく 座敷はすでに 死人のような口ぶりだった 蛍光灯だけが 無機質な音をくり返し、 僕がいつか この座敷のように 沈黙を語る日、 一体誰が、この部屋の灯りを 消してゆくのか 僕には、祖母の顔しか思い出せない 今頃 都会のハイウェイでは ふるさとの数だけ 渋滞の距離がのびているらしい 線香をあげる単純な静けさに 亡霊でさえ帰省する盆を 疑いたくもなった 一筋の霊感もない ありふれた個人が 昇らない言霊の飛翔を願い なんとなく合掌している いたるところで。 死と詩の狭間で 蛍光灯を消せば 神棚に置かれた 西瓜のような静寂につつまれて、 盆は止んだ。 ---------------------------- [自由詩]臭気/風呂奴[2012年11月14日21時06分] 引っこ抜かれた紅葉が 真っ黒に凝固して 光る路面の上 じっとりと持ち場を離れない 南北にかかる星のアーチ まばたきのようにパチパチ弾けて 青白い薄雲をこしらえ 光の翼を噴射している 宙づりの視線に 野良猫の細い鳴き声 空から届いたように 風に染み渡っていた キャラメル色の胴体を 青白い月明かりに浸して 空からきこえた細い唄 ひんやりと、 冷たさだけが匂った ---------------------------- [自由詩]かなしい/風呂奴[2013年3月19日11時56分] かなしい、 張り巡らされた路線のどこか 車窓は残像をつくるだけだし 吊り革の黄ばみは 誰かしらの時を、わたし以外の 世界の破片を蓄積させ 運びつづける 町から街へ、 昼から夜へ、 人から人へ、 わたしから、あなたへ、 譲る座席もなく 思いやりの芸当は苦役だ 目に見える世界や、 目に見えないあなたのために 発車する満員の言葉たち そのどれかに乗っているのか 降りているのかも解らない 気分のほつれを 「青い薔薇」や「ガラスの森」に 誘い込もうと かなしみ、を発った言葉に乗車して 他人のように吊り革を汚した かなしい、 言葉だらけのこの車両は どこかに連れてくれそうで どこにも運んでくれない ---------------------------- [自由詩]無題/風呂奴[2013年3月19日12時26分] (無人駅を捕まえた視力に 昼の色彩が降り注いで 言葉を一匹残らず狩っていった) こびりついた目玉 形容詞で特注した粗い網で 漁へ向かう 釣れないこと、を 釣って帰る日もあった 綺麗なうつわに 透明な鱗の不甲斐なさをのっけた 朝 空はほのかに夜を残している ---------------------------- [自由詩]無題/風呂奴[2013年3月19日12時42分] 昼下がりのあちこちで 残雪にめり込んだ風がある そのうち一枚を手にとって 冬の毛先と春のしっぽをスケッチする 腐葉土は絵がうまかった 3月の冷たいキャンバスに 季節の終始を要約した 空から落ちてきた葉 空へと昇る芽 わたしの指先が追いつけない 老練な若さ ---------------------------- [自由詩]縁側!/風呂奴[2013年3月22日2時39分] 真っ白な月は まだ青い空をカタツムリみたいに ぼそぼそ歩いて 真っ青な母は まだ青い僕の空に説教の排気ガスを 放射し続けるし そんな日にかぎって 真っ黒な空は 一番綺麗な星だけを寄せ集め 寝転がる縁側を 少しだけ暖かくする ---------------------------- [自由詩]/風呂奴[2013年3月22日2時55分]  海の向こうでは、薔薇色の銀河が焚き火みたいにバチバチ言いながら、大陸を鷲掴んでいた。雲を殺した空の青さが、水平線を抱きしめて、時間を止めながら空間のトーンを昼下がりのハープみたいにゆったりと落とした。狂ったギターとありふれた浜辺、具合の悪い喉を震わせながら、涙ながらにボヘミアンが風をだまして唄う海。雑に重なる前髪の様子が、その歌をひと際、魅力的に歩かせた。そして私はどこへも行かない。今日は休日であり、出来るだけ大地に足跡を残さなくて済む寡黙な祝祭だ。 ---------------------------- [自由詩]いつかの冬/風呂奴[2013年3月25日2時41分] 虹色の鱗を降らせるように 両手いっぱいの朝が帰還した 残雪の厚化粧を落とし忘れた山の稜線 ゆたかな崖の丸みを隔てて 磐井の流れが 怒号のように冬の重荷を河口へと吐き出す 薄氷は大地を鮮明に奏で、 鳥のつぶやきは洗い浚いに、 庭中が春をはためかせる 足下は一面が 台詞になった落ち葉たち 意味のない象形は新しい季節を伝書して それでも僕は馬鹿だから、 そのほとんどを掬いとれない ひとりの老人が、黙々と杉の葉っぱを掻き集め もくもくと冬の終わりを燃やしている 衝突する火の粉が静けさの朝を 少しだけにぎやかにする 冬は「今年」の檻から放たれ また僕や老人の 決して立ち寄ることのない いつかの冬になってしまうのか、 火葬されるように、 燃える草木は見守られ 死人のように、 無常さと新しい予感を置いてゆく、 季節が、燃える、 冬の肉体が、春の内膜に、 蒸発し、染みわたる、 悲しみを、遠くに、 追い返すように、 まるで、祈りを、 永遠に、昇らせるように、 ---------------------------- [自由詩]無声/風呂奴[2013年3月25日3時06分] 無口なソファのうえで すみれの刺繍が眠っている 追憶の傍を 離れぬように 発話されない希望の群れが いたる視線の向こう ありふれた角度の曲がり道で あなたの到着を 待っていればいいのに ---------------------------- (ファイルの終わり)