田島オスカー 2006年5月3日5時06分から2008年11月15日23時31分まで ---------------------------- [自由詩]哀しいメレンゲ/田島オスカー[2006年5月3日5時06分] いつもは見られない朝もやが 何かをこえてやってきてくれて あたしは焼き菓子のような気持ちで しかし空気はぐっと  冷たい 失くしてしまうのは 思い出せないようなものばかり そんなふうにふわふわと 漂っていられる朝焼けの帯が 痛いくらいうらやましい 何も響かせるものなどない 現実の薄ら明るい徹夜明け あたしは結局 月の下の愚か者なのでしょう   ---------------------------- [自由詩]グレーの彩り/田島オスカー[2006年5月13日2時22分] こんなにも黒が 似合っていいものか ゆらゆらと漂うようにそれでも しっかり全てをわかっている雲は 僕を見下ろしたりはしない 不思議なものを検索すれば きっと僕の目の色がヒットするのはわかっている チョコレートを噛まずに食べるあの人と 今夜僕は少しだけ話を そしてそれからたくさんの酒を飲んだ 今は雲が 僕を見下ろして笑っている こんなにも黒が似合うなんて やがて 少しぼやけた月を 綺麗に隠してしまった   ---------------------------- [自由詩]日暮れ/田島オスカー[2006年6月28日4時29分] 暮れてゆく暮れてゆく 錯誤してきた人生に さようならを言うくび傾げ ゆっくりゆっくりの足音が あたしに何かを加えたり 時には奪ったりする あらゆるものを取り出して 綺麗に洗ってしまえるならば あたしは目を きっと何時間でも ごしごしし続けるはずで それでも哀しいくび傾げ 視界がぐんと広くなって ゆっくりゆっくりの足音も ただ奪うだけになってゆく 暮れてゆく暮れてゆく だんだんと暗くなってしまうよ 哀しい夢を見て 泣いてしがみつくような かわいい子供では もういられないのに   ---------------------------- [自由詩]スパイラル/田島オスカー[2006年7月19日1時29分] 見えないものにばかり 簡単に縛られてしまう 疎かにしてきたものにまで ついにはわらわれてしまう 冷たい雨が嫌い なにものも寄せ付けないこの指を そんなふうに痛々しげに扱うなんて ミルクの入ったコーヒーが嫌い 眠れないのは安心感のせいと決め込んでいるから どうして 交差点があたしをやり過ごしていく どうして 目に沁みる太陽が少しも辛くない 目に見えないものにばかり 簡単に縛られてしまう よくないことも ひとまとめにして 投げて返ってこなければいい   ---------------------------- [自由詩]ヌーンセックス/田島オスカー[2006年7月19日17時20分] おかしなことばかり起きる 例えば落とし穴に落ちてしまうのも 僕がメガネをはずすその間に あの星は三度も弾け飛ぼうとしたし 彼女が一本煙草を吸い終わる間に 隣の男は二度イイ思いをした おかしなことばかり 例えば落とし穴なんて 犬が喋りだす 気のない人間ばかりだからね、 我々は楽な思いしかしていないよ、 君にはまだわからないだろう、 わかりたくはなかった はちみつの海があるよ 泳げるのはくどい事が言える者だけ 何も伝えることなどなくて ますます犬に楽をさせてしまう   ---------------------------- [自由詩]不器用な地底人/田島オスカー[2006年8月7日21時39分] あなたを作り出したものは 全ての泥の中に潜んでいたのでしょう 紫色の鉛筆を その指が滑らせるたびにあたしは 真っ暗な底を目の裏に浮かべて まっすぐまっすぐ泣くのです パンドラの箱はどのくらいの大きさだろうかと あなたは笑顔で言ったけれど 人の感情の個々の大きさを知らないあたしは わかりませんと答えてしまいました 紫色の鉛筆が いびつに何かを描いてゆきます 泥の中から生まれたあなたは きっと行く先を知りません   ---------------------------- [自由詩]ソーダ/田島オスカー[2006年9月5日0時22分] 君が正しかった 涼しい顔で言い放つ声は 激しく震えていて あたしは 泣いてしまうしか術が無かった どうしてもっと早くから 前を見ることをやめなかったのだろう あたしはいつまでも独りだと きっと認めたくなかった 指に挟まれたマルボロの薄荷の香りが いつまでも人を辱めてゆく そんなことはわかっていたのに 泡がいくつも生まれては消えてゆく 君が正しかったと 