皆月 零胤 2008年8月11日17時17分から2009年5月5日22時03分まで ---------------------------- [自由詩]薄っぺらい三日月の端/皆月 零胤[2008年8月11日17時17分] 瞳を覗き込んで 悪戯に誘いをかけてみようか 優しい風に乗せて 悪戯に愛を囁いてみようか こころを曇らせて 悪戯に雨を降らせてみようか 今夜の三日月ぐらい薄っぺらなこころで 気付いた時にはあなたは 薄っぺらい三日月の端に座っているだろう でも滑り落ちないように 今夜は消えないでここにいるからね この夜空のどの星よりも 本当はあなたのことを想っているよ 朝がきて地上に降りてもずっと 薄っぺらい三日月の端みたいな言葉が あなたのこころに刺さったままならいい あなたの中で僕が消えてしまわないように 薄っぺらい三日月のこころが そっとあなたの名前を呼ぶ ---------------------------- [自由詩]太陽の光はまだ早すぎる/皆月 零胤[2008年8月12日16時24分] 僕たちは気づかないうちに 夜の闇に飲み込まれていて 人混みに流されていた ほんの些細なすれ違いから 互いに伸ばした指先も 届くこともなく 雑踏の中に互いの姿を見失う  あとほんの少しでわかり合えたのかもしれない  あとほんの少しで互いに変わることができたのかもしれない 無駄に飾られた空っぽの星屑みたいな街で こころはどこにも繋ぎ止められることはなく 虚ろな闇を抱えたままやっと口にした 小さな声はたくさんの音にかき消されて 最後の言葉さえ聴きとることもできなかった 朝がやって来て太陽の光が射しても 本当の純粋さなんかとっくの昔に無くしてしまったから 目を開けられないままに闇の中を彷徨い続けた 暗闇はこころを照らし出さずに隠してくれる 前を行く人たちの中にあなたの後ろ姿を探してしまうけれど 本当に探しているのは自分自身の後ろ姿なのかもしれない 子供の頃の無邪気な笑顔がどんなものだったかを 虚ろな闇の中で必死になって思い出そうとした 強い光はよけいに希望を奪ってしまうんだね 今はただ前を歩いてゆけるぐらいの小さな光を 大切にしていないと前にすら進めなくなってしまうから 太陽の光はまだ早すぎる ---------------------------- [自由詩]碧い月/皆月 零胤[2008年8月14日1時11分] 最後に見た夜空の星は 100光年の彼方からの100年前の光だ それを見ながら僕は 緑色に濁った冷たい泥沼に沈んでいく 永遠と瞬間の狭間で息をして 一瞬の間に100年分の夢を見た 暗闇の中で見る夢ばかりがとても眩しい でもそれはすぐに泡のようにはじけて 僕はすぐにただの暗闇に引き戻された まるでそこが僕にふさわしい場所かのように いつかあの碧い月に手が届けばいいのに ---------------------------- [自由詩]夏空/皆月 零胤[2008年8月15日17時17分] 夏空の青色は完璧な色をしているが 綿菓子になり損なったみたいな 散らばりかけた残念な雲が広がって 夏の始まりからその陰に隠れていた 終わりがそっと顔を覗かせている 木蔭には脱皮に失敗した蝉の幼虫が その動きを止めたままで 夏が終わるのを待ち続けている そんなことも構うこともなく 昼夜を問わずに鳴き続ける蝉の声を 一本足りない五線譜みたいな電線で 記号としての音符に徹している鳥たちが 声も出さずに目を瞑ったまま聴いている 移ろいやすい空色に翻弄されるように やがて降り出す夕立に濡れても 蒸発してしまいそうなこころを抱えたまま 僕がすべてを否定しようとするその度に 夏がその終わりを加速させていく ---------------------------- [自由詩]かなしい うそつき/皆月 零胤[2008年8月20日0時31分] かなしいけれど しょうがないのか なきむしだからどうしたらいいかな しらじらしいえがおみせたりするし いらいらしてたって それでもいい うそつきなのになぜすきなのだろう それでもいいというのはじつはうそ つめたいあなたがふりむくのはいつ きずつけられても わたしはほんき ---------------------------- [自由詩]アウグストゥスの月を抱く/皆月 零胤[2008年8月20日17時17分] 