服部 剛 2018年5月26日0時29分から2019年2月9日21時29分まで ---------------------------- [自由詩]空の声/服部 剛[2018年5月26日0時29分] 人と人の間の カキネのカベを、壊す時 遠い空で 合図の笛は鳴るだろう   ---------------------------- [自由詩]山の道/服部 剛[2018年7月14日19時06分] 鎌倉の山の間を 歩む叢の隙き間の遠方に 横浜のランドマークタワーが くっきりと立ち あんなにも遠いようで ほんとうは 距離など無いと 汗の伝う頬を過ぎる、風は 僕に云う ---------------------------- [自由詩]言葉の船 ―横浜詩人会六十周年に寄せて―/服部 剛[2018年8月8日23時55分] ――誰もが探しているものは何? ふり返ればずいぶん 流離(さすら)ってきたけれど ――わたしが探しているものは何?   青い光   ヨコハマの   青い光 それは観覧車に弾ける、一瞬の虹 それはひりひりとした郷愁の夜景 過ぎ去った懐かしい女(ひと)よ 二度と無い今日の風景よ ――わたし達が探すもの 一枚の葉脈を流れるいのち 体内を巡り、血の通う言葉 万華鏡の日々の場面を越えて 川の流れる夜の向こう側に 肩を並べて立っているのは 嘗(かつ)て地上で 脈を打ち…息を吸っては、そっと吐き 生涯に幾度かの涙を一篇の詩に託した あの日の詩人達 今宵 一人ひとりの顔が浮かぶだろうか 一人ひとりのまなざしは黙して語るか  わたし達はこれからも言葉を紡ぐ  日々の余白に吹く風を  探すように そうして夢に見るだろう 遠い水平線を昇り この世界を照らし出す 曙を目指して 明日の海へ出航する 一艘の舟を ---------------------------- [自由詩]対話/服部 剛[2018年8月16日17時41分] このがらーんとした 人っこ一人ない 田畑の さびしさは何だろう 家の無い人のように 風呂敷包みを手に、ぶら下げ 虚ろな目は まっさらな青空を視る 遥か遠い黒点の 翼を広げ、浮かんでる たった独りの鳥と 目が合った   ---------------------------- [自由詩]時の航路/服部 剛[2018年8月16日17時58分] 船は往く 昨日の港を 遠い背後に置いて 船は往く 未開の日々を 目指して 揺れ動く海の面(おもて)を 魚のリズムで、跳ねながら 甲板に立つ旅人よ 潮風に 頬を晒(さら)せ 汝の胸に秘める高鳴りは 秒針の音と 重なってゆくだろう 船は往く 太陽の欠片(かけら)が落ちて乱反射する 青い海原のまにまに 白い航路を引いて 全ての煩いを裂いてゆく 古い姿を脱ぎながら 新たな姿へ孵化するように   ---------------------------- [自由詩]お月見の夜/服部 剛[2018年9月1日23時17分] 時には、夜のドアを開けて 静かな世界を照らす 月を眺める 秋の宵 ――あなたのココロの目に視える   月の満ち欠けは? 日々追い立てられる秒針の音(ね)から逃れて やってきた 隠れ家のCafeにて、我思う 自分のからだの中に ゆっくりと垂直に下りる――錨(いかり)について (今宵の僕はドアの外に独り立ち、月をみる) 人間のほんものの暮らし 色と言葉とメロディーに これから出逢い ココロの琴線(きんせん)の震える…予感を胸に   ---------------------------- [自由詩]目の前の宇宙/服部 剛[2018年9月6日22時10分] 黒い食卓に、置かれた お猪口に 一つの宇宙は宿る ---------------------------- [自由詩]呼び声/服部 剛[2018年9月8日0時50分] なぜ人は歩くのか なぜ人は長い石段を登りゆくのか 息をぜいぜい、切らせ 鳥居の向こうの呼び声に 引かれながら ---------------------------- [自由詩]光の欠片/服部 