服部 剛 2018年1月25日20時18分から2018年12月12日23時53分まで ---------------------------- [自由詩]足音/服部 剛[2018年1月25日20時18分] キーツが本の中から語る 細い川の流れが、視える 道を歩くわたしの影にも 細い川の流れが、視える 時代も国も 異なる二人の間を 結ぶ ときの川のせせらぎに 耳を澄まして歩けば 会うことも無い 見知らぬ誰かの 足音が わたしと似た歩調で 遠い明日からこちらへ歩いてくる   ---------------------------- [自由詩]空ノ声/服部 剛[2018年2月8日18時13分] 遠くに数羽の鳩が舞う あの泉を目指し 時の川をのぼりゆく (空ノ青サガ 私ヲ 呼ンデイル) 夢の鞄をずしりと背負い 快い逆風を裂きながら いつしか爪先は方位磁針になる この足は もう、停まらない   ---------------------------- [自由詩]子守唄/服部 剛[2018年2月8日18時42分] 風呂で溺れた ダウン症児の周ちゃんが 救急車で運ばれ 一命を取り留めた 子供病院 入院後の回復は順調で 3日後に人工呼吸器は外れ ゆっくりと目を覚ました 日が暮れて、パパは スーツ姿で面会にゆき ベッド柵に囲まれた 周ちゃんは 今夜も寝つけず 昨日ママが、家から持ってきた 歌の玩具のボタンを押すと 静まり返った病室に バッハのアリアは流れ出す 300年前の 遠い異国の御魂(みたま)は メロディとなり 時を越え 幼い胸へ流れる 小さな耳をぴくり、傾ける 我が子を ベッドの傍らで見守りながら (不滅なもの)を想う 子供病院 消灯の時刻   ---------------------------- [自由詩]日曜日の公園/服部 剛[2018年2月9日0時05分] ゆっくり育つ息子が 五歳にして 歩き始めたので 日曜日の公園へ連れてゆく 小さな影は、日向(ひなた)にのびて ひょこひょこ歩き 地べたに尻餅をついては 砂を、払ってやる ふたたび立ちあがる、小さな影は ひょこひょこ歩き 枯葉を踏みしだく上り坂で ゆらりとバランスを崩した所で、手を繋ぐ 日曜日の公園で さりげなく活躍する若いパパ達 女の子のブランコを、押す 男の子の砂場に、山をつくる 息子を滑り台の頂上に、立たせ 素朴な幸いに賑わう公園を見渡す まだ言葉を知らない息子の あどけない肩に、パパの手を置く ――ここは君に与えられた世界   ---------------------------- [自由詩]涙の先/服部 剛[2018年3月19日18時26分] ダウン症をもつ書家 金澤翔子さんの展覧会で 母親との二人三脚で書いた 「涙」という文字が壁に掛かっていた 隣には 今は亡き父親と、手を繋ぎ 道を歩いてゆく 幼い頃の写真が掛かっていた 何故か「戸」の部分のみ 濃く書かれ 「涙」の乾いた後に開く 「戸」の先に 何処までも余白が広がっていた   ---------------------------- [自由詩]下駄の音/服部 剛[2018年3月22日18時06分] 僕の部屋の片隅に 久しく再会した 幼稚園の頃の先生が呉れた ご主人の形見の下駄が 置いてある 夜の部屋で、ひとり 黒い鼻緒の下駄を見ていると あの大きな背中と共に からん、ころん、と鳴る音が 何処からか聴こえくる もはや体の無い人の 形見を履いたこの足は 自らの運命を下駄に預けて からん、ころん、と鳴り響き これからどこへゆくだろう   ---------------------------- [自由詩]春の門/服部 剛[2018年3月26日20時59分] 「周ちゃーん!」 パパとママと手をつなぐ息子の 後ろから、女の子が呼びかける 周が、まだ言葉を知らなくても すぐに反応がなくても 女の子は小さな春風と共に 保育園の門へと、駈けてゆく 卒園式は始まり お友だちと一緒に壇上に並ぶ周の傍らに 若い先生はつき添い やがて園長先生から名前を呼ばれ 二人三脚でひょこひょこ歩く周に 卒園証書は手渡され 他のパパやママたちも、拍手する 周よ お前が6歳なら パパもパパとして6歳であり お前がゆっくり成長するように 穴ボコだらけのパパも ゆっくりパパになっていく 式は終わり 「今日は周ちゃん、がんばりましたね!」