果てしない闇の中 なぐさめの月を抱く その瞳に映す僕の罪は 笑うたび優しく刺さる抜けぬ棘 欲望は満たされることはなく 偽りのぬくもりは 終わったその瞬間から この手の中から零れ 漆黒の涙となって天空へ還ってゆく 癒えぬ傷痕を指先でたどられると 終わらない悲しみに包まれて 遠い世界へと僕を運ぶけど もうあの頃と同じものは何もない 瞼に浮んだあのひとは 目を開けると消えてしまい 僕は雲を切り裂き螺旋を描いて 地上に落ちて粉々になる それでも今夜瞳を閉じて この胸の空白の中 瑠璃色の灰を撒き散らして 曇った夜空の遥か彼方の世界で アウグストゥスの月を抱く ---------------------------- [自由詩]夏の翳/皆月 零胤[2008年8月22日0時00分] ひこうき雲が落ちた先の地平線の向こうではきっと 沈みかけの太陽に墜落した機体が静かに焼かれていて 壁の端のほうに逆さまに貼付けにされたヒグラシは 僕らを横目にそんな空を見下げながら一日を嘆いている 真夏の午後はとっくの昔に通り越しているのに 君はそれでも暗闇が降ってくるよりも前に 昨日僕があげた嘘を大切に抱えたままで 頭上で消えかけている鱗雲よりも速く泳ごうとする 得体の知れない明日の夢から醒めたそのあともきっと 夏の翳に轢きずられたまま秋を見ようとしないのだろう 今はただこうやってまだ幸せな振りをしていればいい そして明後日の冬がきたら全部僕のせいにすればいい ヒグラシの鳴き声が狂ったように空を引き裂いていって 何もかもが歪んでゆくからもう僕らは同じ空が見れない 薄らと浮んでいる月の輪郭程度にまで霞んでしまった 昨日想像したものと違う明日から僕らは目を背け続けた ---------------------------- [自由詩]クロコダイルの夢/皆月 零胤[2008年8月22日15時55分] 僕の名前は皆月零胤 でも名前はまだない 多分それは小学五年の夏休みが折り返した そんな時期だったと思う 空き地の隅には僕たちの秘密基地があった それはホームレスのビニールシートハウス なぜか住んでる人は小綺麗なおにいさんで 朝になると髭を剃ってスーツで仕事に行く 空き地で仲良くなって中にも入れてくれて 僕たちはそこを秘密基地とよんでいた 友達のひろゆきくんとまもるくんも はじめは面白くて一緒に話とかしてたけど 塾とかが忙しいとか宿題が終わってないとか 涼しいとこでゲームしているほうがいいとか そんなことを言い出して来なくなったんだ おにいさんにはある秘密があった 僕たちと同じ姿をしていてるけど 祖先はサルではなくてクロコダイルらしい 実家は月の裏側の地球から見えない場所で ある理由から還れなくなってしまったそうだ ある日おにいさんといつもみたいに話をしていると 区役所の人が来て秘密基地を壊しはじめた 僕は泣きながらやめてって叫んだけど おにいさんは月に還るから大丈夫だと言う そして書きかけの小説が書いてあるノートを 僕にそっと手渡してくれ その手には 確かに薄く残ったウロコの痕みたいなのがあった 僕はいつか小説家になって小説の続きを書くと 固く約束しておにいさんと引き離された あとになって知ったことだったが 同じクラスの誰かが担任の先生に話して 区役所に電話をしたせいらしかった 誰かわからなかったがそいつがとても憎らしかった 僕が大人になって景気が回復した頃に その空き地に高層ビルが建てられることになって 秘密基地があった下あたりから 銀色をした ぐしゃぐしゃになってしまった乗り物みたいのが 掘り出されてそれが新聞に載った 僕はいろんなことをすっかり忘れてしまっていて そこそこ大手の企業で普通に働いていたが あの日もらったノートのことを思い出した 表紙に「クロコダイルの夢」と書かれたあのノート 僕はあの小説の続きを書かなければならない おにいさんはちゃんと月に還れたのだろうか 僕の名前は皆月零胤 ノートに書いてあった名前だ ※このお話はフィクションであり登場する人物は実在しません  また未成年者の飲酒・喫煙は、法律で禁止されています ---------------------------- [自由詩]遅咲きの向日葵/皆月 零胤[2008年8月23日16時21分] 曇り空にその彩かな色を奪われながら 涼しい風の言いなりに首を振り続ける 