剛[2018年9月18日17時54分] 三日前、一度だけ会った新聞記者が 病で世を去った 一年前、後輩の記者も 突然倒れて世を去っていた 彼の妻とは友達で 今朝、上野の珈琲店にいた僕は スマートフォンでメッセージを、送信した 僕等がもし 地上に残された者達の一人なら 今日の舞台に立ち 何を語ろう 不忍池(しのばずのいけ)の無数の蓮の葉群から、運ばれて 僕の頬を過ぎる 秋の夜風よ 教えておくれ 日々は消化試合じゃないと だから僕はいくつもの場面を、集める あんな場面 こんな場面 腐っちまった僕の場面 淡い日向(ひなた)の母と子供の風景を 集め、飲みこみ、吐いて、吸って そうして日々の仲間の リアルな顔はあらわれて あなたの瞳の裏側の 光の欠片(かけら)が 一瞬、視えた   ---------------------------- [自由詩]財布の中身/服部 剛[2018年10月6日22時13分] 妻が財布を買ってきた 古い財布と、中身を入れ変える 小銭と幾枚かのお札を、入れて レシートの束を、捨て ポケットの空洞に 旅先のお寺で買った お守りをそっと入れる その日から 出先で財布を開くたび 顔を出すお守りに、呟く (ありがとう…) 近ごろ沈みがちだった、自分の芯に ひとつの念が――湧いてくる 色合いを変えた 街の風景を、私は歩く 誰かが待つ 今日の場所へ   ---------------------------- [自由詩]お守り/服部 剛[2018年10月13日0時28分] ゴールデン街の飲み屋には 色褪せた「全員野球」のお守りが ぶら下がり 小窓のぬるい風に、揺れていた ---------------------------- [自由詩]実家にて/服部 剛[2018年10月20日8時32分] 久々の実家に泊まり ふと手をみれば 爪はのび 父と母はよたよた、歩く ---------------------------- [自由詩]祝福の日に/服部 剛[2018年10月31日17時56分] 今日はわたしが生まれた日 まだ仄暗(ほのぐら)い玄関の ドアの隙間から 朝のひかりは射している 幸いを一つ、二つ・・・数えて 手帳の暦(こよみ)を ひと日ずつ埋めながら わたしは歩く 日々の笑いと涙と憤りさえ 人々の間を巡るエネルギーに 変換するように 今日も 何処からか吹いてくる 風を受信するように わたしのなかの 窓をひらく ---------------------------- [自由詩]野球少年/服部 剛[2018年11月4日19時58分] 僕の部屋に友を招いて ゆげのぼるお茶を飲みつつ 「マイナスをプラスに変える術」を 語らっていた  どすん どすん 窓の外に、切り株の落ちるような 物音に耐え切れず 腰を上げて、外へ出た 目線の先には、壁の向かいに グローブをした少年 僕に気づき 白球を手もちぶさたに、しゃがんでる  まあ…いいか 部屋へ戻り、語らいは続き 窓辺が秋の陽に染まる頃 いつしか物音は沈黙になったことに 僕等は気づいた   ---------------------------- [自由詩]一行詩 6/服部 剛[2018年12月7日23時05分] 我よ、時を忘れて真空管の中を往け。   ---------------------------- [自由詩]鳥になる/服部 剛[2018年12月7日23時12分] 吉祥寺の老舗いせやで 鳥の小さな心臓を食べた 今日でトーキョー都民になって、一週間 せっせと外へ運んだ 古い家具たちに手をふり 四十三年培ってきた 自分をりにゅーあるすべく 串に刺さる 〈ハツ〉という名の心臓を こりこり食べる お猪口に揺れる熱い…おみずを喉に流して 焼けた鳥の心臓と すたっかーとのこの心臓が なぜか同化するように 遠い翼の記憶が蘇ってきたら 新たな日々の地上を 僕は飛ぶ   ---------------------------- [自由詩]石の合唱/服部 剛[2018年12月7日23時18分] 誰かが蹴とばした丸石が 転がって 