茶殻 2011年3月16日16時40分から2019年11月7日1時46分まで ---------------------------- [自由詩]アフター/茶殻[2011年3月16日16時40分] 書き捨てられた詩の墓に 二人、 言葉にされてしまった実存の愛を 弔いに行く 手を繋ぐ 午前中 フードの影から人を舐めるように見る癖のある僕が わずかにすれ違う人は 背負っていない もう詩を捨ててきたのだ 駅で誰もが顔をしかめている 煩わしい詩が痰に絡んでいる /// バケツに水を汲み 乾ききった石を着古したシャツで拭う 本当にデリケートなんだ 次 ここに来ても もういないかもしれない この子たちが、僕らのせい/おかげで こんな風にしていると そのことが今でも 家族の会話を ぎこちなくしている そんな気がする  そうやってあなたは人のせいにする あなたの笑みを また掌を構えるのが遅すぎて 花のない 煙のない墓で 饅頭もない 立地の悪さから 輩の騒がしさもない 物分かりのいい子から さよなら、ということを知り、理解し 適当な落ち度で 傷を抉り 季節の変わり目に消える /// 帰り際 単館上映のドキュメンタリを観る また僕は 痒くなる まだ僕は何も言わない 口を開くと 胃液のように 詩がせり上がる 僕に 詩を書くことしか/すら できないと ずっと 手に嘘をついている ---------------------------- [自由詩]神はまた遠く/茶殻[2011年4月27日17時40分] 雨と雨の間に岸があり 岸と岸との間には ひたすらに薄暗い海が続いている 鴎はその青さのあまり光となり 灯台のあたりを 喚きもせず 揺れる 週末の地下鉄に エンゲージリングを拾う 泥棒がいる 「千の冷蔵庫に  シャーレに閉じた  微笑を」 雨にうたう声 静かに眠れる 月になれたなら 枝と枝の間に空があり 空と空との間に 生まれない彼らの羊水が溢れている ---------------------------- [自由詩]鍋を割る/茶殻[2011年4月28日22時45分] 鍋を割る 三和土に打ち付けて 引き戸を閉めて でたらめに跳ねる鍋 鍋はでたらめに跳ねる 跳ねる鍋はでたらめ 悪いのはぜんぶ俺 何者かの妻の握り締めた鍋は孤独なもので生きる、死ぬの隙間を埋めるセメントを煮立てていたのではないかと思うわけである、小指をギプスで固定して生きる私には鍋は優しい、あまりの優しさにいつも歯が落ちてカン、と蓋が響くその音、音。旅にデイパックを連れるとき、それが鍋ではいけないのかと思い詰めても鍋はタオルを詰めても水筒を詰めても不便なものであるので鍋を私は破壊してもいい ああ  鍋、鍋 鍋を割る 思うように割れないので 素麺を茹でる ---------------------------- [自由詩]ブラウン・シュガー・シンドローム/茶殻[2011年5月4日23時57分] スチール缶の中で真っ黒に佇むコーヒーを覗くと ウッドベースの重低音が聞こえてくる コーヒーにジャズは似つかわしくないが ときにそれが恋しく響くことがある 口笛につられてシジュウカラが舞い降りるシーンへの憧れに 暇を見付けては風を仰ぐ無人の屋上、室外機の喧騒 隣のビルから飛び降りるスタントマンは 地面につく前にふっと消える それを繰り返し見続けて日は暮れる 僕はそこかしこに飛んでいく紙飛行機の遺書を掴もうとして 掴むべきか逡巡する 定義されてはならない厳密な自由 風のない日は サイケな音に乗って飛んでいく あのひとたち    ラッシュを避けた埼京線はそれでも空席がなく    かつて おまえ と呼び合っていた女が    中吊り広告の隅で『今年っぽい』らしいコーディネートを纏い    歯を見せて笑う姿にさめざめと鳥肌    右肩下がりの外食産業のギリギリの好意さえ嘲笑うように     おまえ はドリンクバーに憑依して    アイスティーに大量のガムシロップを注ぎ    その おまえ を見る目が慈しみではなく憐れみであると露顕してから    凡そ天使のような生物のはずだった おまえ の肌はウエハースに変わり果て    横並びに公道を歩くことも億劫になり 俺はそのモザイクを内へ内へと折り込んだ    もちろん おまえ の肌や化粧品やまして毛穴のひとつひとつを愛したわけではないが    実際のところ世の中に「どうだっていい」ことは何一つないのだと学ぶことは    損ではなかったと思うようにはしている    (さらに酷いことを考えたこともあるがここでは書かないことにしておく)    俺はそれ以来雑誌のグラビアを眺めながら    その娘の口臭をイメージする悪趣味な男になった はしゃぐことを大いなる是とする都市で僕たちは出会う 万華鏡さながらの極彩色のコーティングはところどころ剥げ 鈍色を晒していることも気に留めずに あなたは坂を下る柑橘のように細やかにステップを踏み鳴らす (或いは嵐の船に散らばる酒樽のように) 露なその肩口には 掌で隠れるくらいの何か爬虫類の入れ墨を這わせ 僕の同じ場所でオーストラリアみたいな痣が広がる くたびれるほどに俗界を往復すると 眠らないあなたは眠るようにそっと睫毛を下ろす 僕は少しためらって 欲情の二歩手前でファスナーを上げる やんないの? たたねんだもん プラトニック なんて俗界じゃ流行りえないのだ 濡れないの、という誠実な告白ならば 或いは 初めてなの、という生真面目な嘘なら その切なさも画になろうものだけれど (近頃はそんな小説ばかり読んでいる)        閉店間際の赤羽駅構内の牛丼屋に傘はなく    天国への宿場町があるならこんな風じゃないかと思う    お待たせいたしました と機械的にやってくるカレーライスに    お袋の味とかいうありがちな隠し味について味蕾は追憶しない    適度な間隔を開けて肥えた文明的な猿人が席を埋め    その中に色気だとか野性味を求めるのは場違いではあるだろうが    彼らには子供がいて    その以前には相応の手順が踏まれている    愛し合ったディテールが    金庫代わりの電子レンジに仕舞ってあるのなら    俺には訴えることなど何もない    (推定無罪だ、誰の菜食主義も俺にまとわりつくことはないのだから)      