自己主張が苦手な遅咲きの向日葵の小さな声は 消えかけた横断歩道の白線部分みたいに はっきりとせず途切れ途切れで 流れゆく季節に置き去りにされかけている 道路脇に立ち青色の信号を渡りたそうな顔で 横断歩道待ちの人と並んでみることはできるが それを見送るだけで立ち尽くすことしかできない 日向も日陰もないアスファルトはまるで のっぺりと続いてゆく日常のようだと感じながら 真夏の面影を懐かしそうに思い出してみる 向日葵は明日こそまたあの照りつけるような太陽が ここへ逢いに戻ってきてくれるかもしれないと 淡い期待をしてただ変わる信号の回数を数え続ける 僕は太陽に憧れるその遅咲きの向日葵のそばに立ち 決して僕には振り向くことはないと知りながら 淡い期待をしてただ変わる信号の回数を数え続けた ---------------------------- [自由詩]街/皆月 零胤[2008年8月24日14時00分] 街 は 生きていて    たくさんの人 を   飲み込み       迷わせ そして 消   し   て       しまう そこは  たった        数年 で    見馴れないもの に     なって 見知らぬ人 ば   か   り         に        なる   そこに   残っている       ものは        記憶 を              誘発 する  懐かしい        感覚     だけ だ     * 朝になると  満員電車に   詰め込まれ    僕は     街へと      向かう 街 は 今日も    僕を      飲み込み     迷わせ    クタクタ に        して       そして  吐 き 出 す     * 街 に     ひとり        ずつ    消されてゆく 気付かないうちに        ゆっ        くり         と そして       やがて     街 は    僕さえも 消 し て しまうのだろう ---------------------------- [自由詩]翼をつくる/皆月 零胤[2008年8月25日20時30分] 翼をつくる 明日のために でもつい大きすぎるものにしてしまうから 空は飛べない 仕方ないのでそれをつけて歩いてみるが 人から笑われる 財布を開く 生活のために ヒラヒラはすぐ羽を伸ばして飛んでいってしまい ジャラジャラになって帰って来たと思ったら そいつらもいつの間にかいなくなってしまう 世界は遠すぎても近すぎても見えない 誰にだって予定の時間というものがある そんなことばかりしていたから 到底間に合いそうにはなかったが 歩いてゆくことにする 乗り物ではいけない場所だからだ でも地に足がついていないせいか 風のようには上手くいかない 途中で出会った人たちが心配して言葉をくれる するとそれだけ優しい気持ちになれる 今いる場所が何処なのかはわからないけど ポケットの中で小さな虹色が育ってゆくのはわかる 大きくなったら誰かに分けてあげたいと思う 他の人が僕にそうしてくれたみたいに 最初から翼なんか要らなかった ---------------------------- [自由詩]シルバーレイン/皆月 零胤[2008年8月26日17時17分] 空がショートする その音を聞く 男 湿った空気に曝され 紫煙を吐きながら 亡霊のように 立ち尽くす ベランダで 舗道を歩く影を 見る 傘は歪み 稲妻が空を裂き 一瞬その影は 怯え 男の目が 妖しく 光る   低い唸り声は   何処からする?   空からか. . .     男からか. . . また煙草に 火を点ける 男 そして 空を仰ぎ 紫煙を吐きながら 声も無く啼き叫び 閃光を放つと 雨がまた銀色に変わる ---------------------------- [自由詩]三本足のカラス/皆月 零胤[2008年8月28日15時00分] その初老の男は いつも存在と不存在の狭間にいて 人の目には映ったり映らなかったりする 日焼けした肌に 極端な自由と不自由を抱えて 真昼の路上に横たわっている 伸ばし放題の髪で 側に置かれている荷物は 一見大荷物のようだが それが持ち物のすべてだとすれば 少ないほうだ いつもカラスのようにゴミ箱をあさり 杖をついてゆっくり歩けば 