声だけで言うようになってしまった彼の 振動だけでも 指先で掴みとってしまえたらよかった 今日は雨 また泡が生まれて あたしの爪先だけを狙っている   ---------------------------- [自由詩]スプーンの火で焼かれてしまえ/田島オスカー[2006年9月16日2時50分] 日替わりで ミルクの量が変わるコーヒーをあなたは おまえの機嫌が手に取るようだ、と 綺麗に笑って 少しずつ飲んでいた コーヒーにクリープなんか入れるやつは死刑だな、 初めて敬語を使わずにくれた言葉が あまりにもイメージとそぐわなかったので 何も言わずにいると 俺コーヒーに入れるミルクの量が一定なんだ、 と言って笑った 素晴らしいことよ、と返したけれど 毎日同じコーヒーが もう飲めない 今日はいい事があったの? カップを覗きながら言われた時 そっとそばに ずっとそばにいる そんなふうであるべきだったのかしら   ---------------------------- [自由詩]イメージ/田島オスカー[2006年9月30日0時33分] イメージするたびに 少しずつおまえが遠くなってゆく 大きなヘッドフォンのゆるさは少しも変わらないのに 霞んでゆくような映像のぶれが切ない ベッドの下を掃除していると おまえの口紅が転がり出るのではないかと いつも心許ない思いをしている 昔おまえがそう言ったとおり 私には妄想癖があるようだから 少しの衝撃でも 光を散らしたように薄くそれも ながく圧されるというのに イメージするたびに 少しずつおまえが遠くなってゆく 昔おまえがそう言ったとおり 私には妄想癖があるのだから 何にも負けない自信ばかりで おおいつくしてしまえばよかった そうだね イメージするたびに 少しずつおまえが遠くなってゆく   ---------------------------- [自由詩]陽が落ちるとそれは嘘/田島オスカー[2006年10月6日1時35分] グラデーションは必ずしも美しくない そう教えてくれたのは 確固たる信念でもなんでもなく ただの空虚だった ああまた日が暮れてゆく そのじわりとした色が僕に響いて それはすなわち僕の弱さを晒すようで 生命の危機だと誰かが言ったように 駄目になるのは精神ではなく常に肉体で それは精神が脳によるものだと むなしいほどに科学が証明してしまったからで つまるところ僕には 何の結果も残っていない 痛いと思うと同時に一番星を見つけた僕は しかしどこが痛むのか 理解できないことがとても悔しかった 痛むものなど臓器以外に持っていないはずだったのに おそらくそれ以外の何かが 西日よりも淡く じくりじくりと痛んでゆく 悲しいかい、悲しいかい、 ただ欠けた月が泣いている   ---------------------------- [自由詩]布レンズ/田島オスカー[2006年10月10日0時26分]   少しも嬉しくないのだ、という顔をして 柔らかく笑う君が この手の中に入ってしまえば良いと思った 誰も 許さなかったけれど 喉の奥が鳴って もっとずっと奥が痛む そういうやりとりが僕らの普通だった 君はそれを当たり前だとは思わずに そうだね 僕の過信だった いつも指の先だけをつないでは 遠くの山のくぼんだところを ふたつ、みっつ、と数えて泣いて そして暗くなる前にさようなら、を だっていつだって君は 僕の目を見て頷いてくれた 暗くなってしまっては意味がないから 遠く離れてしまった君は いつまでもいつまでもお友達だった それは素晴らしい夕暮れで 一人山並みを数えていた時の思い 泣いたりしないよ 泣いたりはしない   ---------------------------- [自由詩]優しい河馬などいない/田島オスカー[2006年10月17日1時51分] ほら、見て御覧、満面の笑顔など何処にもない、 一度きりの夢が 僕を蝕んでしまったことがある 毎晩その夢の続きばかり願っていた 学習など嫌い 全てがもやの中で僕を待っていて欲しい ライターを取り損ねて 椅子の上で泣く僕は 永遠の無垢をテーマに 百本のマッチを擦ることを決めた 六本目で やめた 一度見た夢がもう思い出せない 悲しい大人のふりをした 本当はさいなまれて いつまでも事実を握れないクソガキの僕が 九十四本のマッチを床にばらまいて 上から水を垂らす 徐々に広がるしずくが きっと僕を大人にしてくれるはずだった 満面の笑顔など、どこにもなかっただろう、 一度きりだった夢が知らない男になって 残りの水を僕に垂らしてゆく   ---------------------------- [自由詩]関係性/田島オスカー[2006年10月29日2時33分] あなたが大きな声をはりあげるたび 