通り過ぎる喫茶店の全ての座席にあなたが腰掛けていて 僕はもう 始めから 許されるか許されないかしか 許されていなかったのだ (、というダサいレトリック先走るニヒリズムに徹するほかなかったのだ) 夕闇の街はニコラス・ケイジばかり歩いている 団地の中庭で たくさんの子供連れが花火セットを開封して 水道にはミズイロのバケツを持った母親達が並んでいる 明日の朝には戦地の役目を終えた戦地のような姿を晒す そして許されるのだ 中庭はもうしばらく中庭でいられることを 処女性なんてこれっぽちもないくせに (ほうら、もう黒猫が隅を横切っている)    今ごろ おまえ は今年っぽい男に今年っぽく抱かれているのだろう    おまえ と呼ばれて あなた とか呼び返しながら 喉を鳴らして咥え込んで    その日 おまえ枯れすぎ と別れを突きつけられたとき    俺は出涸らしの玄米茶を注ぎながら歯に詰まった米菓を舌で剥がそうとしていて    冗談か本気か受け止めかねたまま間抜けに頷きするりと「僕」に寝返ったのだ    求人誌の皿に盛った枝豆をぷちぷちと食い尽くす    会員証の更新ついでに仁侠映画でも借りてくればよかった    (用法と用量を守りながら死を摂取する、誤用で死んでしまうことのないように)    フラッシュバック――祖母に連れられたサーカスは    どれがピエロなのかもわからない不親切な一団で    呆けた僕に祖母はただただ派手な下敷きを買い与えた    『夏休みの思い出』として課された作文に弔ったのは    それよりも共食いしたザリガニのこと、先の丸まった2Bの鉛筆で――   。。   コーヒーのスチール缶の表面には苔が生える 飲み込まれて溶けることばかりが 生であり死であると結論を求めて 疼きはいつでも不揃いな前歯で甘噛みを怠らない    プルタブを引くと    そこは夜になるはずの沖    キスをしたんだろう、俺はそれと 誓いを立てたのだ、ひとつになるために、 飲み口の崖から今に飛び降りようとして 僕は何に忠義立てているのか気がつく    夜に与えられた封土    隙間なく並べられたビルから飛び降りたスタント    彼は光に溶けたのだと知る   人差し指と中指のあいだに浮かぶ   発情を終えた早熟な昼夜の残滓   ストロー という道具は実際文明的なのかとか考えながら   僕は渦のなかでひらひらと桜のように舞い落ちるポテトチップスを啜った   「読みたい詩があるなら自分で書けばいいじゃない」   そう言ったのは あなた だったか おまえ だったか   あのウッドベースは   かすかな胎内の記憶だったのかもしれない   夜に溶けたがるのは   現代病だそうだ   ようやく わかったそうだ ---------------------------- [自由詩]家探し/宿無し/茶殻[2011年5月9日23時28分] 単身赴任の父ちゃんが、 短期休暇を貰って帰ってきている日、 ぽつり ぽつり と温かい犬が降ってくる 灰色の空から降り落ちる黒い雨とは好対照に、 青い、とにかく青い空から、 主に茶色、のコーギー、と、千切れた雲のようなマルチーズ、 それと少しのミルクが ぼくは家族と あたらしい家、を、 さがしに来ていた、けど、 ぼくにはわからないことばかりだから、 お墓のカタログを、見ていた お墓には キッチンも、リビングも、 町内会もなくていい 駅からの距離は気になるけど、 そもそもぼくが死んでしまったら、 ぼくが出歩くことはないわけで、 それなら騒がしくない場所の方がいい 空気がきれい、とかね、 普段はあまり気にしないこと、 虫は好きじゃないし、 夜はコンビニの明かりが見えるところがいい、 そのあんばいはむずかしいね 死んだあとに、 ほんとうに石に魂が宿るなら、 黒く光るミカゲ石じゃなく、 駐車場に落ちているような、 ブゼンとした石がいいな、 ぼくが蹴っても怒らない、ような石 そうだ、ちょうど、 降ってきたはいいが、 行くあてのないあのコーギーが、 おしっこひっかけても怒らない、石 家を売る人に、 ペットが飼えますよ、と、 父ちゃんと母ちゃんは、 勧められて、困った顔をしてる、 何もそれを言うために犬のかぶり物までしなくてもいいのに、 あと、わがやに住むペットは、 犬じゃなくてフェレットのジロー君、4歳です 誰もいない家にいる、というのはどんな気持ちなんだろう ジロー君はハチ公みたいな忠実さで ぼくたちを待っているのかな それは、お墓にいる、みたいな気持ちで ぼくたちがお墓に行く日が来ても、 それともジロー君は猫かぶりをやめて、 たばこをくわえてるのかな 医者の前でだけうつむいていたじいちゃんみたいに 大きな買い物だから、と、 ぼくのお墓選びと同じように、 戦利品はカタログ数枚ぽっきりで、 それじゃ世間話をしたいだけみたいだ、 冷やかし、ではないのはわかるけど、 犬の被り物したままのあの人が、 ガラスの向こうでしょぼくれる姿が、 タクシーを待つ間、ずっと見えた いつも、こう、なんだろうなぁと見ていたら 頭上の犬が赤黒く乾いた舌を出した タクシーが滑り込んできて、 タイヤに弾かれた石が、 転がってきたんだけど、 石は怒る様子もなくて、 ぼくの墓にしようと思って拾った、のに、 タクシーを降りてから、車の中に、 それを忘れたことに気付いて、 落ち込んでたら、 家のそばのコンビニのまえで、 ぼくの頭にコーギーが降ってきて、 父ちゃんがそれを庇ってくれて、 コーギーのことを責めたりもしなかったから、 ハロー、と呼びかけて、 去っていく、 コーギーの墓を、 見つけるために、 折衷案、 ティラノザウルスの化石、に、 ぼくは住めないだろう、 けど、 コーギーなら、 いいんじゃないか、 空から降ってきた、宿無し、な、わけだし。 ああ、それでもまだ、 下界は あたらしい家族ばかりだよ。 ---------------------------- [自由詩]ピエロ・ing・ファンファーレ/茶殻[2011年7月30日22時41分] 内股のピエロが鼓笛隊を従えて軍歌を奏でる九月の終わり 空腹を満たせ とデモをする している 電柱のてっぺんでカラスまでもが歌っている 反対側で 空腹をごまかせ と公務員とレスラーが徒党を組んで立ちはだかる 今から惣菜を買って帰ります と母からメールが来る   Re:もう少ししたら帰ります このまま彼らは互いに左車線をすれ違うだろう 守るべきルールを遵守するだけのシンプルな理由で/僕たちはピストルを持たない 自動販売機の前で 硬貨の投入口を覗いている娘を誰も咎めはしない 仕組みは知らない方がいいものも割合多いけれど 小銭に夢を見ず育ったやつにろくな大人はいないと知っている それとは別に 自らを殺したことのないやつは信頼しないことにしている 一世紀 二世紀 と焼べて弔う推理小説 善いことをする している 無駄なことをする している ジュテイム ジュテイム と十手を振り回し叫ぶ無神論者の行進/新しい座標軸に飛び移る鳩の消失 標榜されたラヴに生き埋めにされた浮気性の市長が祈る ミニマムの不幸と ミディアムの幸福 黒髪の神父にもまた鼻血を拭ったあと 彼に家族がいる 彼らに家族がいる 僕に家族がいる 家で生き埋めになって待っている している 空腹 名前さえ持たずに/それも愛なの? 「『春はすぐ腐ってしまう』 と君が言ったことを思い出す  僕もそう思う と答えはしたけれど  どの春の話なのか僕にはわからなかった  どの春もそうなのかもしれなかった」 トランペットが不在の鼓笛隊には ソプラノリコーダーを構えて並んでいる小学生の男の子 僕の小指が届かなかった場所には もう穴がない やさしくなったのだ/黙っていても音は肩を組む/わをん プリンを買ってきてくれないか との父からのメール スーパーではすべての商品がプリンのふりをしていて 仕方がないから一番やわらかそうなものをレジに持っていく 追憶 メールの字は震えないからいいよな 父の笑い皺 今日は誰の葬儀だったか 粛々と式が進行していく間 僕は何かとんでもないことを想像し とんでもない想像の結末に少しだけ泣いたんだ 遺影を焼き増ししてくれないか/写真も死体も焼くものに変わりないんだね 家に帰り着くと 先に帰宅していた母が ハンバーガーを食べながら通販番組を見る 見ている 父は行進があったことも 僕が泣いたことも知らずに  天国の根っこで鈴のないタンバリンを叩く 叩いている だろう ---------------------------- [自由詩]八月にうたう/茶殻[2011年9月4日16時40分] 毎日せんそうやってたんだよな、と 黙祷のかたわらでぽつりと確かめる ルービックキューブにたとえるならば 3つの面の色が揃ったあとで あの黒い雨が降ったということだそうだ おもちゃに喩えられる戦争の 知りうる限りの数字の中に ぼくはいない 黒い雨の黒さも暗い月の影にしかいない 戦没者として僕は弔われないし 今日ぼくはあなたのために死ねない 明日ぼくはあなたのために死ねない あなたの顔が小奇麗になっても ぼくに差し出せるのはわずかなアルミニウムしかない 祈られた空を縫い合わせるひこうきの その手術のあとは 季節をやぶる矢のように あの雨のしずくに濡れた五線譜をばら撒きながら フェードアウトしていく ---------------------------- [自由詩]フランソワ/茶殻[2011年10月7日22時36分] お姫様の人形を汚すこどもたちの笑顔 まちが健全か否かを計るすべを知るために /仮にその娘をフランソワとする フランソワには許婚がいて 実の父と母よりもふさわしい親がきっとどこかにいる/ 開きっぱなしの水道が砂に川を造る さまざまなボールがもう一度転がる時を待っている /フランソワの部屋にはたくさんの本がある それはフランソワが姫だからであって 姫のための音楽や姫のためのドレスも変わらない/ 世界は処女じゃないと思う けれど世界はもしかして童貞ではないかと疑うこと度々 /硬くなった火を見つめていて フランソワは続いていく時間の速度を 首筋より先には伸びることのない髪に問う/ 公園のゴミ箱に少年は拾ったセミの抜け殻を投げ入れる スローモーションで重力に招かれる夏は地球の自転の向きに従順 /指輪をはめてみる 陽光にかざす フランソワにはただそれがまぶしい/ 「天使たちは白人の成分で出来てるから 俺たちには何を言ってるのかさっぱりなのさ」 /子供たちはそれぞれにいつか革命を起こす、季節を破壊する フランソワがそのときどこで泣いているのか 僕にも思い出せたことではない/ 読み捨てられた雑誌のなかで裸の彼女は人形を象る こうもりの森にやがて捨てられるフランソワの頬に伝う朝露 /テレビも消した パソコンも消した あくまで偽悪的に孤独の音がした/ //孤独の音がした// ---------------------------- [自由詩]リバー/アナログ/茶殻[2011年12月15日1時58分] すけべな川魚は岩陰で寄り添い すべて水泡に帰す愛の歌を歌う ゆうべ降り続いた嵐で濁る川面 ゆらぐ光は泥にまみれ畳を編む 水のない街で雨を待つアスファルトの灰の色 灰のない街に沈む鉄のタバコの海の底 ナイターが終わり 球場は改めてもぬけの殻になる 忘れ物がある 「夏」とか「少年」とか およそ取り戻せないものは 忘れられていくに決まっている 平等な遠心力が僕たちにかかってるならば 背中の方にひびが入る仕組みに説明がつく バックネットを伝って音が登っていく 僕の声が さまざまなフェンス越しに 粗挽き肉のように咀嚼されることを考える 僕が さまざまなフェンス越しに 粗挽き肉のように咀嚼されることを考える 大きな大きな自由のカタマリなんかなくて 引っ繰り返された賽銭箱のようにそれは転がってる トリュフを拾い集めるあの初老の 丸まった腰にのしかかる重力がイメージになる どこかで 愛の言葉が そんな風に 吹かれている 挽かれている けれど そうならないものは 必ずあるんじゃないかと思う とてもとても高く上がったフライを落球した外野手 キャップを深くかぶり バスに乗り込んだ姿は 愛を金属に喩えたことの罪滅ぼしのようだった 何を思いつめることがあるの? 