人の流れも別れ中州ができて そこに取り残されてしまう いつかの夜 理不尽な中学生が 男にバットを振り下ろすかもしれない 未来の自分がそうなっているという そんな可能性すら考えもせずに 男は目を開けると その虚ろな瞳に美しい青空を映し 通り過ぎていく足音に耳を澄ませる そして何かを思い出したかのように 微かに透明な笑顔を浮かべた ---------------------------- [自由詩]壊れてゆく世界の中で モノクロームの夢を見る/皆月 零胤[2008年8月30日0時17分]       絶望的な希望の唄を この世の果てで口ずさむ 崩れかかった廃墟に囲まれ 頭の中で鳴るメロディー 今にも消えてしまいそう 虚ろな偽の灰色の瞳は 透明さを無くしたガラス 自分の姿も映さないんだ このまま眠れず夜を過ごし やがて昇る朝日に焼かれ きっと灰になるんだね 真冬の冷たい北風に 跡形もなく吹き飛ばされて 壊れかかった世界の中から この存在を消しておくれ ここから僕が出られるように 決して泣かないことにしていた 頬をつたう涙は赤く モノクロームの世界を壊して 閉じ込められてしまうから   この世界が壊れてしまう前に ここから出ようと決めたんだ   こことは違った世界を見たい 明るい未来に行けたらいい そう祈りながらも僕は 冷めきった情熱の破片を胸に抱いて 瞳を閉じて静かに眠りについても 今夜もまた 絶望的な希望の唄を この世の果てで口ずさむのだろう   疲れ果てたこころとからだは もう明日の望みさえも失くしてしまっている だからもう 今夜は泣きながら眠りにつこう そして今夜 絶望的な希望の唄を この世の果てで口ずさみながら       壊れてゆく世界の中で モノクロームの夢を見る ---------------------------- [自由詩]夏の終わりという駅で/皆月 零胤[2008年9月3日16時44分] 疲れ果てて 色褪せた 繁華街の朝を通り抜け ガラガラの電車の ドアのすぐ側の席に座り 手すりに頭を預けたまま 揺られる  満員電車とすれ違うたび  何かが足りないような  そんな気がする  大切なものはきっと  いつかの電車の中に置き忘れた 隣から向こう側のドアまで続く空席を見ていると 行き先が何処だったかも思い出せなくなり 堪らずに降りてしまう  あんな青空みたいにはなれない  そう日陰で思っていると  何かが水蒸気で線を引いて  空を横切ってゆく  吐き出した煙草のケムリは  迷わず空へ昇ってゆくけれど  風に流され散ってしまい  雲に変わることもなく消えてゆく 青色の残像を瞼に残し この胸を低温火傷させ 夏のカケラを地面に転がし 雲ひとつない青空で 太陽は 真っ白に 冷たく凍りついてる  たとえ日溜まりの中でもきっと  僕は溺れてしまうだろう  大切なものは  いつかの電車の中に置き忘れた 行き先もわからない電車を 僕は待っている 夏の終わり という駅で ---------------------------- [自由詩]オルゴール/皆月 零胤[2008年9月4日22時00分] オルゴールの箱を開けると 止まっていた あの頃の時間が動きだす もうずっと昔 子供の頃の 何度も 何度も キリキリと キリキリと ゼンマイのネジを巻く 子供の頃みたいに  目を閉じれば  時に流され見失ってしまった  想い出が  波のように押し寄せる  風は音を抱えて  迷いの森の中を彷徨い  駆け巡り  子供の頃の僕まで導く  僕は  幼い僕に問いかける  オルゴールの音にのせて     昔、僕が思っていたような     優しい大人になれたかな?  幼い僕は  何も言わずに  そっと鏡を差し出す よく見ようとして 思わず 目を開けてしまう オルゴールの蓋の裏についた鏡には 見慣れたいつもの冴えない顔     大丈夫、     諦めるな     まだ人生は終わっちゃいない オルゴールは鳴り続ける ゼンマイのネジを巻く限り ---------------------------- [自由詩]アクアリウム/皆月 零胤[2008年9月5日19時19分]   オゲンキ、 デスカ?   キョウ、モ   ミズノ音ダケヲ 聴ク   アクアリウム、ハ   シズカデス                、。               、、:。