服部 剛 2017年1月13日22時25分から2017年6月27日17時38分まで ---------------------------- [自由詩]バナナの色/服部 剛[2017年1月13日22時25分] 昨日は青みがかっていたバナナが 今日は黄色くなっていた 一日でバナナが変わるなら 今日のわたしの色あいも 一味変わっているかもしれない   ---------------------------- [自由詩]酒の効用/服部 剛[2017年1月19日19時57分] 昼からわいんを飲み 赤ら顔でぐらすを手に 体を揺らし、厨房へ   細長い空間の 小窓から ――正午の日は射して 何処からか、聴こえる 白髭のかみさまの 高らかな 笑い声   ---------------------------- [自由詩]風人間/服部 剛[2017年1月19日20時39分] 駅の切符売場で 僕が地面に置いた、紙袋を 風を切って 倒していった幼い少年は くるり、振り向き 「ママ切符買ってみる!」 「あら、横からすみません…」 一歩後ろに下がった、僕は 少々ほほえましく思う (まぁ子どもだからしゃあないな…) 大人になってやったら、困るけど (でも、待てよ)   大人になった僕等は 日々の「理由づけ」で いつのまに脳の思考が 凍(こお)っているかもしれないなぁ ほんとうに<ここぞ>のときは童心で 目的地へ一直線――もアリである 古(いにしえ)からの便りによりますと… かの宮沢賢治さんも 時折は (誰かを思いやるあまり) 熱いハートの高鳴りで 一陣の風そのものになり 「日々の場面」を切り裂いてゆきました   おぉやばい、踏切がかんかん鳴り出した 券売機に小銭を入れて、切符を買おう   ---------------------------- [自由詩]ユメノセカイ/服部 剛[2017年1月19日21時00分] 鏡に映る人は誰? 姿の無いそくらてすは、遥かな過去から 耳に囁く ――汝自身を知れ 机に置かれた器は何? 音の無い声でぷらとんは、透けた国から 耳に囁く ――ものの背後にいであ在り     *  西暦二〇一七年  この世の街の移ろいは…夢  ゆき交う群の靴音も…夢  今日という日が夢ならば  どんな宝を見出そう?     * 鏡に映る人の 背後には いであの透けた人影が薄っすら、重なり わたしをわたしたらしめる   ---------------------------- [自由詩]空の呼び声/服部 剛[2017年1月24日21時37分] 私の背後には、いつも 不思議な秒針の音(ね)が響く   ――いつしか鼓動は高鳴り ――だんだん歩調も早まり 時間は背後に燃えてゆく この旅路に 数珠(じゅず)の足跡は…刻印され 黄金の日々の方角へ 曲がりくねった道や 長い坂の向こうを見据えた 目線の先には、只 広やかな青い空 空色の画布に 巨きな時計は 薄っすらと浮かび 不思議な秒針の音が響き 旅の途上に立ち止まる、私を 遠い空から呼びかける   ---------------------------- [自由詩]火ノ心/服部 剛[2017年1月24日21時40分] 暗闇に小さな火は点り 蝋燭(ろうそく)は徐々に溶けてゆく 白いからだの多くは 残されている あなたのわざの多くは 残されている 小さな火 身を揺らし 夜を仄かに照らし出す    ---------------------------- [自由詩]十一月二十二日(火) 午後/服部 剛[2017年2月21日23時56分] 退職の日が近づいたので 休日の職場でロッカー整理をする がらん、とした空洞をひと時みつめ 新たなる日々の摂理に、身をゆだねる   ---------------------------- [自由詩]十一月二十三日(水) 夕/服部 剛[2017年2月22日0時02分] デイサービスの帰りの時間に、マイクを持ち 「あと数日で辞めます」と告白する あるお爺ちゃんは天井仰いで…目を瞑り あるお婆ちゃんは「寂しいよ」と立ちあがり   ---------------------------- [自由詩]十一月二十四日(木) 午後/服部 剛[2017年2月22日0時07分] 退職前、最後の休日は 五十四年ぶりに十一月の雪の日で 雪化粧した紅葉の下を潜りつつ 「真生会館」への道を往く   ---------------------------- [自由詩]十一月二十五日(金) 夜/服部 剛[2017年2月28日14時42分] 送別会で酔っ払い所長の隣りに、腰を下ろす ――俺は昔上司に嫌われ、必ず見返す!