僕の爪先にぴたり、とまる ――丸石は、囁(ささや)いた 空っ風が吹いてきて 一枚の枯葉は喋(しゃべ)りながら アスファルトを、撫でていった よく見ると、丸石の周囲には アスファルトに閉じ込められた 石達が無音の合唱を歌い (口を開き) 一人ひとりの石達は 光の糸で結ばれながら 哀しく微笑みかけるのだった 信号待ちのひと時 立ち止まる、歩行者の僕に   ---------------------------- [自由詩]再会/服部 剛[2018年12月12日23時53分] 世を去って久しい、彼女は 開いた財布の中にいた 先日ふらりと寄った 懐かしい店の 薄桃色のレシート ちょこんと、折り畳まれ あまりにも無垢な姿で ---------------------------- [自由詩]異国の道/服部 剛[2018年12月13日22時17分] 年老いた男は独り、犬をつれて 遠くから 石畳の道をこちらに歩いてくる 犬は、主人を引っ張り 主人も負けじと、犬を引っ張り ぎくしゃくとした歩調は 近づいて 石畳の道を歩く ふたりの影絵 微笑ましくも 一瞬 男と目が合い、旅人は通り過ぎる どれほどの人々が 昨日から明日へ この道を渡っただろう どれほどの遠い日々を 夜明けを目指して 旅人は歩いてきただろう 過去の叫びや後悔も 昔々の話になった ここは異国の美しい村 ふり返った石畳の道 年老いた男と犬の後ろ姿は すでに無い ---------------------------- [自由詩]いのり/服部 剛[2018年12月17日21時20分] まぼろしの人は戸口を開けて、歩いていった 後ろ姿が遠のいてゆく 夕映えへ連なる… 小さな足跡 ――それを誰かは数珠と云い ――それを誰かはロザリオと云い       * 木漏れ日の囁く道を往く、旅人は ふいに知る 久しく忘れた哀しみの意味を   ---------------------------- [自由詩]或る午後の変容/服部 剛[2018年12月31日19時12分] 私の中に 永い間眠っている マグマ 涼しい顔してほんとうは 体内を巡る真紅の血が いつも渦巻いている そろそろ目を開く季節だ あの空、葉脈、 一本の水平線を ( あなたの黒い瞳を ) みつめよう 再び 風は頬を撫でてゆく 目を閉じる 体内に宿る マグマの疼(うず)きに 耳を澄ます やがて私の存在は 渦を巻き、加速する ――一陣の風になる   ---------------------------- [自由詩]布石/服部 剛[2018年12月31日19時20分] 風の招きに集められ ひとつの夜に出逢う僕等は 互いの盃を交わす この胸から 静かに踊り出す…心音の行方に 物語の幕はゆっくり上がる 誰にも知られぬ遠い夜よ 蹲(うずくま)る闇に塞(ふさ)がる あの部屋に?何か?があった 僕等は紐解いてゆく 透きとおる糸を辿るように歩き出し 一通の手紙を誰かに届ける日まで   ---------------------------- [自由詩]夕方の散歩/服部 剛[2019年1月3日23時59分] 小袋を開けて 柿の種を食べる 掌(てのひら)にのせ 柿の種に混ざるピーナツを、数える ――この組み合わせは二度と無いだろう 夕刻 ダウン症児の息子の 小さな手をとり 川沿いを歩く 15:39 覚束(おぼつか)ないリズムの、二人三脚 アスファルトにのびる親子の影 路地からふいに息子の頬を照らす 新年の夕陽 柿の種も 夕の影も これから始まる日々のチームも 代わり映えない営みのようで ――二度と無いだろう 息子よ やがて君が大きくなり もしも働くようになったら 無理はせず 日々のすき間で パパの言葉を時々思い出してほしい 君の目の前にいるであろう 人と人の間に 何かを分けあいながら 刻々と過ぎてゆく「今日」のことを   ---------------------------- [自由詩]花の分身/服部 剛[2019年1月29日22時02分] 植木鉢の 萎(しお)れたシクラメンに 水をそそぐ 