/ ヒトリぼっちの水槽で   〜〜   〜〜 ポンプの振動に揺れる    ( )) リシアの絨毯キミドリで                   ( ) ヒトリぼっちの水槽で 水面だけが踊ってる 滑るアワを空に還して                ○ 空からホシが降ってきて 急いで口にしてみるけれど 他には誰もイナイんだ     ○ ヒトリぼっちの水槽は 誰とも争うこともなく アカルイ光ばかりが注ぐ  ○     デモ、              。   ヒトリボッチ、ハ   サミシイ、ヨ   イッソ         。   コノママ窒息サセテ. . . ヒトリぼっちの水槽で パクパクとただ溜息ついて 。 水のない水槽のユメを見る。   オゲンキ、 デス カ   ?   ボク   、ハ          ゲン キ、デ               ス^^   ソト、ノ 世界ッテ         ドンナ、ダロウ. . .   ホントニ、自由 ナンデスカ?   キョウ、モ   ミズノ音ダケヲ 聴ク   アクアリウム、ハ シズカデス   アクアリウム、ハ シズカデス   アクアリウム、ハ シズカ   デス ---------------------------- [自由詩]砂漠の砂に注ぐ水/皆月 零胤[2008年9月7日0時00分] 青信号の点滅 ギリギリで間に合わない そんなことは わかっていた でも、 君と一緒なら構わない そう思った 絶望的な結末 それでも今は構わない 君と一緒なら、たとえ 赤信号でも. . .     * 砂漠の砂 に 水を注ぐように あなたに 愛を注ぐ あなたの心 が 海になるまで     * あなたの心までの あと一秒が どうしても 追いつかない その一秒が 足りないせいで 永遠、まで届かない     *   (午前零時の憂鬱) 辿り着くべき場所さえ 見失いそうになるほど 広い、この街で 高く、建ち並ぶビルは 夜は信じられないほど綺麗だけど 遠く、手に届かないところにある 空に浮かんだ月は あなたと同じ あと何時間もしないうち、きっと いなくなってしまう 何もかもが 遠く感じる孤独さえ まるでなかったかのように あなたに微笑みながら とりあえず、こう聞いてみるんだ 明日も晴れるかな? って でも 本当に言いたかった言葉は、きっと あなたから一番遠いところにある     * ただ 明日も、同じように逢いたい     * 砂漠の砂に注いだ水は 流れることなく 乾いてしまう ただ、時間ばかりが 流れる まるで水のように     *   (デッサン) あなたの姿は 結局、 この枠の中から はみ出してしまい 描ききれない その色さえも 掴みきれない     *   (夕立のように) 通り過ぎてゆくと わかっていた あなたは 特別でした でも それは このまま 秘密にしておこう あなたが 特別でなくなってしまわぬように     *   (陽炎のように) ふとしたときに あの人を 思い出してしまうのは 何故だろう?     * 忘れたい 忘れない 忘れよう 忘れられない 今は、まだ 忘れられない あの人. . . ---------------------------- [自由詩]暗闇に敷き詰めたオレンジ/皆月 零胤[2008年9月9日19時19分] 純粋ではない動機 から始まって 純粋な気持ちが 後からやっと追いついた そんな愛のカタチは すでに複雑に捩じれ その崩壊を 待つだけになっていて 暗闇に少しずつ オレンジを敷き詰めて あなたに 朝焼けを見せようとして 名前を呼んでも その形跡しか探せず そんな愛のカタチは すでに失われていたと気づく 見慣れた建物の向こう側 逃げ遅れてしまった 半分だけの月 それを見ていると 悲しみで空は崩れ  失われた愛のカタチが  頬を伝い  それを口にしてしまう  現実ばかりが  とても  苦く 置き去りの部屋では 純粋だけが空回りする その音と 暗闇に敷き詰めた オレンジが 彩やかすぎて 眠れぬままの意識の中  失われた愛のカタチが  蒸発して  テーブルの上に映す  想い出だけが  なぜか  甘い 空っぽに見える コーヒーカップの 僕のほうには まだ それが残っていて あなたのほうのカップさえ 今は上手く片付けられずに テーブルの上で ふたつ まるでふたりが並んでいるよう 