と ねぎらってくれる先生たちの 瞳に光る宝石を、胸に たくさんのプレゼントを抱えるパパと 周を愛しく抱っこするママは 五年間を過ごした保育園に、手をふり 新たな季節へと続く 卒園式の門を出た   ---------------------------- [自由詩]坂道の風景/服部 剛[2018年5月23日23時33分] この部屋の窓外に まっすぐ上りゆく 街路樹の坂が見える いつか旅した函館の風景 のようで ここは都内だ 今日もこの街で 人々は語らい キッチンの皿は音を立て 車は行き交うだろう それら全てが音楽ならば この世にも少し 頷けそうな気がして 僕の脳裏を思いは巡る 坂道のもっと先にある 風景について ---------------------------- [自由詩]鎌倉日和/服部 剛[2018年5月23日23時59分] 晴れた日の鎌倉は 緑の木々の間に立つ お墓さえ 明るく見える あの日、体を脱いだ君は いつから 若葉をそよぐ 風になったろうか 何処かで鳥が鳴いている それは円い空から 鎌倉の道を往く者への 小さな合図 ――あなたに宿る   方位磁針の指すほうへ   ---------------------------- [自由詩]広瀬川のほとり/服部 剛[2018年5月24日22時19分] この古びた階段を登ってゆけば あの宙空が待つだろう    * 何処までも細く真っすぐな緑色の道 私がどんな哀しみに歪(ゆが)んでも あの空は この胸に結んだ ひとすじの糸を、手繰(たぐ)るだろう    * 柳よ、何故そんなにも風に身を揺らすのか 川よ、何故小さな流れの渦は この胸奥(きょうおう)の 血管を――巡るのか    * 背丈の高い木が、無言で歓ぶ 密やかな午後と 遠い町の喧騒    * 私はまだ知らない ほんものの陽が いともか弱い、自らの影を くっきり立たせていると    * 今日も水車は からから…廻り 川の飛沫(しぶき)は頬に、跳ね 私の中も廻り始める    * 空に白い月が膨らみかける 午後 土蔵の暗がりに入ると 朔太郎の澄んだ宇宙の瞳と 目が合った   ---------------------------- [自由詩]埴輪ノ声/服部 剛[2018年5月25日18時28分] 空洞の目から 風景を吸い 真横に向く耳から 音を吸い 手も足も無く がらんどうの体で立つヒト 薄く口を開き 遥かな命の記憶について 旅人の僕に 今にも?何か?言いそうだ   ---------------------------- [自由詩]風にのる/服部 剛[2018年5月25日18時42分] 利根川の畔(ほとり)に佇み 川の流れと 人の歩く時間について 思い耽っていた 風が吹き ふり返る僕の方へ 無数のタンポポの綿毛が秘めた笑いを響かせ 降ってきて――今日の景色は、夢になる 目の前を 小さな一つがゆき過ぎて 緑の芝生に、着地した 僕も 誰かの 小さな種になりたい 自らの日々を、風に任せて   ---------------------------- [自由詩]空の声/服部 剛[2018年5月26日0時29分] 人と人の間の カキネのカベを、壊す時 遠い空で 合図の笛は鳴るだろう   ---------------------------- [自由詩]山の道/服部 剛[2018年7月14日19時06分] 鎌倉の山の間を 歩む叢の隙き間の遠方に 横浜のランドマークタワーが くっきりと立ち あんなにも遠いようで ほんとうは 距離など無いと 汗の伝う頬を過ぎる、風は 僕に云う ---------------------------- [自由詩]言葉の船 ―横浜詩人会六十周年に寄せて―/服部 剛[2018年8月8日23時55分] ――誰もが探しているものは何? ふり返ればずいぶん 流離(さすら)ってきたけれど ――わたしが探しているものは何?   