僕は嬉しい そして安らか 何かをさらけ出す悲しさを知っているけれども それよりも大きな 大きな大きな安堵をきっと手に入れたがっている そうでしょう だってあなたは 自己犠牲なんて大嫌いなんだもの あなたに触れたのち僕の指は 叩き伸ばされて切り刻まれることをふと まるでそれが快楽であるように望むけれども そうすればあなたは腹を抱えて笑うでしょう そんなあなたばかり見てきた僕の眼さえ えぐって潰して飲み込むでしょう それがあなたで そして僕の大切な大切な いち人間です ねえあれはすべてあなたの誤算でしょうか それとも似合わない愛に憧れていたのでしょうか あなたは僕に けっして寂しさなど見せてはいけなかった 溺れる僕をひきもどしてまで あなたは泣いてはいけなかった 悲しかろうが寂しかろうが 僕を 心の底に敷きつめたりなど そんなことをしては そんなことをしては   ---------------------------- [自由詩]秋の夜は短い/田島オスカー[2006年11月5日1時11分] 薄暗い中で 何かをじっと眺めているその目が あたしで埋まってしまうなんて そんなことはないとわかっている 夜が明けてしまったな、と なんでもないふうに言ってしまうから あたしはその夜明けのたびに 煙草を吸わせて、と部屋を出る それで対等だと思っているあたし そうしなければと思いたいあたし 足元で枯葉が舞っている もう秋で 秋は人恋しいだけの季節だと それもじゅうぶんわかっている 人恋しいだけ 少し肌寒いだけ それで終わらせてしまわなければと そっと思って泣くあたし ---------------------------- [自由詩]右ハンドル/田島オスカー[2006年11月9日3時44分] ねえ 眼鏡をはずしてちょうだい あの日 乱視のあたしには赤い三日月がぼんやり 綺麗な輪郭が滲んで チープな哀愁とたたかっていた あの日 いつもと同じはずだった助手席は 誰のせいでもないのに居心地が悪くって だからあたしはめずらしく寝たふりをした 聞こえた舌打ちに目を開いて 顔をそらしたその先に滲む赤信号 その先に見えるはずだった赤い三日月 滲んで あの日 誰だって戸惑ってしまうような赤い三日月 すべてが暗いから目立ってしまった ねえ 眼鏡をはずしてちょうだい もうもどれない 辛くても痛くても すべてが輝いて見えたとしても すべてを滲ませてしまっても 何も 手に入らないとわかっても もう   ---------------------------- [自由詩]展望台 Mr.Jacson and Miss Brown/田島オスカー[2006年11月14日22時32分]     またひとつ、明かりが消えましたね そうですね、悲しいの? ええ、とても、だってあなたはそうではないの? 悲しくはないのです、それはいけないことでしょうか いいえ、きっと誰しもが 誰しもが何だと言うのです 誰しも悲しいなんて思わないのでしょう しかしあなたは悲しいとおっしゃったでしょう あたしはもう、疲れてしまったのよ だって消えてしまったものは もう明るくなったりしないでしょう? あなたは賢いのだね、だから悲しむのだろう ええ、あたしはきっと考えすぎたわ、もう遅いのね 悲しいの? ええ、とっても   ---------------------------- [自由詩]老衰の美/田島オスカー[2006年11月16日3時27分] 温かい麦茶があたしを癒してくれる 不可能なことばかりでもいいよって 稚拙ね、と彼女は笑った それはそれは美しかったので あたしは妬いた 一昔前の話よ、とまた彼女は笑う 彼女のほほの皺はとしつきだけでなく その全ての美しさを誘い出して そこにあらわしている あなたと同じくらい若かったから、 もうずっと前のことなの、と 笑顔を崩さずに彼女は 泣いた 炭酸飲料が嫌いなあたしは 彼女のお話だけじゃなく 出してくれる温かいお茶も大好きだった 彼女が全てをほほに晒したように 彼女の涙も全てを 麦茶の美しい湯気のせいにしてしまおう   ---------------------------- [自由詩]時の経過/田島オスカー[2006年11月28日23時21分] 夕方です 一段と窓ガラスの汚れが目立つという そんな悲しい時間です あたしにはもう何もないの、と言った時 あなたは ふっと顔を伏せて泣いてしまいました いったいどちらが悪かったのだろう 夜です 寒くなったから 星がとても綺麗に見えるという そんな悲しい時間です もう全部忘れたいの、と言った時 