窓の外から差す光に 空を見上げるコーヒーカップ 今はテーブルの上からだけ ふたりで眺めることができる朝焼け 隙間だらけのこころで 手遅れの空に見る 隙間なく敷き詰められたオレンジ ---------------------------- [自由詩]名前/皆月 零胤[2008年9月11日8時05分] その名前で呼ばれるたびに 本当の名前が海の底に沈んでゆく こうしている間にも 想い出はつくられているというのに 似たような体温で君は僕の名前を呼ぶけれど 君は僕の本当の名前を知らないし 僕は君の本当の名前を知らない 僕の実家は2年前になくなってしまっていて 貸しアパートになってしまったようだが もう何年も帰っていないから それを見たことがない たまに電話で母親に本当の名前で呼ばれると 泣きそうになってしまうのはきっと あの頃の僕はとっくに死んでしまっているからだ 自分で決めたことなのに その名前で呼ばれるたびに 本当の名前が海の底に沈んでゆく 同じ時間を共有して 泣いてみても笑ってみても怒ってみても 君は僕の本当の名前を知らないし 僕は君の本当の名前を知らない でも 君が笑ってくれると ただそれだけで幸せだと思う ただそれだけで あとは全部嘘だとしてもそれでも構わなかった ---------------------------- [自由詩]シャッターを切る音/皆月 零胤[2008年9月12日17時30分] 同じような空でも どこか少し違うから そう言って その日の雲の形を惜しむように 写真を撮る、君 同じ空を見上げ 何が面白いんだろう そう思いながらも 念のために持ってきた傘なんか いらなかったと気づく、僕 いつだって君が正しかった きっと、 この空だってそうなんだろう          シャッターを切る、  フィルムを送る、シャッターを切る、  フィルムを送る そのたびに世界は改行されてゆく 君が世界を改行するときに 巻き込まれてしまう感覚になる、僕 (それが嫌でデジカメを買ったのに) でも、それを持って 何処かへ行ってしまった、君 また今日も耳の奥あたりで音を聴く パシャパシャと パシャパシャと、、、だから 僕は今日も傘を持って出かける 雨なんか 降ってもいないのに ---------------------------- [自由詩]鳥籠の水/皆月 零胤[2008年9月14日18時50分] 子供の頃と違う理由で おはじきを呑み込む でも重くなるばかりで 透明を手に入れることができない たとえ半透明ぐらいまでになって 軽くなってふわりと飛んでゆけても シャボン玉よりもずっと早く 僕は割れてしまうのだろう 空を飛ぶことが自由だなんて いつから思っていたのだろうか その代償として背負う不自由を考えると 空を飛ばないことさえ自由なのに 最近まで飼っていた鳥はよく羽ばたいた でもいつまでたっても空を飛ばなかった 似たものどうしの僕らだからか 何故か同じ時間にご飯を食べた お互い食べているものをよく床にこぼした 僕が部屋からいなくなりそうなとき いつも決まって同じ鳴き声で叫んだ 多分僕の名前を呼んでいるんだと思った 籠からだすと嬉しそうに羽を広げたまま ペタペタと僕のところまで走ってきて その姿は僕に元気と優しさをくれたから 今日も空になってしまった鳥籠の水を換える この部屋にはもう僕の名前を呼ぶ声がない ドアを開け閉めしてもその音しかしないはずなのに たまに呼ばれたような気がすることがあるから 今日も空になってしまった鳥籠の水を換える ---------------------------- [自由詩]足跡/皆月 零胤[2008年9月17日19時39分] ふたりで ずいぶん夏を歩いてきたね 波打ち際を振り返ってみると たくさんの足跡が打ち上げられていて 見えないところまで続いている きっと想い出になる時がきたら 一斉に海に帰ってゆくんだろうね  あっという間の夕焼けの中を  飛行船が飛んでゆく  予想以上に速いスピードで  違う色で塗りつぶされる前の空を  夜をすり抜けて空の向こうへ消えてゆく 足跡はまだ動けないまま ただ潮騒を待っているだけ 風に吹かれながら どこか遠くの海のことを考えている ---------------------------- [自由詩]水面を漂う糸/皆月 零胤[2008年9月19日21時30分] その日の激しい夕立で 