誰も彼も同じ約束をポケットにしまいこんで あふれさせているの 【バスが少しずつ膨らんでいく】 【浮かぶ】 【風に泳ぎごろんと転がる】 未来都市の哲学に向けて ごろごろとまわるキャタピラ 聖母の子宮から滴る雫を プラスチックに変えていく 【密林から現れた風船】 【革命が始まった】 【月が急いている】 強いものも儚いものも 潮流には抗えないまま 単純なものへの憧れが 頑丈な骨の傘を吹き飛ばしてしまう 雨の降らないビルが燃え続けていて 定点観測のカメラは昨日のコピーを映した カプセルから這い出たものは 全部灰になって 散り散りになる 精密なドキュメント そういう夢 ---------------------------- [自由詩]スペースシャトル/フォーカス/茶殻[2011年12月16日23時03分] 雪の降る日のテーブルの上に スペースシャトルが落ちた 私のいくつかの記憶を載せたものだ それは言葉を発することはなく 極めて無機物的なたたずまいをして かたまりのままのマーガリンを積むトーストの傍ら やわらかく重力に寄り添った 私は泣くことも出来た 笑うには穏やかな悲しみがまさっていた もう一度どこかの惑星に向かうとは思えなかったのだ かすかな食欲に従い トーストにシナモンと砂糖をまぶして食べた 薄いめのインスタントコーヒーも飲んだ それらは徐々に私の体温に馴染んでいった 一通りの食器を片付け新聞を畳むと 真っ青な砂漠の上で さらにスペースシャトルは目立つようになった 客席はなく 私の生活はみな暗幕の中での静物だったのだ 童話の挿絵のなかで固まってしまったかさぶたが 虚空の彼方からぽとりと落ちてきたのだと思った 灰のようなにおいをまとって 音のないジオラマに老翁と老婆が生活を始める瞬間に 窓の向こうから煙が立ち昇ったのが見えた コートを羽織り私は出かける シリンダー錠を閉めて振り向いた途端 帰宅する頃にそれが解けてなくなっている確信が 強くなった ケヤキの黙秘は誕生と死別の空間をにおわせ それぞれの体温の中で 春がふつふつと沸き立つ音がしている 薄くにごる雲の往来 私達の季節の立体、猫舌の朝はねずみ色の息をしていた ---------------------------- [自由詩]スポット・ライト (改題)/茶殻[2012年1月20日23時21分] レモンの色のオレンジ・パーク 夢中で羽ばたいていた 風の噂にたなびいていた オレンジ色のレモンのTシャツ ハグとキスは降り注ぐ ビルとベルの調べは泳ぐ 少年少女は前髪を気にして あるチョウが孵ったことにも気付かない 肩から下げた鞄にはパスポート 切手がなければ 僕が渡しに行けばいいだろう どっちに転んでも半分は嘘で 紙幣は泥にまみれて 偉人の顔は乞食のようだ 粘土質の光に満ちて 銅の牧師が腕を広げている 団地の屋上に放し飼いにされたバクは 本当に夢を食べていたんだ アンチテーゼをくぐり抜け菜種へ駆ける鱗翅の揺らぎ レモンの色のオレンジ・パーク ---------------------------- [自由詩]祈りの船/サイン・アウト/茶殻[2012年2月22日1時35分] JRから東武線への通路は朝から混雑し 僕はひたすらまっすぐ歩く作業着の僕を 高い窓の外から眺めている 通路の真ん中には真っ赤なテープが貼ってあるのに 右にも左にも進行方向を示す矢印がなくて 自ずとぞろぞろとぶつかり合う波の中央からやや奥の方 ひたすらに歩く僕は人と接触する瞬間に 相手に溶けてそしてくぐり抜けていく まかり間違って血管の網に引っかかる不安 は杞憂に終わり あばらの櫛で漉かれて僕は砂のように復元する 或いは妊婦をくぐれば 胎児を奪うかもしれない 心臓疾患の中年男性をくぐれば ペースメーカーをこそぐかもしれない 少年がランドセルに隠した痣を掠め取ってそれをすぐ貼り付ける 僕のように溶ける生物をラッシュアワーに探すOL のハンドバッグから口紅を盗んで 僕はそれをポケットに入れる 東武線には色気がないんだと言って ホームに降りた僕はその紅を OLの(乾いた)唇の曲線に抉れたスティックを 走り出す車体に強く押し付けて それを愛そうとしている のに 抱きしめる前に無表情に僕のもとを次々と去っていく 学問としての美学、エステティークは 枝分かれの果てに皮膚を突き破り 指先から滴る血液を纏ったところで 東武線と交わることなどできやしない と僕は思うのだが 僕はまだその場所で御馳走を前にするように 埃に煤けた指を舐めている あのOLの香水の香りを細胞ひとつひとつに含んで //////// バラ色はくたびれるんだよ、と白か黒かを選びながら ピンクの門をノックして なんだわかってんじゃん 終点は始点となり ルージュを剥いだ唇に中指を押し付ける 枝毛の先に咲く花で占いをしよう 車体に散る 赤い花と記号めいた独白 生命のドレスコードは祈りをまとい 走り出す灰色の壁 その船(自動ドアを自慢げに開ける車掌の眼鏡) 麻雀をはじめれば 知らず、誰かの義手を握っている、誰のものなのか やけに深爪である 僕は知っている、それには神経が通っていないこと 軽やかな拍手の音は生まれないこと 砂の船は洗われて あばらの鉄檻が波に揺れる 妙なウイルスにかかった オーバーホールを望む 手を丸めて僕は深く眠る ---------------------------- [自由詩]哺乳類/茶殻[2012年3月22日12時57分] 枯れた陽の射すベンチ、 折れたハンドル、青い柄のミリタリーナイフ 革靴の底には外れ籤がついて 誕生日の烏はポエムの生る樹で鳴いてた 白目を剥いたまま 着せ替え人形は土にまみれ 誰かがそのはらわたに十字架をさした 真珠のような 眼 世界を放逐する 世界に報復をする 世界を縫合する 世界に包帯をする 悪い奴がいるから 海から追い出されたのだ 本当に魚になりたい僕は 寝不足の在来線で そうやって誰かを恨んだりする たった一人の 泳げないやつのために 陸に上ろうと言ったやつを 僕は せっかくなので ぶん殴ってやろうと思う 譜面から想像できるファルセット ほらみろ不整脈だ 短足で 悪かったな ---------------------------- [自由詩]てんらく/茶殻[2012年4月14日1時20分] 裏切るよりは裏切られたい、ということになっているので、 証明写真の下でサムズアップしながら地獄に落ちようと思う とはいえいけ好かない野郎に唾をふっかけるくらいのことは 正確な裁きの元では罪と罰のバランスも悪くないだろうし 死ぬまでは生きてかなくちゃいけないと思って過ごせるように 