あなたは あたしの手をとって口を付けました いったいどちらが悲しかったのだろう 朝です いつまでたっても朝もやが あたしを責めたててしまうという そんな悲しい時間です あなたに何がわかるというの、と言った時 あなたは あの腕時計を置いて部屋を出てしまいました いったいどちらが決めたのだろう すべて一からやりなおせるなら あなたに出会う前まで巻き戻して そしてもう一度出会いなおす そうすればきっと 悲しい時間ももうなくなって 朝日の美しさに涙できるあたしがいてくれるはずなんです ---------------------------- [自由詩]サーモ/田島オスカー[2006年12月8日6時25分] 夏よりもわずらわしい温度 記憶ばかりを鮮明にしてしまうから ふと 何かを考えてしまう時はたいてい 君の手のひらの温度を思い出してしまう時だ 何も知らないという顔をして 巧みに僕を導いたりした そういう時の欲のかたまりみたいな温度 僕には何も見えていなかったのだと 君の目が僕を責めていたようだったので ふと 何かを考えてしまう時はたいてい そうなのだ そうなのですよ 夏よりもわずらわしい温度 もう直に触れることもない 夏よりもずっと遠くにある そういう悲しい悲しい温度   ---------------------------- [自由詩]若干の熱/田島オスカー[2007年1月11日0時16分] 例えば隣で眠る時に 横顔を永いあいだ見つめていられない 弱い自分を悲しんでいるあたしに おまえはそれでいいんだよ、と そういうあなたが辛かった 例えば隣で眠る時に すべてを委ねるつもりは少しもなくて そんな自分を悲しんでいるあたしに 安心できないか、と そういうあなたこそ悲しかった 例えば隣で眠る時に なんでも優しくしてしまうあなたの シャツを握ってしまうあたしに おまえはそれでいいんだよ、と そういうあなたが 例えば隣で眠る時は もう手を握ったりしてほしくない 一人でいる手のひらの 熱の逃げ方があまりにも まるですべてを晒すようで悲しい 今あなたが そんなふうに思ってくれれば なおさら悲しい   ---------------------------- [自由詩]ビーム・ビーム・ビーム/田島オスカー[2007年1月25日5時56分] ホカロンなんてダサいわよ、 あたしと会うときはそんなもの持たないで。 カーテンに透ける夕陽 そのむこうに何があるかを彼女は知っていた バカじゃないの、 寒いならひとりで居なきゃいいのに。 彼女は全てをありのままに さらけ出すことなど愚考だと知っていた ねえ、どうしてそんなにすぐ目を伏せるの、 まるであたしが悲しいだけみたいじゃないの。 痛々しさばかりがにじむ毛先に 絡む指が美しいことだけが彼女の良いところだ もう会うこともないなんて、 あなた言うけれど、 僕はきっとこの先いつだって 彼女の常に揺らぐ視線を思い出す あたしね、大好きだったのよ、 あなたのことじゃないわ、ここのね、 彼女の揺らぐ視線の先は 僕の手の内に入ろうとしなかったけれど このソファから、カーテン越しに見る、 真っ赤な夕陽がね、あたし大好きだったのよ、 今日彼女はまっすぐに 昔煙草で焦がしたカーテンの隅を見て もう、見られないのね、 今日も綺麗に真っ赤なのに、もう。 直線のビームがその瞳から放たれあと三秒で 西日に染まるカーテンが焼き切れる   ---------------------------- [自由詩]群像/田島オスカー[2007年2月8日18時12分] もどかしさを知らなかった頃 いつだって笑っていられたような そんな幼い頃 僕はまだうんと子供で いろいろな大きさの虚像を見て育った 何も知らない方がいいのだ、と 父親が言ったのか 母親が言ったのか 何も見えないように 僕の目に添えられた手のひら うっすらとした体温が美しいと思わせる肌 誰のものだったのだろう 何かが永遠に旅立ってしまったような そういう浮き立った輪郭ばかり 僕のそばには転がっていた 助けておくれ、かならず、 父親が言ったのか 母親が言ったのか   ---------------------------- [自由詩]トタン屋根の上で/田島オスカー[2007年2月22日4時48分] 二月の雨がぬるくて 少しだけさびしい 雲はいつだってしたたかで 冷たい雨ばかりではないのだ、と こっそり僕にうそぶいている 僕は演歌歌手ではないので いいひと、を雨に頼ることはできない 雨雲が運ぶのはいつだって 凝り固まったわびしさだけだ 世の常の脅威 誰からでもなく 自ずと濡れてゆく僕は 