空の埃も洗われて 静まり返る夜の水面に ゆらゆらと揺れる月 僕らはそのずっと下 仄暗い水底の上 その薄明かりの中 沈んだままで抱き合って 水の中の密室で 唇を這わせれば 理性の糸が解けてゆく その糸を赤く染め 互いにそれを巻き合って 非日常を加速させてまで 置き去りにしたい日常は 何のためにあるのだろう 腕を押さえて覗き込む 燃える瞳はめらめらと 今夜すべてを奪っておくれ そう思いながら奪い合う 染めた糸の赤色が 水に溶け出し色を失い 解けて消えてしまっても この瞬間に溺れられるなら 永遠なんていらない でも 今だけは離さないで 離さないで 今だけは 見上げた水面でゆらゆらと 揺れる月へとゆっくりと 色を失くして解けた糸が 昇る手前を横切ってゆく 小魚たちが群れる雲 水の中では泣いたっていい どんなに澄んだ空気さえ 今の僕らと関係ないし 他のことはもう どうでもいい 何もかもを焼き尽くそうと 息をつく暇もなく 本能のまま絡み合う 二匹のカナシイケダモノ 熱い吐息の泡沫が 夢幻の夜に消えてゆき 消えゆく夜の水面をただ 漂うだけの記憶の糸 ---------------------------- [自由詩]空中庭園/皆月 零胤[2008年9月26日21時03分] 空中庭園の夜で 零れそうな月が 溶けて朧に霞む 夜は秋みたいに 更けてゆくよね いつの間にやら 緑が赤に変わり 枝から剥がれて 足元に転がって 粉々に消えても 何も変わらずに ベンチに座って 空を見ているよ 別に誰を待つと いう訳でもなく 花びらのように 降る雪もすでに 桜に変わったよ でもまだボクは 立ち上がれない 逆らい続ける力 それがなかった なんとも惨めだ 何処へも行けぬ だからこのまま 空中庭園の夜で 蒼ざめた満月が 零す涙に濡れる 銀雲を運ぶ風は ボクを運ばない ---------------------------- [自由詩]踊り場/台所/皆月 零胤[2008年10月1日18時59分] 西日が射す 階段の踊り場から 子供の声がする 懐かしい声が あれは ボクの声だ  ボクがそこに座り  マンガの本を読んでいると  台所のほうから  タンタンタンとリズムよく  聴こえてくる包丁の音  いい匂いがする  もうすぐ  ボクの名前が呼ばれるはずだ かつて 西日が射した 階段の踊り場から 子供の声がする 懐かしい声が あれは ボクの声だ  ボクはそこに座り  待っている  太陽を失くしてしまった  冷たい階段の踊り場で  音も  匂いもしない  台所のほうから  ボクの名前が呼ばれるのを ---------------------------- [自由詩]泥酔する三半規管/皆月 零胤[2008年10月8日19時00分] 吸いかけのタバコを灰皿に残したまま 別のタバコに火を点けてしまう もう何杯目かは 忘れた 三半規管がサボりだして その加速が止められないまま もう上手く歩けるような気がしない 別に酔っていなくたって 僕というこの人生を 上手く歩いている訳でもない 歩けぬことに変わりがないなら こうして酔っていたほうがいい 今、優しい言葉を 掛けられたら 僕はきっと泣いてしまう 賭けてもいい グルグルと三半規管のように回る この世界で こころのバランスまでも失って 今、僕は 騙されたほうがまだマシなぐらい 孤独だ 失うものなんかもう 何もない そう思ってしまう夜に 失えるものがまだ たくさんあることを ただ 誰かに優しく教えてもらいたかった ---------------------------- [自由詩]アリとキリギリス/皆月 零胤[2008年10月11日15時00分] 昔々 あるところに お爺さんとお婆さんが住んでいました お爺さんは山で光る竹に見とれるばかりで 芝刈りはしていなかった お婆さんは川で流れる桃を見送るだけで 洗濯はしていなかった そんな日に 浦島太郎は 浦島太郎として生まれ 浦島太郎として生き 子供の頃から遊んでばかりいたが 金太郎は熊を倒した 結局鬼が倒されることはなかった ウサギはタヌキを泥舟で沈めることもなく カメに抜かれることもなかった カメは子供にもいじめられ 龍宮城にも連れて行かされた 浦島太郎と深海に沈み続ける きこりは川で斧を沈め続ける 人魚は歌で船を沈め続ける いじめっ子が土管の上で歌えば