って   決意して、ここまで歩いて来たんだよ そんな所長の男気を初めて知った、退職前夜   ---------------------------- [自由詩]十一月二十六日(土) 夕/服部 剛[2017年2月28日14時47分] 帰りの時間、お年寄りの皆さんの前に立ち マイクを持った瞬間、言葉は詰まり 震える声で、新たな日々を誓う 一人一人の手を握る…熱い涙のあふれるまま  ---------------------------- [自由詩]十一月二十六日(土) 夜/服部 剛[2017年5月24日23時49分] 職場で最後のあいさつをした後 ひとり入った蕎麦屋にて、熱燗を啜りつつ 様々な天気であった…十七年を味わう 送別の花束を、傍らに置いて   ---------------------------- [自由詩]十一月二十六日(土) 深夜/服部 剛[2017年5月24日23時56分] 古巣の職場は花壇となり、これから 日々の仲間とお年寄りの間に 花々は開いてゆくだろう 明日から僕は、新たな日々に入ってゆく      ---------------------------- [自由詩]十一月二十七日(日) 午後/服部 剛[2017年5月25日0時00分] 退職の翌日は、僕が司会の朗読会 ――三十年前の今日、事故にあいました 高次脳機能い障がいの詩友は新妻の弾く ピアノを背に吠える ぱんくすぴりっつ!   ---------------------------- [自由詩]太陽光/服部 剛[2017年5月29日17時08分] 長い一本道で、アクセルを踏み込む 遠くから フロントガラスに小さな太陽を映す車が 近づいて…すれ違う、瞬間 僕はぎらつく光を魂に摂取して 目的地を見据え 走る   ---------------------------- [自由詩]ギアを握る/服部 剛[2017年5月29日17時14分] 生きるとは 自らに内蔵された ギアを、入れること      ---------------------------- [自由詩]息子の叫び/服部 剛[2017年5月29日17時17分] よく晴れた初夏の午後 家の庭で、ダウン症児の息子に 青い帽子を被せる まだ喋(しゃべ)れない5才の息子は うわあっ!と 帽子を脱ぎ捨てる 部屋の中にはBGMの ロックが流れていた   ---------------------------- [自由詩]夜のブランコ/服部 剛[2017年6月1日23時55分] 弱いのに 強いふりして、生きるから しんみり…歩く 夜の散歩道 誰もいない公園で のっぽの電灯に照らされて ブランコに揺られる 独りの影 大人になった心の中にいる 小さな子供の、僕が言う 時には限りなく優しいものに 包まれたい、と   ---------------------------- [自由詩]一匙の薬/服部 剛[2017年6月1日23時59分] My boy 大事な薬をスプーンで入れようとするのに 真一文字に口を結ぶ君は、頑固者だ My boy 頑固に生きるってことは 自ずと苦労を背負うってことだ 頑固であるってことは それだけのエナジーが 君の内に宿っているからだ 君には ママのヤサシサも必要だけど パパのキアイも必要さ だから時には 君の小さい口を何とかかっぴらいて スプーンで飯と薬を、放り込む 君が君らしく育まれるように パパがパパとして育まれるように たった一匙(ひとさじ)の愛をこめてね     ---------------------------- [自由詩]息子の見舞い/服部 剛[2017年6月2日23時01分] 二年前にこども医療センターで行われた ダウン症をもつ書家・金澤翔子さんとお母さんが 講演する写真が、廊下に貼られていた (写真の隅には、ダウン症児の  息子を肩車する僕と、隣の椅子に座る妻) その日に書いた「共に生きる」の 優しく力強い文字は、写真の上に展示され 僕はいつもひと時見上げてから (よし…!)と気を入れて 入院中の息子が待つ病室へと歩く 廊下 を歩きながら、翔子さんの 「共」の字が、脳裏に浮かぶ  いのちの宿る「共」の字は  二人三脚のぎこちなく楽しい歩行のようで  夫婦も親子も友達も  〈ふたりでひとり〉であることを  今日も密かに語っています 思いを巡らせながら歩く内…息子の病室に着いた 若い介護の兄さんが、介助していた 「ありがとう、やりますよ」 にこり、と立つ兄さんと入れ代わり 座ったパパは、息子の目をまっすぐに見て 食事の介助を始めた      ---------------------------- [自由詩]ひかりの玉/服部 剛[2017年6月9日17時36分] こんな襤褸(ぼろ)きれの僕の中に、びい玉がある 億光年の光を宿し 何処までも続く坂道を (発光しながら) 回転して、のぼりゆく   ---------------------------- [自由詩]YとHに捧ぐ――二〇一七年・渋谷にて――/服部 剛[2017年6月9日18時14分] Youtubeの画面にいる君は、木槌を手 に、鐘を鳴らす。ネットカフェから出た地上 は、若くして逝った君の父親があの日歌った スクランブル交差点。 ぎくしゃくしたノイズが都会の鍋から溢れて いる。 跳び越えたい 昨日の自らの影を  勝手に引いていた境界線を。  僕は求める。十七歳の彼が、二十七歳の君が、 真っ青な空を乞い路面から爪先を離す、時を。  海面に跳ねる魚の真空意識を。 TOWERRECORDSで探し回り、君の CDを見つけた。四角いジャケット写真は、 湖の畔。白いセーターの君は、湖面の遥かな 先をみつめる(透きとおる父親の面影と共に) 再び渋谷駅へと歩く。