順を追って私の腐りかけの部分を剪定して新しい腕を生やそうと思う ___ 茹で卵はテーブルから落下する 鈍い音を立てて炸裂するその卵としてのフォルムから ただぼとりと落ちるだけのつまらない一倍速を眺める ジェットコースターに臆病なガールフレンドと ジェットコースターに無関心だった私と ただ雲を見にテーマパークまで足を運んだだけだと気付いた その日 帰りの空は淀んでいた 僕はどれいか どれいなのかい 茹で卵に入った蜘蛛の巣のような亀裂の 奥に埋まる 命に似たもの ___ 真っ暗な空港で 抱き合う天使と悪魔の ワルツ 火葬場から新しい煙が立ち昇る 滑走路は際限なく継ぎ足されて 甘い祈りが舞い上がる ろくなことにはならないだろうけれど 僕は昨日を生きたかった カクカクとペダルを後ろ向きに回して陸橋を下る学習塾の帰路 神にすら思い通りにならないことも あるんじゃないかと思った 財布に残っていたレシートの裏に 赤いサインペンで『大吉』と書いて 破いてみる 天使に右腕を 悪魔に左腕を 産まれる前に譲った気がする 因果によって生えた新しい腕で 甥とキャッチボールをした 洋酒を覚えた 六弦を覚えた ロレックスを覚えた 愛する有象無象をつねってはじいて撫で回して 全部そいつらのせいにすることを覚えた ---------------------------- [自由詩]しそう/茶殻[2012年5月13日1時05分] こんなことをいうのはしのびないけれど私の頭の中にもう私の墓は建っている 仏具は風化し供物は腐蝕し冬の日の乾いた光の受け皿になり憮然と佇む姿を 想像せずにいられない かつては海に散骨してもらうことばかり考えていた 魚になりたいと思っていたし 魚でないならばせめて海の底に根を張って生きてみたいと思っていたから それは変わらない その頃と同じ強さではないが今も少なからずそう思っている 思うだけにとどめている 単純な話だ 誰が僕の骨を拾い ばら撒いてくれるのか 埼玉から太平洋まで流れ着くには 先が長い 何の変哲もない石を腰にぶら下げている私はどこかで沈んでしまいかねない まして沖まで船を出してくれる慈悲深き物好きがいるかどうか 感情が焦げた骨にこびりついていることを考えるより 抜け殻を飛び出して凪いだ海に飛び込んでいく私の影を考えて生きていること それで私の海洋葬への切望は満たされている 無縁仏の言葉に耳を貸すのは なにか打算があってのことなのでしょう 荒野は誰の庭か この国に荒野はもうないのか 海に散骨して欲しいと願うに至る別の理由に 今思い当たる 頑なに閉口を追い求める墓の中に 海兵とカモメを閉じ込めたスノードーム ひびが割れて 真夜中の水族館から逃げ出す 衝動に羽が生えたところで飛び回った末にいずれ帰ってくる それは自由と呼べたものではなく 私のせいかつは諸々の普遍的事実に彩られ 柔らかな花弁の変色に ささやかな自由を夢見る ---------------------------- [自由詩]地平/茶殻[2012年7月2日1時25分] 世界がそんなことでは終わってたまるかと僕は思うのだが 世界が終わるような顔をして学生服の少女は途方に暮れる 生まれてこなければよかったと痩せた影が独り言つ 子宮のない私はただへその辺りが痒くなるばかり 乾いた唇から舌を出して ほかの動物たちに唇はあるのだろうかとか思った 余計なことを口走る悪癖を忌みながらそれでも唇は縫うには厚ぼったく 意思によって閉口を貫けない私は舌を挟むことで喋ることを拒む 「純文学」という言葉の上にもうひとつ「純」を足したくなるような くどくしつこくあぶらっこい胃にもたれる文章を欲していた 裏を返せば 私の望む通りのもの、想定以上でないもの、として そいつは限られた間口と限られた奥行きにすぎないわけだが それはつまり僕のスタンダードに過ぎる性癖に似ている かつての恋人の可愛げのない性器にだって似ている 君はボタンを掛け違えたことを憂うより ブラウスを手に取ったことを嘆くべきだ セーターを編んでやることは出来るかもしれない 美しい裸こそ催すことが難しい 週末、 ある女は自らの肌を蜘蛛の巣に曝し ある男はそれを半裸になり覗き込む 唯物のあらわれか手持ち無沙汰にあちらこちらを指の腹で探り 膿を探し当ててはプチ、プチと白濁を放つ 首のない写真とともに暮らしていくことに 名前のない女とともに暮らしていくことに 金のかからない愛の好都合と不都合の天秤に 宗教的大衆に祀られた無菌室のような天国に そのなけなしの余白を今に失いそうな小舟に イミテーションを飾る空白などありはしないと思うわけだ ラジオでニュースを読む男の平坦な声の 唇のひとつひとつの動きが チャップリンのように速度を変えながら シームレスの10秒を重ねていく 柔らかなてのひらを持ち カスタネットのようなえくぼを包み 背中合わせの愛と憎を結わえることで 舟は私とあなたの同乗を許すだろう そんなことで何が変わるとは僕は思わないが 白線の国境をノックしまたいでみる 長電話だってするさ 影と話し込んで出す解はしのびない 咎められない裏切りは虚しさにすぎない そんなことで世界は終わってくれやしない のさ ---------------------------- [自由詩]一虚一実/遠心力/茶殻[2012年7月23日3時22分] 無重力のなかで戦争してたら 私たちはいつまでも平和主義者なのにね 宣教師と風俗嬢のほほえましく赤裸々な話に耳を傾けて 恋人をつくる、という努力に必要な相応のエネルギーを どう奮い立たせるのか 沸き立たせるのか 僕の子供の顔はいかがなものか その子が男ならば兵隊に その子が女ならば人の嫁に出せるように 育てるだけの親となりうる余力は残されているのか 湯気も失せた鴨そばの真っ黒な液面に溜め息がうつる “あなたを 誰も 守らない” 何かのキャッチコピーだったか 近頃ひどく頭にこびりついて反響する文句に 僕は日に日にことばを失っていく強迫に揺らぐ 隣国がミサイルを撃ち 隣国のアイドルを眺める 白黒映画の隅を軽やかに歩く犬を眺める 点と点をつなぐように 父と母のそれぞれの息子としての役柄を至上とするならば やがて父と母の死に寄り添って 僕は失われるべきなのか 僕は蜘蛛の糸を掴むだけの大根役者にすぎないのか