いじめられっ子の心は沈む 耳のないネコ型ロボットを空想で創りだして タイムマシンで旅行をしている間 浦島太郎は龍宮城で遊んでいて 働きもしなかったが 金太郎はサラリーマンとして働いた 納得のいかない金太郎が叫ぶ 一寸法師が何故か茶碗のお風呂から鬼太郎を呼び のび太がドラえもんを呼ぶから ケンシロウもついユリアの名を呼んでしまうが ロッキーだけが叫び損ねてしまう それらを すき家でキン肉マンは聞いたような気がしたが 気のせいだと思い牛丼をひたすら食べ続けた そこが吉野家ではなくても気にも留めなかったが 鶴を助け忘れた気がする つるの剛志はTVの中で 剛田武は土管の上で歌を唄う テイクアウトした牛丼のフタを開けても 浦島太郎は玉手箱を開けることなく漁もせずに お爺さんになって 金太郎は働き続けて定年を迎えた ここでロッキーが叫ぶ やっとエイドリアンの名前を思い出したようだ もうスタローンにロッキーは厳しく ミッキーロークにさえ倒されてしまいそうだ 枯れ木に花を咲かせずに 矢吹ジョーが灰のように燃え尽きていても 誰も気にしなかったし 誰かが月に還ることだってなかった 小次郎を待たせたままにして 武蔵は巌流島にも行かなかったし 夢見がちな少女にも 最後まで王子様はやっては来なかった 竹も桃も木も切られることはなく ただ船が沈んでゆくように時が流れ ただ浦島太郎として生まれ ただ浦島太郎として死んでゆく ただそれだけだった 乙姫様のハートはルパンが盗んでいったから 別にめでたくもなかった 浦島太郎と金太郎が 吉備団子を食べながらお茶をすすり そんな話をしながら遠くを眺める 空き地の土管の上では キリギリスの夢を見ながら 孤独を噛み締めて 今日もジャイアンが届かない歌をアリのように唄い続ける ---------------------------- [自由詩]透明人間/皆月 零胤[2008年10月18日12時00分] 優しい光が降り注ぐ 穏やかに晴れた休日の午後は 微風に吹かれながら 静かに死にたいと思う 毎日が死に続けていて こころはこんなにも穢れているのに 姿は透明のままで誰の瞳にも映らない 優しさはそんなこころにも届くけど 差し伸べてくれる手を ボクは握り返さないだろう このままビルの隙間に落ちたところで 死体さえ見つからないだろう 誰もが平等に姿の見えない暗闇の世界で 息を吸って言葉を吐いているけど はじめから死体だったような気がする 見えないボクは見える文字になって 哀しい顔で幸せなフリをしてみたりするけど そんな気持ちが見える人にわかるものか 透明なボクの瞳は何も映さないのに 感情は発生して行く先を探し始める でもいつもどこかの隙間で失くしてしまう はじめからなかったような そんな気さえする ボクの姿のように せめて言葉だけは届いて欲しいと思う いつだって 青空の下で発見されることもなく ボクはゆっくりと風化し続けても 土にもなれないと思う 何の役にも立たない人間 いや人間ですらないのかもしれない ボクはきっとただの言葉だ だから せめて言葉だけは届いて欲しいと思う いつだって いつだって ---------------------------- [自由詩]地平線の向こうを追いかけるキリンよりも/皆月 零胤[2009年5月5日22時03分] ここから遠い世界の果てまでゆけば 太陽に触れることができる 子供の頃、そう信じていた でも、何故か僕は 朝陽が昇る東ではなく 夕陽の沈む西ばかり見ていた この世の果てに想いを馳せて ボクの太陽は今も 沈み続けている それが西ではなく東だったら 人生はまったく違うものになっていた そうは思うんだけれどね 沈んでゆくしかないんだ 昇ることなんて 考えてもみなかったから 子供の頃は 今よりもずっと空は高かった でも、今よりもずっと空も近かった 今はもう 空に手を伸ばしても 届かないことを知ってしまっているけれど あの頃はまだ 願って努力すれば 届かないものはないと信じていた いや、信じたかったんだろうと思う だからこそ 中途半端な努力しかしないで 憧れるばかりだった 沈んでゆく夕陽さえも 今は遠いね 悲しいオレンジ色した夕陽が 沈んでゆく 遥か彼方 それは昨日の夕陽よりも ずっと遠い ずっとずっと遠い ---------------------------- (ファイルの終わり)