街の何処からか届く、 誰かの小さな叫びは消防車となり、人群れを 掻き分け去ってゆく ――遥かな空から約束の鐘が鳴っている―― 君の始まりの歌をリュックに入れて、新しい 時の中を、僕はすでに歩いていた。   ---------------------------- [自由詩]合格祈願/服部 剛[2017年6月9日19時51分] 湯島天神の境内に入り 石段で仰いだ空の雲間から 顔を出す しろい輪郭のお天道様が 遥かな距離を越えて この頬を温める あぁ、皿回しの利口なお猿さんが 師匠に手を引かれ ひょこひょこ去ってゆく あぁ、本堂の太鼓と笛は鳴り響き 紋付き袴と白無垢の新郎新婦は 中へ、吸い込まれゆく  梅の花ひとひら  石畳に、舞い どうしてこんなに重いのか 人間達のぶら下がる 無数の絵馬に、吹く風の からころ…と鳴る、瞬時の歌よ 遠い空の北国では かわいい姪が 十日後に 受験という名のリングに上がる 石畳の階段を下りながら、僕は 合格祈願のお守りを 胸の内ポケットに入れた   ---------------------------- [自由詩]赤い川/服部 剛[2017年6月10日23時51分] 酔い覚めの夜は 歩道橋に佇み 優しい風に身を晒(さら)す アスファルトの白い梯子(はしご)から 仄明るい駅の入口へ 吸い込まれゆく 人々 アルコールが少々体内を 回り過ぎて 充血した瞳には 眼下の人々の流れが 血液の川に視えてくる 赤い赤い川の水面(みなも)に 金の粉等は煌いて 今宵 不思議の詩(うた)は囁かれ あぁ、全ては万華鏡に流れゆく 人も 時も 思い出の数々も  ふぅ… 歩道橋の下を 幾台かの車が行き過ぎる この世の夢魔から 覚める日まで 日々の風景をふらつく、僕は 一輪の純白な薔薇を 明日の窓に飾ろう   ---------------------------- [自由詩]酒場にて/服部 剛[2017年6月10日23時55分] 時おり 俺は何だって ごああ、と 唸りたくなる 池袋の土曜の夜 醤油をたらし 出汁巻卵を 箸で突っついてる   ---------------------------- [自由詩]わたしのなかに/服部 剛[2017年6月18日23時53分] 建設現場で クレーンに取り付けられた ドリルがゆっくり 地中深くを掘っている 地球の中心に 灼熱のマントルは どろどろ光る わたしという存在の 只中も、掘ってゆけば 小さなマントルが ふつふつ…発光するだろう   ---------------------------- [自由詩]赤いぽすと/服部 剛[2017年6月18日23時56分] 郵便ぽすとが 陽だまりに 一本足で、立っている 今まで、どれほど人の思いを受け入れたろう これから、どれほどの言葉を届けるだろう 今日も手紙を持つ人がすうっと闇に手を入れる 郵便ぽすとの 一本足には 犬に小便かけられた、跡があり 路面に影を落としながらも ゆるぎなく、立っている   ---------------------------- [自由詩]花の名前/服部 剛[2017年6月18日23時59分] あなたは一体 何処から来たのでしょう? あなたは、あの日 たった一粒の種でした 一粒の種の中には 「他の誰でもないあなた」という設計図が 小さく折り畳まれ ぎゅっ と、 詰めこまれています 母なるものに温められた 一粒の種は、やがて発芽し (おぎゃあの産声をあげ) ゆっくり…あなたになってゆく いつのまにか大人になった、あなたの中に 今もくっきりと埋まる 小さな種は 膨張し続ける無限の宇宙を孕みながら これからも 殻を蹴破りぐいぐいと 緑の茎を、空へ 何処までも伸ばしてゆくでしょう 未知なる、あなたという花を   ---------------------------- [自由詩]木ノ声/服部 剛[2017年6月27日17時14分] 夜の砂漠の果てに 無言の姿で立っている ひとりの木 枝々の短冊は夜風に煌(きら)めき 忘れていたあの歌を 旅人の胸に運ぶ ――君の夢は何? 思春期に使い古した言葉は 遠い記憶の最中(さなか)に甦り ひとすじの声になる どんなに年老いても 日々に立ちこめる靄(もや)を掻き分けて 生臭くぎらつく、あの頃の 夢の欠片(かけら)を離さない 夜の砂漠の果てに広がる 星屑の下 いつまでも立っている ひとりの木よ もう一度、教えておくれ あの日、傷ついた旅人が短冊に記す 物語の続きを いつまでも 心象風景に立っている ひとりの木 枝々の短冊は仄かに煌めいて 無言の歌を囁いている 夜明け前   ---------------------------- [自由詩]流れ/服部 剛[2017年6月27日17時38分] 五年ぶりに福島から来た トモダチのライブを観た 本人と固い握手を交した後 人混みのロビーから外へ出て 都内でライブハウスの店主をする トモダチのトモダチに三年ぶりに 電話して、懐かしい声を聴いた (あいにく店は休みだった) 地下へ続く階段を下りて ホームにゆっくり丸の内線は滑りこんで 開いたドアを入ったら トモダチのトモダチの 役者の娘さんが 壁に貼られた広告の中から 爽やかに、僕を迎えた   ---------------------------- (ファイルの終わり)