艶を消し去って今日も雲ばかりを見ている   ---------------------------- [自由詩]螺旋階段/田島オスカー[2007年4月2日7時10分] 強い風のあと 無残な散り様 何にしても まばらだということが僕の慈愛をかきたて 暗い中に泣いている葉桜の そのいでたち みかん色の朝日を二分する電柱をフィルムに焼いて 人間の身勝手さを嘆いた人の 指先の動きによく似た 花弁が ひら、り ごめんなさい、って 言っておくれね 僕は身勝手な人間でそのくせ 言葉の使い方を忘れてしまったから ごめんなさい、って 言っておくれね 春だけがおまえの命ではないよ 葉が枯れたって雪をかぶったって 僕の代わりに ごめんなさい、って   ---------------------------- [自由詩]見失うばかり/田島オスカー[2007年5月6日1時45分] 帰るところがあって それは遠く遠くだ 遠く遠くのどこにあるかは 集中した残酷さのためにわからずにいる 踏みしめた足の裏にいくつもいくつも 戯れようと集まるそのすべてに 目を配ってしまう弱さに飽きて 進む道がないと言い訳をたててしまおう 決めた時には本当に もう何も見えなくなっている そんなことばかり 帰るところがあって それは遠く遠くだ 遠く遠くをひたすら探してそのうち 帰るところ も すでに見えなくなっている そんなことばかり そんなこと 惨事     ---------------------------- [自由詩]おぼろ/田島オスカー[2007年5月24日2時29分] あまり大きくないアパート 階段をのぼって 一番高い踊り場から見える空の ぐうんと遠く そのまんなかにぽかんと おぼろの三日月が浮かんでいる あまり無意味にもの悲しいのはきらい すんなり泣いてしまうのは 絶えないと思っていた何かをなくす時だけでいい   ---------------------------- [自由詩]ごちそうさまでした/田島オスカー[2007年8月3日7時42分] カステラの色をしたまんまるが ぽわりぽわり 桃の缶詰はどうしたの?と まるで君の声が聞こえてきそうなほどだ 夜 下のほうからじわりと 赤く何かが差しいる黒の その赤からはずっと離れた上のほう 今日のカステラは誰かにかじられている 衝動に駆られて走ったコンビニで ふうと息をついて手に取ったカステラは なんとも残念なことに しかく 晴れ渡った夜の空に 今日は月が出ていない おなかいっぱい、と 君の声がどこか奥のほうで浮かんでは消え   ---------------------------- [自由詩]カクテル/田島オスカー[2007年9月18日2時59分]     人が何かを捨てるのはね、 もっと大事なものを拾いたいときなのよ、 捨てる勇気もないのに拾いたいものばかり思うって、 それは夢とは言わないわ、 妄想というのよ。 それでもあの人は 捨てろとは言いません どこにも伸びてゆかないこの腕に そっと指を這わせて息をついています でも妄想もいけないことではないのよ、 そこからまた何か、 可能性がはじければ儲けものだわ。 ぽたりと落ちる桃のしずくに舌を差し出して もう眠ってしまおうと また今度でいいやと ときどき笑うのも いい     ---------------------------- [自由詩]三猿模写/田島オスカー[2008年11月15日0時27分] 嘘に慣れた舌が また赤くなってゆく おちてゆく前に爪先で転がして 耳など本当は一つも無いというのに 誰の声を掠めてゆくための器官になるのだろうね ねえあなた おちてゆく前に指先で払い落として 爪など本当は色も付かないままだというのに 誰の声が喜んで響いてくれるのだろうね ねえあなた 嘘に慣れた舌が また赤くなってゆく 耳など本当は一つも無いというのに 誰の声を掠めてゆくための器官になるのだろうね   ---------------------------- [自由詩]秋空の舞/田島オスカー[2008年11月15日23時31分] 山茶花?いいえ 夾竹桃?いいえ 金木犀?いいえ なんだか美しいように思われるだけの そんな名前を知っていることが果たして素敵? いいえ 知らないふりのとても得意な そんなあなたのそばにいる それはいつも杞憂の極みだけれど 僕にとってはなによりも好ましい なにより 秋には花ではなく 葉が美しいと愛でられる 人の勝手といわんばかりに 夏の花の散りゆくさまが 痛々しいのだと 泣いてみせるあなたのほうが よほどよほど悲しげだ   ---------------------------- (ファイルの終わり)