日中は出かけ、帰宅すると 幾本もの首すじはすっと伸びて 赤紫の蕾がひとつ 顔をあげていた 先週、親しい伯父が病に倒れ ふいに訪れた伯母は 玄関先で妻に、鉢を渡した 「この花を主人と思ってください」    * * *  病院のベッドに横たわる伯父は 両手にぶ厚いミトンを嵌(は)められ 不自由な体のまま 薄っすら涙を溜めていた 傍らの椅子に座った、僕は 痩せた肩に手をあてて 静かに、目を瞑(つむ)る ――真白いキャンバスには   午後のベランダの風景画   僕は、窓を開き   日の当たる場所に   シクラメンを置いた まぶたを開けると 伯父の頬に窓から、陽が射していた   ---------------------------- [自由詩]Lyonにて/服部 剛[2019年1月30日20時49分] ドアを開くと 幾十年も変わらぬ空気の Piano Bar Lyon カウンターに腰を下ろした僕は ピンク色のグラスを傾ける ピアノの周囲には いくつかのアコーディオン達が 寂れた時を待っている どうやらこの世には 日々の偶然もあるらしい 赤く温もる椅子に座る シルクハットに白髭のマスターが 寡黙(かもく)に眼鏡を拭いている  テレビ画面は  或る夜のライブパーティー  マスターは鍵盤に指を滑らせる  さりげない挨拶(あいさつ)の後 僕は問う ――マスター、その眼鏡をかけると   今宵の夢は視れますか?   眼鏡をかけたマスターは 鍵盤へ目線を移し ゆっくりと腰をあげた ---------------------------- [自由詩]無人島にて/服部 剛[2019年2月3日23時40分] 無人島の浜辺に 置き去りの切り株を運び 堤防に置く椅子にして 腰を下ろす 竿を手に 糸をしゅるる――と無心で放ち 午後の凪いだ海の水平線に 目を細める 阿呆らしい日々は 遥かな街に置いてきた 海の風景の一部になり 世界にひとり、私は待つ 釣れようが 釣れまいが 幻の魚を夢に見て 海の静寂(しじま)に糸を垂らす ---------------------------- [自由詩]靴音/服部 剛[2019年2月3日23時59分] 長い間 探した虹は見つからず 今日の行方を、風に問う 僕の内面にある 方位磁針は 今も揺れ動いている 風よ、教えておくれ ほんものの人の歩みを 日々が旅路になる術を 群衆の眩暈(めまい)、僕の眩暈 時代の眩暈、君の眩暈 この街の淡い眩暈に いつのまにか侵されて よろめく僕は 雑踏の只中(ただなか)に立ち止まり 息を吸っては、吐きながら 無数の靴音に埋もれた 人の鼓動を探して  もう一度 耳を澄ます   ---------------------------- [自由詩]花と私/服部 剛[2019年2月4日17時04分] 一枚の額縁に収まる 植木鉢の紅い花 蕾だった奥に 花を咲かせるものがある 私の奥にも 私を咲かせるものがある ---------------------------- [自由詩]風の道/服部 剛[2019年2月9日21時11分] アスファルトの下に張り巡らされた 地下鉄を降り、改札を抜けて 無表情な仮面の人々とすれ違う逆流は 生ぬるい風になり この頬をなぶる だが、視える 人波の間を分かれゆく 目の前の道を 自らの鼓動に応じて、私は歩む  階段を……のぼったビル群の街で 地上の風に吹かれながら   ---------------------------- [自由詩]この夜が明けたら/服部 剛[2019年2月9日21時29分] 流れてゆく 流れてゆく 二度と無い今日が 流れてゆく 僕は今夜ここで (小さな舞台で朗読する  新宿ゴールデン街の老舗「ひしょう」で) 何を待とうか 星の無い夜空を仰ぎ あてどなく流星を探すのを やめにして この街に渦巻く夜が明けたなら そろそろ腕を捲(まく)り、この足で ひとすじの旅を始めよう 歩きながらも飛翔する 時空間の日々へ   ---------------------------- (ファイルの終わり)