ああ 骨の裏にすむ熊よ 自由が踊るだろう 風になびくだろう 地球儀の無数の交点よ 幸福な私はそこにいない 父と母に充分な幸福をもたらすだけの 私じゃないんだよ 色とりどりのゴムボールが降り注ぐ 骨の裏で 熊よ 鮭がない 鮭がない と うつ伏せていれば 色とりどりの雨は あざとくも私の不幸を彩るだろう 代理戦争の号砲で人々は駆け出す あてがわれたコーナーを あてがわれた直線を 人々は走る 僕は一番内側を走る権利を逃して それぞれの無邪気を受け止めるように ただ私がそのレーンを踏み越えないように そして内側を走る大切な人を受け止められる私を 維持するために 足枷を引き摺りながらコーナーを走る あなたを支えるのではなく あなたを保つ私を保つのだ カウンセラーにでもなったら、と 職を失って間もない私に告げた彼女は きっと 彼女以外の言葉を得られずにいた私の心に 気付いてはいなかったろう ちっとも当たらない天気予報に眉を顰め それ以上に何の足しにもならない一日分の占いを 白夜の地平線をぐるりとまわる太陽みたいにあがめて 革靴の爪先は波に濡れた 今しがた 君と僕は剥がれ 電球の内と外 スノードームの内と外 屋上のフェンスの内と外 月のようにそっぽを向いて その背中を顔に見立てながら 9回裏、3つめのアウトをコールする 嘘と危険の何一つないところが 天国なんだ だから 僕にはそれが見付からないんだ 命には値段がいずれつくだろう 僕の値段はきっとつけにくいだろう そう信じてやまない そう信じてやまない ---------------------------- [自由詩]話されて/流されて/茶殻[2012年12月27日15時15分] 隠し事はいつも耳の裏にあり、 ことあるごとに私に囁いては、 痒くなるそこに汗は溜まる 神は黙っているのが仕事だ それは私が沈黙を不得手にしているからこそ その果てない鈍痛のような粘性に傅く 王は話すだろう、 君の耳元で、 移民の言葉や、 或いは愛妾の姿で、 幼い瞳で捕らえた小さな虹の、 付け根に浮く蜻蛉の羽が、 私の背中にもあったのだと 君と私との間に 無軌道な低気圧が駆け もがりぶえが響く 多くのポエムは唾棄されるべきだ。 唾棄されて 話されて 長い上り坂は 私たちの沈黙を許さずに 不浄の空に向けて 春を待つを告げる。 ---------------------------- [自由詩]サブジェクト/茶殻[2013年1月13日1時43分] 思い上がれば月初め、 寝かしつけた二人の猫に 子守唄は要らない 朝の詩人と夜の詩人を繋ぐ 一条のペンのかげ かすりもしない韻律を 丘の風に送って レトリバーがおもちゃに飽くように ニュースは褪せていく 戦火にあってあふれ出す血液を 数多の雨が洗い 滝壺は繰り返し受け止める 重力に根付いて 飽くなき自由への一兵卒 愛の岩肌に触れるとき 主体は目覚め たちまち孤独は疼くだろう 揺らぐ川面の月、 点と点ははぐれにはぐれ 真円を結ぶには至らず ただ ただただ、 丸くなる猫の胸の裡に 不完全なことばの群がりが 衛星のように揺れ 浮かびつづける ---------------------------- [自由詩]アポロ/裏町の月/茶殻[2013年2月12日22時43分] 明日は雨が降るらしいから ぼくたちは油膜のなかで会うことになる 日ごろ閑古鳥の鳴く裏町も 雨になると人が増えるから いつもより約束は固くしておく 約束なんかしなくても 導かれるのが運命なんじゃない?と囁くのは フォーマルに勤勉な悪魔ではなく ライダースを着こなす天使ではないか 化粧水の霧が濃いね 、シミュレートされるセンテンス、 これでもだいぶ雨雲を食べてきたんだけど 月面でタンバリンを叩くように キスをするつもりだ 単板ガラスに虹を含む結露 ---------------------------- [自由詩]海/茶殻[2013年5月19日2時02分] 底に沈む写真を拾いに 多くのひとが海に潜る 千切れた髪を集めたひとは 烏賊に 折れた指を集めたひとは 海星に 破れた耳を集めたひとは 貝に 余った骨を集めたひとは 蟹に 思い出に息を吹きかけると あなたもわたしも 飛んでいってしまうから やさしい気持ちを浸した海の中 荒れることのない平和な国を求め ひとびとが 海にもぐるようになって 海は少しずつ 温かくなった ---------------------------- [自由詩]スウィート・デビル・テイル/エイリアン/茶殻[2013年7月18日3時24分] 殺し屋の看板は下ろしました ついに一件の依頼も来なかったけど 前科者の看板は外せないしね ロンドンの中央を走るバスに貼り付く いくつものガムを剥がして ぼくは本当に会いたいものにだけ会いたいと願う 風の噂の始まりは 38度5分の熱にうなされる少年の夢の中 スウィート・デビル・テイル 何度枕を裏返しても奴はいない 閉じたまぶたを横切っていく天使の羽に 闇の国も住めば都なのかと問う舌は痺れて 図書館を喫茶店に様変わりさせるような ジャズ・ミュージックばかり聴いてみても ぼくの最低限のワードは心に潜む、三つ子の魂百まで 説明過多の春よ 青くにおう風も幼い嬌声もアウターの彩色も微炭酸の光も 春なんだよ、簡素な、それでいて多弁な、金太郎飴の春だよ 少し早く生まれた彼は次の職を探すぼくを面接する 彼は知る、火曜日と金曜日、 恋に生きるJohn Doeでいたがっているぼくを 無意味をかたる諸々の事象が意味を求めているはずなどない 手首を切るのが先か、クスリが切れるのが先か、額の中の少女は プラグマティストが酩酊の果てに描く神のポートレートか 民間の宇宙船に飛び込んで UFOを探したいのさ、本当にぼくは何も知らないけれど 閉じ込められるより放り出される方が孤独だよ、きっと 夢の中で呼吸をしていたかはいつも定かでない パスタが茹だるまでぼくは本当に呼吸をしていたのか 思春期の煙草にくれる気持ちが少しわかる懐郷のモーメント “救われるべき手のひらが 祈りのために閉じられてしまうなら 僕はその手を解き、握りしめるだけだ” 深海からおもむろに顔を出したことばは眼球が飛び出ていて そいつはまさに絶望的に悪魔だ、 春が本当に似合わないったらないね ---------------------------- [自由詩]おとこのこ、おんなのこ/あかいいと/茶殻[2013年9月2日1時01分] 「ずっと、スカートなんか履いたことないよ」 男の子だから、ぼくは 薄荷の声を持っていないから ならば女の子にだってそんな必要は無い ガーリッシュを追い求めて 要領の悪さだけがさえなく空走る ・ピエロのメイクも弱い肌にはこたえるもので おもむろに神父に爪を立てられて 君が月の満ち欠けに気付く日が来ると ぼくは君の代わりになんてなれないと諭す キスをして唇を入れ替えるような いやにグロテスクな魔法があるなら 君の代わりに子供を孕んだっていい ・一生それを産み落とすことができないとしても 泥だらけの手をつないで 開いたスカートのなかでパンツが砂まみれになって アシカが戯れながら愛を語らう渚のように 夕映えをひと息に飛び越えてしまう公営団地の 長い影に追い立てられて僕たちはたぶん おんなじように国境のようなものを飛び越えて大人になるんだと思う ・並木の細い枝にかけられたゴムの縄跳び、誰かの忘れ物、誰かの善意、蝉の声 「前にどこかで会ったことない?」 台詞から入るのは半人前のジゴロ ずるいねと後ろ指をさされるのはやはりいい気分ではない 長ったらしい恋文なんて書いている暇がないわけだけど そんな実務的な理由じゃなくても 前に一度どこかで会ってた方がいいとそのたびに願う ・メスを入れる前の面影も辿れないのは僕の鈍さなんだろうね、やりきれないや 同じお菓子を食べて 同じ紐を引っ張り合って 地平の徳俵を踏み外して いちご、いちえのリテイクと早送り 僕が出会ったものは いつか他の誰かにだって簡単に出会うことができる ・そんな時代だ、悪いことじゃないんだよ、イミテーションでも奇跡は奇跡だ そういうことにして そういうことをしていく 空洞を吹き抜ける風は姦しく 炭のような明滅を伴う発熱と鈍痛は永遠の予感さえ漂う 一粒噛み潰した胡椒の心地に後ろめたく 触れた口紅は相変わらず薄ら苦みを帯びて ぼくは間違って女の子に生まれなくてよかったと切に思う ・あなたがグラスに残した捺印もまた、バーテンダーの手拭いでそっと消える ---------------------------- [自由詩]まつりのあと/茶殻[2013年9月2日16時31分] 櫓が曇天を衝き 提灯を揺らす矢来を抜けた夏の風 私の売った腎臓が 二度と郷里を求めずに 祭りの後は火薬のにおい 祭りの後は寝台車のにおい 何かになった私は 私になった何かになった ---------------------------- [自由詩]アミューズメント/茶殻[2014年8月1日3時54分] 食堂の隣のテーブルで姦しいオペレーターの女が言うことには UFOキャッチャーのコツというのは 二本のアームを、右腕と左腕ではなく 親指と人差し指だと思うことなのだそうだ 実利主義の僕は賞品より商品にペイを向ける 車も服も楽器も酒も役目を果たせばそれで良いと思う だしの薄いうどんに浮かぶ油揚げに七味を振る 割り箸で沈み込む黄金色の座布団の上に躍る渦 (絨毯) 急な流れに飲まれる麻の実は暴れながら沈み、間もなく液面を突く ほら汚れたハンカチを拾うみたいに、と示す尺骨の突き出た右手は 水色のマニキュアの尖でなく二つの指の腹で確かに空を掴んでいた 冬晴れのベランダで陽光を頬張る掛布団から 寝癖のように飛び出した一片の羽毛を掴んで 離した … オペレーターの女が嫁ぐ知らせを聞き デパート三階一角のゲームセンターへ足を運ぶ 一枚きりの五百円玉を投じて 既に仲人きどりの上司に似たあの河童が取れたら 二人が誓う永遠は一日継ぎ足そう・・・ ―――祈れば祟られてしまうだろう? 未来との交易、 鉄火場に限らず神はいつでもポーカーフェイスである、 52枚残らずジョーカーであるかのように含み いずれ強いられる根こそぎ自らの命を賽として投じる賭けのために 幾度と無くサボテンを両腕にきつく抱くような心地で 僕は神の顔を伺うのである ありもしない切り札の代わりに 革財布をきつく握るのである ---------------------------- [自由詩]夜行ヘリ/やけのはら/茶殻[2015年10月15日2時37分] お前の夢は金で買えるのか? > 巷の給料日に合わせて、あのアイドルがついに脱ぐ!、とのことで 日ごろサンプルを眺めるに留めていたダウンロードショップでつい手が伸びる。 隣のパッケージは叶恭子の体に引田天功の化粧をのっけたような網タイツの女。 〈あなたは18歳以上ですか?〉 そんなこと聞いてくれるのあんただけだよ、酒も煙草もやんないし。 徒費はライフラインから浮いた分、 リビドーよりも好奇心にそそのかされた物欲に従って。 おおよそ私はこういう性分。 一切れ二切れの生姜をつまみたいがためにスーパーでいなり寿司を買い、 学生時代のミックスジュースを追懐して漫画喫茶へ、 ショートフィルムよりチープな芝居を観劇するためにヒトリカラオケ、 先週はペットコーナーの新設されたホームセンターをぐるりと回り、 盆栽キットをひとつ買ってはみたけれどすでに日向で干からびているよ。 そのくせときに旅愁を求める衝動に振れて 初乗り切符であてもなく在来線を乗り継ぎすべて煩いを振り払おうとも まだ日が残るうちに最寄駅までの路線図を頭で辿り ポケットに潜む製氷皿のようなアパートの鍵が気にかかる職蜂の性根が覗かせて。 長い長い腸の中を歩く感覚は拭えない。 >> 実家から送られてきた入浴剤を溶かして 乳白色の浴槽は重湯のように肉体を労わる 定住したくなるほどの大きな贅沢は私にはもはや毒だ 昨日観た夢を忘れることのたやすさに救われて 奈落の奈落は覗き込まれるに至らない たらふく沈黙を抱えていればやがて孤独は蠱毒に変わるのだと、 歯ブラシにえずいて吐き出して吐き出して。 下水の辿りつく無量の痰壺はみかじめによって洗われて洗われて。 口ずさむ歌がある限り僕はいつでも自由だ。 金は払うよ、いいさそれで自由なら。 東京の空を飛ぼう、明日にでも。 > 絹の乳房が波を打つ、 薄化粧の肌が紅炎に燃える、 深い皺が歪むほどにシーツが握られる、 わずかに跳ねる柳腰、 彼女は強く目を閉じ暗闇を祈る、 その扇情にやがて劣情とは違う情が炙り出される、 彼女の整った歯並びからこぼれる甘い嬌声は ヘッドフォンの至近距離で囁く、 応じて、履き古しのボクサーパンツは雄の臭気と湿度を篭らせる、 けれど父性と呼ぶべきものか、 何に対する憐憫だというのか、 水も差さずに萌芽したフェミニズムと汎愛は 陽炎のなか立ち尽くす戦災孤児の幻像をも連想させる、 思わぬ情念の発露、未知の自我にたじろぐ、 勢いのままに駆け上がる官能の螺旋は唐突に拠り所を失う、 瞬間的な不能と、響応する全能の幻想、 仮初めの悲劇がそこに芽生え、 虚実の血が滔滔と混ざり合う、 それはまさに生活の痕跡だ 私の不在を示す空間のヴィジョンだ 鳥瞰のパズルに存在した瞭然たる一片のピースだ、 玉手箱の隅で唇を閉ざす少女の孤独は 引き払われた事務所に残された観葉植物のようで、 哨戒機から見下ろした流氷に佇む子アザラシを想い、 また旅客船に紛れ込んだ鼠の狼狽を匂わせ、 それでいて炎天下に晒されたマウンドの記憶に似ていた、 許されるならば駆け寄って、 しかし私には持ち合わせることばが足りない、 セミのように寄り添ったところでそれはもはや皮肉にすらならない、 途方もない距離の彼方で 湿った太陽しか産めなくなった彼女のために、 愛してる、愛してると繰り返すことは 途方もなく愚かだとしても どうか、意味を抱くことを願う << ある日、卑語すら飛び交う酒の場で私一人が素面のまま友人達と話したのだ。もはや砂浜 の上で首だけ出して息をしている、次の満潮で死ぬだろう、死ぬだろうと、痴れた悪酔い の場に乱れ厭世を極めていたにも関わらずあの日の大きな津波はついに私を浚うことなく 多くの日常とそこに絡まる幸福と不幸を飲み込んでいったのだ。自惚れをこじらせた露悪 と自己欺瞞を縮れた陰毛に喩えてみたりして、バベルの塔とか砂上の楼閣とか、それでも 揺らぐことなく妄信するに足る霊神はどこか見えないところに実在しているのではないか と己の爛れた無神論を幾度となく疑う。行商跨る駱駝の何番目の胃袋、赤子が去り納屋に 眠る揺り篭、虚数解を含む放物線のハンモック、脱輪して乗り捨てられたわナンバーの助 手席のダッシュボード、児戯にも満たない初めて書いたあまりにも稚拙なポエムの行間、 兎に角とてつもなく愚かなほど強かに生き続けているのだろう。錘を振りほどきかけたメ トロノームのようにぐらりぐらり星々はまわる。金か時間に殺されるまで、善人の腕の中 で眠ることを覚えてしまえばなべて世はこともなし。神も青春もカーテンコールを受けず に済むのならそれに越したことはない。天は何処や、したり顔で訊く、胸の裡で組む哲学 も情操もみなプロペラの気流に吹き消されてしまうのだ。 酒の席の翌日は、体質なのかなぜか涙がよく出る。 || たとえばこの鍵が この独りよがりを呼吸困難に陥れるスイッチだとしたら。 > この孤独に手当てが付くのなら もらい鬱の坩堝に溺れることも安いものか。 多忙極まりなくすれ違う男どもと女ども、 獣の姿で一時停止したままの彼女も 倅の涙を拭い履き替えたばかりの下着を洗濯機に放り込んだ私も 惨めなまでにひしゃげた救いがたい大人だ、 省みるべき私の恥を暴かないでくれ、詮索するな、 泣いて詫びるよりこの生温かい氷の中からハッピーバースデイを唱おう、 18歳になる君のために 18歳であった私たちのために、 何食わぬ顔で千年紀を跨いだ大衆の未来のために。 那由多の瞳を持ち寄ったエキストラが放射状に散り行く瞬間はまさに 自由の寓話だ、壮観だ、凡庸な生死だ、 この路地に伸びる影は捨てる神か拾う神か、 分水嶺の先に待つのはヘルメスかタナトスか。 あなたの穴も私の穴も 一輪の花を活けるために閉じているはずもなく、 ゼロの次に待つのは幾分大きなゼロに違いない、 私は腸の中を歩いているのではなく 無限を生きるいくつもの原子たちを目送している産道の襞に過ぎない。 瑣末な衝動の連続が転調を招き遺伝子の渦をミラーボールに変える。 くたばってしまえと罵られて 本当にくたばってしまう人たちの滲む灰色の街に広がる 藍染め敷き詰めた美しい闇夜から 私が抱く二十世紀を散骨しよう、 それが宝玉の慈雨になることを願う。 東京の空を飛ぶ、明日にでも、鍵を握って。 ---------------------------- [自由詩]さくら/茶殻[2016年2月2日15時09分] 女はへそから指ひとつぶん離れた場所に 桜の花びらをひとつ彫った フットボール・クラブのエンブレムに添える星みたいに それは過去の栄光のように思えた 娘、いるの? これ?違うよ、大した意味なんてないの。 僕は嘘の中に住んでいる たとえば金や文化の類 息を吹きかけると飛んでいきそうだと思わなかったのは それが目に見えて歪んでしまっていたから きっともう死んでしまったのだ 死んでしまったものから 僕は栄養を摂取しているのだ ---------------------------- [自由詩]あおぞら/茶殻[2019年3月3日3時16分] 片脚のない猫を憐れむな いまに彼の眼は空を捉え あらゆる発情を置き去りに 屋根伝いの助走から 地平の奥へ消える 翼は 陽光を弾く埃に散り クレイアニメの世界を くしゃくしゃにするのだ! ---------------------------- [自由詩]人生/茶殻[2019年3月4日0時48分] 瓦礫を前にして あなたの手を掴んだ 握ったのではなく テレビの中に入って 誰かを救いに来たのだと そう縋らざるをえなかった 打ち砕かれた砂の城の 背に浮かぶ太陽は 録画ボタンの裏側のようで 私は今をもって 主役なのだと思った ---------------------------- [自由詩]希望の海/茶殻[2019年11月7日1時46分] 正義は海ではなく 正義は魚ではなく 正義は船ではなく 正義は風のようなものであった 正義は絶命したのではなく はじめから生きてすらいなかった 風と共になだらかに滑り降りる海鳥の羽を掴んで 歌は空の胸へ還った 砂時計は転がっている 過去と未来のくびれた消失点 希望は海であったのか 希望は船であったのか 希望は風であったのか 希望は鳥がくわえてこの国を去ったのか 去ったのか ---------------------------- (ファイルの終わり)