青い光   ヨコハマの   青い光 それは観覧車に弾ける、一瞬の虹 それはひりひりとした郷愁の夜景 過ぎ去った懐かしい女(ひと)よ 二度と無い今日の風景よ ――わたし達が探すもの 一枚の葉脈を流れるいのち 体内を巡り、血の通う言葉 万華鏡の日々の場面を越えて 川の流れる夜の向こう側に 肩を並べて立っているのは 嘗(かつ)て地上で 脈を打ち…息を吸っては、そっと吐き 生涯に幾度かの涙を一篇の詩に託した あの日の詩人達 今宵 一人ひとりの顔が浮かぶだろうか 一人ひとりのまなざしは黙して語るか  わたし達はこれからも言葉を紡ぐ  日々の余白に吹く風を  探すように そうして夢に見るだろう 遠い水平線を昇り この世界を照らし出す 曙を目指して 明日の海へ出航する 一艘の舟を ---------------------------- [自由詩]対話/服部 剛[2018年8月16日17時41分] このがらーんとした 人っこ一人ない 田畑の さびしさは何だろう 家の無い人のように 風呂敷包みを手に、ぶら下げ 虚ろな目は まっさらな青空を視る 遥か遠い黒点の 翼を広げ、浮かんでる たった独りの鳥と 目が合った   ---------------------------- [自由詩]時の航路/服部 剛[2018年8月16日17時58分] 船は往く 昨日の港を 遠い背後に置いて 船は往く 未開の日々を 目指して 揺れ動く海の面(おもて)を 魚のリズムで、跳ねながら 甲板に立つ旅人よ 潮風に 頬を晒(さら)せ 汝の胸に秘める高鳴りは 秒針の音と 重なってゆくだろう 船は往く 太陽の欠片(かけら)が落ちて乱反射する 青い海原のまにまに 白い航路を引いて 全ての煩いを裂いてゆく 古い姿を脱ぎながら 新たな姿へ孵化するように   ---------------------------- [自由詩]お月見の夜/服部 剛[2018年9月1日23時17分] 時には、夜のドアを開けて 静かな世界を照らす 月を眺める 秋の宵 ――あなたのココロの目に視える   月の満ち欠けは? 日々追い立てられる秒針の音(ね)から逃れて やってきた 隠れ家のCafeにて、我思う 自分のからだの中に ゆっくりと垂直に下りる――錨(いかり)について (今宵の僕はドアの外に独り立ち、月をみる) 人間のほんものの暮らし 色と言葉とメロディーに これから出逢い ココロの琴線(きんせん)の震える…予感を胸に   ---------------------------- [自由詩]目の前の宇宙/服部 剛[2018年9月6日22時10分] 黒い食卓に、置かれた お猪口に 一つの宇宙は宿る ---------------------------- [自由詩]呼び声/服部 剛[2018年9月8日0時50分] なぜ人は歩くのか なぜ人は長い石段を登りゆくのか 息をぜいぜい、切らせ 鳥居の向こうの呼び声に 引かれながら ---------------------------- [自由詩]光の欠片/服部 剛[2018年9月18日17時54分] 三日前、一度だけ会った新聞記者が 病で世を去った 一年前、後輩の記者も 突然倒れて世を去っていた 彼の妻とは友達で 今朝、上野の珈琲店にいた僕は スマートフォンでメッセージを、送信した 僕等がもし 地上に残された者達の一人なら 今日の舞台に立ち 何を語ろう 不忍池(しのばずのいけ)の無数の蓮の葉群から、運ばれて 僕の頬を過ぎる 秋の夜風よ 教えておくれ 日々は消化試合じゃないと だから僕はいくつもの場面を、集める あんな場面 こんな場面 腐っちまった僕の場面 淡い日向(ひなた)の母と子供の風景を 集め、飲みこみ、吐いて、吸って そうして日々の仲間の リアルな顔はあらわれて あなたの瞳の裏側の 光の欠片(かけら)が 一瞬、視えた   ---------------------------- [自由詩]財布の中身/服部 剛[2018年10月6日22時13分] 妻が財布を買ってきた 古い財布と、中身を入れ変える 小銭と幾枚かのお札を、入れて レシートの束を、捨て ポケットの空洞に 旅先のお寺で買った お守りをそっと入れる その日から 出先で財布を開くたび 顔を出すお守りに、呟く (ありがとう…) 近ごろ沈みがちだった、自分の芯に ひとつの念が――湧いてくる 色合いを変えた 街の風景を、私は歩く 誰かが待つ 今日の場所へ   ---------------------------- [自由詩]お守り/服部 剛[2018年10月13日0時28分] ゴールデン街の飲み屋には 色褪せた「全員野球」のお守りが ぶら下がり 小窓のぬるい風に、揺れていた ---------------------------- [自由詩]実家にて/服部 剛[2018年10月20日8時32分] 久々の実家に泊まり ふと手をみれば 爪はのび 父と母はよたよた、歩く ---------------------------- [自由詩]祝福の日に/服部 剛[2018年10月31日17時56分] 今日はわたしが生まれた日 まだ仄暗(ほのぐら)い玄関の ドアの隙間から 朝のひかりは射している 幸いを一つ、二つ・・・数えて 手帳の暦(こよみ)を ひと日ずつ埋めながら わたしは歩く 日々の笑いと涙と憤りさえ 人々の間を巡るエネルギーに 変換するように 今日も 何処からか吹いてくる 風を受信するように わたしのなかの 窓をひらく ---------------------------- [自由詩]野球少年/服部 剛[2018年11月4日19時58分] 僕の部屋に友を招いて ゆげのぼるお茶を飲みつつ 「マイナスをプラスに変える術」を 語らっていた  どすん どすん 窓の外に、切り株の落ちるような 物音に耐え切れず 腰を上げて、外へ出た 目線の先には、壁の向かいに グローブをした少年 僕に気づき 白球を手もちぶさたに、しゃがんでる  まあ…いいか 部屋へ戻り、語らいは続き 窓辺が秋の陽に染まる頃 いつしか物音は沈黙になったことに 僕等は気づいた   ---------------------------- [自由詩]一行詩 6/服部 剛[2018年12月7日23時05分] 我よ、時を忘れて真空管の中を往け。   ---------------------------- [自由詩]鳥になる/服部 剛[2018年12月7日23時12分] 吉祥寺の老舗いせやで 鳥の小さな心臓を食べた 今日でトーキョー都民になって、一週間 せっせと外へ運んだ 古い家具たちに手をふり 四十三年培ってきた 自分をりにゅーあるすべく 串に刺さる 〈ハツ〉という名の心臓を こりこり食べる お猪口に揺れる熱い…おみずを喉に流して 焼けた鳥の心臓と すたっかーとのこの心臓が なぜか同化するように 遠い翼の記憶が蘇ってきたら 新たな日々の地上を 僕は飛ぶ   ---------------------------- [自由詩]石の合唱/服部 剛[2018年12月7日23時18分] 誰かが蹴とばした丸石が 転がって 僕の爪先にぴたり、とまる ――丸石は、囁(ささや)いた 空っ風が吹いてきて 一枚の枯葉は喋(しゃべ)りながら アスファルトを、撫でていった よく見ると、丸石の周囲には アスファルトに閉じ込められた 石達が無音の合唱を歌い (口を開き) 一人ひとりの石達は 光の糸で結ばれながら 哀しく微笑みかけるのだった 信号待ちのひと時 立ち止まる、歩行者の僕に   ---------------------------- [自由詩]再会/服部 剛[2018年12月12日23時53分] 世を去って久しい、彼女は 開いた財布の中にいた 先日ふらりと寄った 懐かしい店の 薄桃色のレシート ちょこんと、折り畳まれ あまりにも無垢な姿で ---------------------------- (ファイルの終わり)